このシリーズの締めくくりの歌は、清水かつら、弘田龍太郎コンビが日本歌曲史に残した名曲『叱られて』である。
叱られて しかられて
あの子は町まで お使いに
この子は坊やを ねんねしな
夕べさみしい 村はずれ
コンときつねが なきゃせぬか
叱られて しかられて
口には出さねど 眼になみだ
二人のお里は あの山を
越えてあなたの 花の村
ほんに花見は いつのこと
この歌は春の歌の部に属するかもしれない。2節の歌詞に「花の里」や「花見」という言葉が出てくる。しかし、歌の背景にはまだまだ冬の寒さが残っている。
厚いねんねこにくるんだ坊やを背負い寝かしつけようと揺する子、綿入れの丹前をはおり寒さに首をすくめ、涙を浮かべてお使いに急ぐ子……、私はそこに、日本の原風景の一つを見る。
今日は節分。昨日の東京は最高気温が20度に近く、ほんわかと春の陽気であったが、今日はぐっと冷え込み、明日からは雪の予報も告げられている。しかし明日は立春、春はもうそこまで来ているのだ。あのお山を越えた二人のお里「花の里」を夢みる時節だ。
『叱られて』の歌碑(安芸市土居町公民館)
平成9(1997)年の晩秋であったので、もう10数年も前のことであるが、私は弘田龍太郎の生誕地高知県の安芸市を訪ねた。7つある龍太郎の歌碑を巡り、『叱られて』の碑の前に立った時には、日は既に暮れかけていた。
コンときつねでもなきそうな人けのない土居町公民館の庭隅に、地元出身のイラストレイターはらたいら氏のイラストになる『叱られて』の歌碑が建っていた。本を開いた形のそのページには、楽譜と歌詞にかこまれて、下駄の先でポーンと小石をけった子どもが描かれ、それが、叱られてすねた子どもの姿を何とも素直に表現していた。
清水かつら、弘田龍太郎、はらたいら……、それぞれの分野の類まれな才能が一つに凝縮されたようなページで、それはまぎれもなく「歌いつがれた日本の心・美しい言葉」を伝えていた。