旅のプラズマ

これまで歩いてきた各地の、思い出深き街、懐かしき人々、心に残る言葉を書き綴る。その地の酒と食と人情に触れながら…。

手づくりの旅

2007-09-11 22:46:44 | 

 

 ドイツへの旅まで、あと一週間となった。興味とともにだんだん不安も募ってくる。なぜ不安になるのか? それは、この旅が手づくりの旅であるからだ。旅行社のツアーなら、行き先に対する興味が増しこそすれ不安が高まることは無い。手づくりの旅は、日々つくり替えられることもあって、興味と不安が同時に高まる。

 フランクフルト(ドイツの友人の居宅)を根城にして、イギリス、フランスに出向き、残りはフランクフルト周辺を楽しむというのが、三ヶ月前に固めた大まかな日程であった。そのイギリスはロンドンで、フランスはパリであった。
 ところが現時点では、パリはリヨンに代わり、フランクフルト周辺にはちょっと離れた「ミュンヘンのオクトーバーフェスト」が加わり、それにつれて「ノイシュバンシュタイン城とオーバーアマガウ村ツアー」が加わった。いずれも胸がわくわくする企画だ。
 ロンドン三泊の予定も、その真ん中に「コッツウォールズ、ミル・ディーン・ガーデン、オックスフォード」が加わり、そのどこかに一泊することが今日決まった。なぜミル・ディーン・ガーデンなどに行くことになったかと言えば、十日ほど前の日本のテレビで当地の猫が放映され、「客が来ると美しい庭を案内する」というので、猫好きのワイフが「ぜひ見に行こう」と言うことになり、ドイツの友人が無理むり計画してくれたのだ。

 だから「手づくりの旅」は楽しい。
 現地に行っても、日々スケジュールは変更されるに違いない。
                      
 


うれしい便り

2007-09-09 18:08:01 | 

 

 もう四日前のこととなるが、昨年出版した『旅のプラズマ』につきうれしい出来事があった。
 帰宅すると食卓の上に一枚のはがきがある。手に取ると大学の同窓生Y君からのもので、次のように記されたあった。

 「『旅のプラズマ』をOAZOの丸善で購入後、OTEMATI 1st
 SQUARE の サロン ド カフェで読了。エスプリの効いた短い言葉で、小気味良く心に残る感想をまとめていることに感心した。・・・・・・

 そのあと、自分の近況を旅とのかかわりで書き綴った、それこそ小気味良い便りであった。
 実は彼とは3~4年会っていない。これまでも会うのは同窓会の席ぐらいのもので、特別に親しくしているわけでもなかった。その彼が自分の本を買ってくれて、感想を寄せてくれたことが何よりもうれしかった。
 恐らく彼は最近配布された同窓紙で、私の出版のことを知ったのであろう。その同窓紙に編集者が紹介文を載せてくれた。それを目ざとく見つけ早速買ってくれたY君の友情が何よりもうれしかった。
 この『旅のプラズマ』は、古希を記念して出版した。それだけにかなりの友人、知人に贈呈したが、Y君までには贈らなかった。私はそのことが悔やまれた。いたずらに自著を贈りつけるなどはしたないことだと思うのだが、その中から「贈るべき人」を選ぶのは難しいことだとも思った。
 そして、まだまだ多くの人にこのような不義理をしているのではないかと不安に思った。
                      


法政大学首都圏フェアー「日本酒講座」終了!

2007-09-08 21:55:58 | 

 

  9月行事の第一弾として、法政大学エクステンション・カレッジの「首都圏法政フェアー」で、日本酒講座を担当することになっていた。わずか一時間半で、講義から利き酒までやる計画で、講義の準備から数種類の酒の準備まで、けっこう手間のかかる講座となった。
 そもそも何人集まるかわからない「酒講座」・・・とくに「利き酒」をやるとなるとなると、どのくらいの酒を準備すればよいか悩んだ。主催者は100人集まると言うが、とても信じられなく、酒を無駄にするのではないかと、持ち前のけちな根性で悩んだが、述べ100は集まった(アンケート回答者だけで84名)のには驚いた。
 最終的にも80~90人は「利き酒」に参加し、正解者28名を得て、けっこう盛り上がった。
 驚いたのは、入場時に山廃純米酒とアル添三増酒(白鶴の「まる」)を飲んでもらい「好きなほうに○を」お願いしたところ、「45対39」で「まる」の方が多かったことだ。
 山廃純米酒の個性は、まだ「きれいに造ったアル添三増酒」を凌ぐに至らないのかもしれない。
 ただ、最後の利き当てに使った純米吟醸、山廃純米、特別本醸造は、大方の人に「酒の多様性」と「味の差」を感じてもらうに十分な役割割を果たしたようだ。
 「こんなに味が違うんですか・・・?」
と多くの人が感想を述べてくれた。それだけでこの講座は役割を果たしたのではないか。
                      
                             


台風をのがれる

2007-09-06 23:03:06 | 

 

 昨日から名古屋に出張した。台風の接近を告げるニュースが飛びかうなかの嫌な予感のする出張だった。
 今日は、主要な仕事は午前中に終わるが、いろんな雑務があるので午後五時名古屋発の新幹線を予約していた。昼食を終えて念のために「台風情報」を見ると、「・・・今夜真夜中(正確には明日の午前零時)に石廊崎に上陸の見込み」とある。半径170㌔が強風圏、かつ時速20㌔で北上中とあるので、上陸の7~8時間前、つまり午後4時か5時ごろから静岡県を新幹線が走るのは危なくなるのではないかと読んだ。
 私は、ちょうどその頃の新幹線を予約している!
 これは「ヤバイ」とみて、早々に仕事にケリをつけて(関係者に若干の失礼をかけたが)、名古屋駅に向かった。みどりの窓口で列車変更の手続きをしようとすると、駅内アナウンスが流れ「静岡ーー掛川間で強風のため上下線とも運転中止」という。
 「間に合わなかったか?!」
と思い、乗車を強行するか、諦めてもう一泊するか、迷っていると、しばらくして「・・・強風が収まって走り始めた」アナウンスが流れた。
 台風はますます接近中であることに相違なく、「へたをすると車中に何時間も缶詰になるか・・・?」とも思ったが、決断して10分後に出発する列車に変更して飛び乗った。

 結果は、わずか3分遅れで東京駅について、帰宅するまで傘を使うこともなかった。
 そして、ちょうど当初の予定で東京に着く7時ごろには、強風交じりの土砂降りとなり、テレビのニュースは、やがて新幹線の運転中止を報じた。
 何ごとも決断が大事だ、とつくずく思った。
                      


爽快なニュース(スポーツ)とむさ苦しいニュース(政治)

2007-09-04 22:09:46 | 時局雑感

 

 台風が運んできたのかムーッとするような暑さが充満してきた。自然界も一方的に爽快な秋へ、とはいかないようだ。
 現実社会はなお更のことで、毎日、新聞やテレビを見るのが嫌になるくらい「むさ苦しいニュ-ス」が続く。内閣を「改造」したその日から大臣を入れ替えなければならないような人事を改造などと呼ばないで欲しいと思う。社会保険庁などは永遠に不祥事が出続けるのではないか・・・? 

 それに引き換えスポーツ界には「爽やかな快挙」が続いた。
 世界陸上は多くの感動を残してくれた。それぞれの感動にいささかの差も無いが、一つ取り上げるとすれば400メートルリレーか。この日本選手の活躍には、なんともいえない爽快感と躍動感があった。準決勝、決勝と日本新記録を出し続けたということは、単に持てる力を出し切ったと言うにとどまらず、その短い間に成長を重ねたということだろう。 このようなことはそう簡単に出来ることではあるまい。しかも一人ではなく「四人でやる仕事」という点に意味がある。極限にたって力をあわせれば、人間はこのような想像を絶する仕事をするのである。結果は五位であったが、写真で見ても、5チームのいずれが勝っても不思議でない差にまで迫っている。

 野球の世界でも二人の男に注目したい。
 イチローが年間200安打を記録することは当然のように思われていた。ただその200本目を、クレメンスという大投手から本塁打を奪って記録するところに並の人間でない証があるのであろう。
 広島の前田も、今年のうちに通算2000本安打を記録することは当然期待されていた。その通りに記録したが、その翌日も二安打し、その2本目は本塁打でチームに勝利を引き寄せた。
 驚いたのはその次の打席で、高めのボールに手を出して三振した後の落胆振りであった。しばし打席をはなれず天を仰いで呆然としたあと、ダッグアウトに帰っても俯いたまま慟哭しているかに見えた落胆振りであった。つまらないボ-ルに手を出した自分が許せないのだろう。
 「2000本も打ったのだから、三振の一つや二ついいではないか」と思ったが、そのような安易さを許さない求道者のような姿を見た。
 ここにもまた、常人の近づきがたい境地があった。
                      


最後の大旅行?

2007-09-02 11:17:52 | 

 

 待望の9月となった。今月から来月にかけての「ドイツ旅行(含む(ロンドン、リヨン)」は、前回書いたように、私にとって画期的な旅となるかもしれない。それは次の理由による。

1.初めて訪ねるヨーロッパの大国への旅
  これまで20カ国近くの数十都市を旅したが、イギリス
  フランス、ドイツに行っていない。最後に残した楽し
  みな国をまわる。
2.延べ17日の旅行は、国内を含めても初めて。
  多分人生最後の大旅行になるだろう。
3.旅行社のツアーと違った手作りの旅。もちろん、その
  大半はドイツ在住の友人の手により作られたものであ
  るが。

 ことの始まりは、そのドイツ在住の友人による。彼からは「私のいる間にドイツに来い。期間はすくなくとも一ヶ月休んで来い。しかも帰りの航空券など予約しないように・・・、ケツを切られたのでは窮屈だから」という誘いであった。
 そうもいかないので、ようやく半月の休暇をとって行くことになったのだ。彼は私たち夫婦の要望をほとんど取り入れ綿密なプランを立ててくれた。特に、私のイギリス、フランスの空気も吸いたいという希望を生かして。
 フランスは当初パリの予定であったがリヨンになった。それもリヨンに住む旧来の知人(こちらはれっきとしたフランス人)が、「なぜパリなどに行くのか。フランスで一番美しい町はリヨンだ! リヨンに来い」と言うので、その説得に負けてリヨンとしたものだ。

 いずれも旧来の友人の招きによるもので、友の有難さをつくづくと感じながら準備を進めている。ドイツの友は私たちが仲人をした夫婦だ。フランスの友はわが家に何回もホームステイをした家族だ。夫人はボリビア人で、最後に来たときは子供一人であったが、今は3人だという。
 彼らに会うだけでこの旅は楽しい旅になるに違いないのだ。
                      


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