江戸城は本丸と西の丸が独立していて、一城別郭の形式である
武蔵野台地の地形を活用しており、山の手側は曲面の多い構造をしている
下町は埋立地なので直線的に区画された水路や街並みを見ることができる
石垣は、天下普請の時、伊豆半島から切り出され船で送られたものである
それまでは、関東の城と同じで土塁のみの城であった
関東で石垣を多用した近世城郭は江戸城と小田原城しかない
特に吹上の土塁は雄大である
明暦の大火後で消失し、その後も江戸城は度々火災を被った
本丸は1863年の火災で焼失したまま再建されず、
西の丸に機能を移したまま明治維新を迎えています
天気の良い日、徳川15代を思い浮かべ、散策するのをお勧めします
庭園の花が余りにも可憐で綺麗なので撮りました