🌸戦後日本人の宗教再考1(宗教に希薄な日本人)
☆宗教無き時代の戦後日本
☆戦後の日本「宗教性」が希薄になった3つの要素
☆宗教無き時代の戦後日本
☆戦後の日本「宗教性」が希薄になった3つの要素
⛳第1の要素
☆宗教と政治権力が一体となった戦前の時代への反動
*生じた「空漠」という要素
*明治維新から敗戦までの80年間、日本は、天皇を神とした
☆天皇親政の神道国家を形成しようとする意図尊王攘夷
*江戸幕府を倒しその上に欧米列強と互すための
*「明治近代化」を重ねるという二重構造の時代を築いた
☆昭和期に入り、帝国主義列強間の軋探で孤立すると
*埋め込まれていた「神国日本」という共同幻想
*世界秩序の変更を夢想した戦争へと邁進した
☆戦後のマッカーサー改革によって国家神道が解体された
*日本国憲法で、象徴天皇制に移行した日本
☆多くの日本人は国家神道の呪縛から解放された
*地元の氏神様信仰など八百万の神を敬う本来の神社神道に回帰した
☆そうした心理がまず向かったのは「食べること」経済であった
⛳第2の要素
☆経済主義への傾斜
*多くの日本人にとって「食べる」ことが最優先であった
*アメリカの豊かさを感じ、敗戦を「物量の敗北」と受け止めた
☆「大和魂」は一歩も引けをとらなかったが
*米国の物量にねじ伏せられたのだと思いたかったのである
☆産業力で外貨を稼ぎ、豊かな国を目指す
*工業生産カモデルを追求する方向へと向かう
*大都市圏に産業と人口を集積させる進路をとった
☆産業資本主義を支える思想の典型が松下幸之助のPHP
⛳松下幸之助と司馬遼太郎
☆戦後日本の「宗教」ともいえる存在
☆戦後日本人にとり、魂の拠りどころと「宗教」だった
☆戦後日本人にとり、魂の拠りどころと「宗教」だった
☆司馬史観
*日本人の心に「誇り」を取り戻させる上で説得力があった
⛳経済主義を走り、私生活主義を謳歌する戦後日本
☆宗教の存在
*自分の幸運を祈る「お守り宗教」「グツドラック宗教」となる
*教会は一生一度の結婚式場と化した
*寺院は「葬式仏教」「観光仏教」の場となっていった
☆大都市圏が吸収した都市新中間層も第二世代となると
*盆暮に帰る故郷もなく、田合では人口減の中
*「寺じまい、墓じまい」が進行する時代となった
⛳第3の要素
☆「社会主義の幻想」がもたらした影響
*「資本主義対社会主義」という東西冷戦の代理戦争的状況
☆多くの若者や労働者
*「資本主義の階級矛盾を克服した社会主義」に共鳴した
*「宗教よりも万国の労働者の団結」に心を寄せていた
☆資本主義体制の先に社会主義社会を見る革命幻想を抱いた
☆「プラハの春」などソ連東欧の現実によりそれは色褪せていた
☆東側の内部崩壊によって冷戦の終焉を迎えた
☆ぼんやりと社会主義に共鳴していた人たちの価値基準は揺らいだ
☆「宗教よりもイデオロギー」を奉じた戦後日本人
*宗教を正視する回路もなく、目指すべき針路もないまま
*グローバル化の潮流に飲み込まれていった
(敬称略)
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⛳出典、『人間と宗教』
戦後日本人の宗教再考1(宗教に希薄な日本人)
(ネットより画像引用)