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「忠臣蔵」の真相、赤穂浪士も浮かべれない

2022年11月15日 | 歴史
🌸「忠臣蔵」の真相、赤穂浪士も浮かべれない

 ☆事件後作られた『仮名手本忠巨蔵』歌舞伎で大ヒットした
 ☆現在でも、歌舞伎の18番として人気のある作品
 ☆「仮名手本」は、いろは47文字と赤穂浪士47をかけたもの

忠臣蔵の演題、長年日本人に人気のある
 ☆当時「喧嘩両成敗」の掟があるにもかかわらず
 *吉良はにはいっさいのお咎めなし
 *浅野家は幕府から赤穂城を没収され家臣たちは解散させられる
 ☆大石内蔵助率いる浅野家の家臣たち
 *吉良への仇討ちを誓い、約2年後に見事、吉良を討ち取った
 *47人の志士たちは名誉ある切腹し事件の幕は閉じる

内匠頭への″吉良のいじめ”は陰険だったのか?
 ☆ストーリーで事件が起きた原因、吉良によるいじめとされている
 ☆いじめの原因は、浅野家から吉良家への「賄賂が少なかった」ことを
 *吉良がねちねちと責め立てたということになっている
 *当時、賄賂は謝礼のような当たり前のものといつた感があった
 ☆内匠頭が指南役の吉良へ、付け届け十分してないのは考えられない
 *吉良家は家格の高い旗本だが石高は4千石程度
 *赤穂藩の浅野家は五万石と賄賂をケチる理由がない

 ☆「賄賂が少なかった」説は物語のための脚色だったとされている
 ☆いじめの原因は製塩技術をめぐる不仲によるとの説もある
 *赤穂の製塩技術を教えてほしいと吉良がお願いしたところ
 *内匠頭がすげなく断ったために恨んでいたともいわれている

忠臣蔵事件、内匠頭の持病「痞(つか)え」が原因だった
 ☆現在有力なのは、内匠頭の持病説
 *内匠頭は「痞え」という今でいうストレス性の胃痛持ち
 *内匠頭の”痞え″は、発作が生じると、顔面が蒼白になる
 ☆内匠頭、江戸城での慣れない接待役、常に緊張状態であっただろ
 *内匠頭には、増上寺で刃傷沙汰を起こした母方の伯父がいる
 *内匠頭、生まれつき非常にキレやすい性格だったという
 *緊張の連続で胃が痛いところへ、吉良によるいじめが加わり
 ☆内匠頭持病で、爆発してしまったのが本当の理由である
 ☆吉良にとり、まったく迷惑千万だ話
 *吉良は、これほど大事になるとは思っていなかったのでは

忠臣蔵で有名なセリフ「この間の遺恨覚えたか」の真意は
 ☆殿中での事件の際、内匠頭が叫んだとの有名な話、信憑性は低い
 ☆赤穂事件を美談にするための後世の工作だったのでは
 ☆1人の城主が起こした事件
 *多くの家臣を巻き込む大事となってしまった
 ☆人々は、赤穂浪士たちの死をも厭わない忠義の心に感動し
 *「これぞ日本人の義の心」と賞賛する物語にまでなった
 ☆事の始まりが、内匠頭の持病によるものだと家臣たちが知っていたら
 *庶民に親しまれてきたこの物語は、成立しなかったかもしれない
                     (敬称略)                                     
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⛳出典、『日本史・意外な話』






「忠臣蔵」の真相、赤穂浪士も浮かべれない
(ネットより画像引用)

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