● ダイヤモンド・オンライン "DOL特別レポート 【第87回】 2010年9月27日
あなたも他人事ではない!
心を病む30~40代が急増中!
カウンセラー歴40年のプロが明かす
「ある日突然、うつにならない方法」とは?
――15~80歳までのクライアントを持つ
臨床心理士・信田さよ子氏 インタビュー
職場、家庭などのストレスに悩まされている多くの現代ビジネスマンたち。ストレス過多となり、うつ病などの精神疾患に陥る人も少なくない。そうした状況に対して、原宿カウンセリングセンター所長で臨床心理士・カウンセラーの信田さよ子氏は、40年にわたり15~80歳の臨床現場に立ち会った経験から、「らくになること」「ふりまわされない」ことこそ、ストレスから解放される方法だと説いてきた。
では、現代のビジネスマンたちは具体的にどうすれば周りにふりまわされずに生きることができるのだろうか。『ふりまわされない~会社、仕事、人間関係がらくになる7つの物語』(小社刊)を上梓したばかりの信田氏に、その処方箋を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)
信田さよ子(のぶた・さよこ)
臨床心理士。原宿カウンセリングセンター所長。 お茶の水女子大学大学院修士課程修了。駒木野病院勤務、嗜癖問題臨床研究所付属原宿相談室室長を経て、1995年、原宿カウンセリングセンターを設立。アルコール依存症、摂食障害、DV、ひきこもり、子どもの虐待などに悩む人やその家族のカウンセリングを行う。クライエントは15~80歳まで、カウンセリング歴は40年を超える。著書に、『母が重くてたまらない』(春秋社)、『共依存・からめとる愛』(朝日新聞出版)、『父親再生』(NTT出版)ほか多数。
マニュアル世代だからこそ覚えてほしい
うつにならないコツ
――先日、「『心の病を抱える社員が増えた』という企業が4割超」(「読売新聞」8月31日付)という報道もあったように、職場における社員の心の問題が深刻になっています。なぜこうした状況が生まれてしまったのでしょうか。
私自身、「昔と変わった」という印象はないんですよ。「心の病」に悩む方は以前からいましたから。ただ、いわゆる“マニュアル世代”が30代中盤~40代前半になり、「マニュアルどおりに進まないと自分が悪い」と自分を責めたり、落ち込んだりする人が増えつつあるように感じます。
彼らは、大学受験などの影響で二者択一的思考があり、「成功するマニュアルを知りたい」「マニュアルどおりにできないと自分が悪い」という短絡的な回路に陥ってしまいがちです。安易な方法論を求めすぎではないでしょうか。
大事なことは“正解”を求めることではなく、「自分がらくになれるかどうか」です。外に基準を置き、その“正解”に沿って行動するという発想ではなくて、基準を自分のなかに置くことが重要でしょう。「これが正しい」と思った方法どおりにやっても、うまくいく保証はありません。「安易なハウ・ツー路線」を捨てるべきです。
また、最近では企業の昇進試験などの内容が非常に高度化しています。筆記はもちろんのこと面接も高度になり、アメリカ式のビジネスパーソンモデルが40歳前後から徹底されています。いまの50歳以上の世代とはまったく違い、人事モデルがドラスティックに変わる境目にある、すごく難しい世代だといえるでしょう。
――「安易なハウ・ツー路線」に走るマニュアル世代をカウンセリングするとすれば、どうアドバイスしますか。
いままでビジネスパーソンとして、「こうすべきだ」と思ってきた常識を転換すること。それができない限りは、どんなによい方法をとったとしても絶対にうまくいきません。「物事には正解があるはずだ」「真面目に取り組むべき」という考え方を捨て、余力を残して、できるだけいい加減にやる。それがうつにならないコツです。
これほど心を病む人が増えてしまうと、結果的に一番損をするのは企業です。企業自身がいままでの人事管理を見直し、新たな方法を考えなければなりません。
男は人に相談できないもの
ツイッターこそ、“現代のシェルター”
――「心の病」になる人が増えているとはいえ、一方で心の病に縁のない人もいます。「うつになりやすい人」、「なりにくい人」の差はどんなところにあるのでしょうか。
車の運転に例えると、「ハンドルの遊び」があるかどうかの差でしょうか。いつも追い越し車線に行って速く走りたがるような人は、リスクが高いといえます。
ただ、そんな人にもリスクを軽減させる方法があります。それは、多方面に目を向けてマルチに行動することです。別の視点を持つことは、負荷を分散させることにつながるので、うつ予防法の1つになると思います。
また、私たちはよく「AまたはB」という二項対立で物事を考えがちです。しかし、それでは選択をする際に苦しくなり、倒れてしまいます。ですから、すごくシンプルですが、3つ目の選択肢を持つことが重要です。パブリックでもプライベートでもない、第3の関係性を仕事と家庭の間につくるように心がけましょう。
最近では、ツイッターが大流行していますが、すごく親しい友人を少数持つのではなく、浅く広い関係をつくることも、この時代における1つの予防策だと思います。ゆるい繋がりとポジティブな交流、体面の緊張がなく、クモの巣状に広がっていく関係の広がり。
こうしたことが、精神的な窮屈感からの“シェルター”“安全地帯”になっていると思います。話せる場、自分の気持ちを語れる言葉を持つこと。それを体現化しているツイッターの流行は、時代の必然であり、時代の要請だったのではないでしょうか。
――とはいえ、30~40代のビジネスパーソンは、自分の悩みをなかなか相談できない人が多いように思います。
女性は周りの人に相談することができますが、男性は感情を表現することがとても不器用です。喜怒哀楽を表に出すことはビジネスには無用であり、足を引っ張られると思い込んでいるように感じられます。
本当に優れたビジネスパーソンなら、ビジネスの交渉の場においても、喜怒哀楽などの人間味をつけ加えられるのですが、それには相当な力が必要です。
おそらく多くのビジネスパーソンのことを、「人に相談することは弱いことだ」「自分のことを自分でできなくてどうする」「こんなことを人に話したら依存ではないか」という常識や規範が縛っているのでしょう。しかし、そうした思考のままでは自滅していってしまいます。
「依存することは恥ずかしいこと」と思う方がいらっしゃいますが、依存の何が悪いのでしょうか。「依存」は、相手の力を上手に利用することで、実はとても高度なことです。また、人は誰しも他人の力を借りなければ生きていけません。ですから、依存はずるいことでも、ちっとも恥ずかしいことではありません。彼らの考え方が少しでもそのように変わってもらえるとうれしいですね。
なぜ、「気持ち」を変えるのでなく、
「行動」を変えるのか?
――先ほどから、「常識を取っ払え」「らくになれ」とおっしゃっていますが、そうなりたくても実際には、「常識を取っ払ってらくになる」のは難しいように思います。そういうときはどうすればよいのですか。
「らくになりたい」と思っているなら、それは合格ラインをすでに超えています。あとは、「らくになる」というのを“絵に描いた餅”のように思っているとしたら、具体的に到達可能なものに落とし込んでいくことが大切です。まず、今日・明日、何をしたらいいのか考えることから始めてください。
「気持ちをらくにしなさい」というのは、よく言われるアドバイスです。我々はどちらかというと気持ちにフォーカスしがちですが、気持ちや感情を変えることは非常に難しいので、考えてはいけません。ですから、気持ちよりも行動に焦点を当て、具体的な行動に落とし込んでほしいと思います。
ここで1つ注意をしておきたいのが、私が感情に焦点を当てないのは、決して合理性を強調するためではありません。非合理的で非効率的であろうが、その人の中に「らくに生きる」というベースを持ってほしいからです。「らくに生きること」を否定的に見る人もいるかもしれませんが、「らくに生きること」は怠惰でもなく、負け組になることでもありません。
私は「らくに生きること」や「安全地帯」を持つことは、“血圧の正常値”を維持するようなものだと思っています。血圧は、低血圧や高血圧だと無理がきます。それと同様に「らくに生きること」へのイメージが維持できていなければ、人は壊れてしまうのです。
「そうなんだ~」――“ノエスの魔法”と
「I(アイ)メッセージ」の威力
――最近では、家庭内における悲惨な事件も頻発しています。たとえば、息子が母親を刺すような事件も起きました。
世の中には、紙一重の家族がたくさんいます。しかし、つらい状況にあっても、家族と顔を突き合わせなければいけません。
そのときに使っていただきたい受け答えの1つが、「そうなんだ~」です。
そして、「イエス」でも「ノー」でもない、いわゆる“ノエスの魔法”。
あと、ぜひ使ってみていただきたいのが、「I(アイ)メッセージ」というつぶやきです。「私は~です」「私は~してほしい」というように「私」を主語にすることで、まっすぐに自分の思いを伝えることができます。たとえば、「お母さん疲れたな」とか「今日はうれしいな」と思ったことをつぶやくだけでもかまいません。
―――現在、マネージャー教育を受けていない多くの30~40代がマネージャーとなり、うつ状態の部下に困惑しているケースも少なくありません。マネージャーはうつ状態になってしまった部下にどう対応していけばよいのでしょうか。
多くの企業は、精神疾患にかかってしまった社員を職場復帰させる際、そのまま職場に戻さず、試験的出社や待機時期をつくって、段階的社会復帰をさせることが多いようです。ですが、大切なのは特別扱いせず、いままでどおり接することです。これは、先ほども紹介した家族に対するアプローチとまったく同じで、うつであろうがなかろうが、当たり前の対応をするのが一番いいのです。
逆に仕事を与えなかったりすると、それはプライドを傷つけることになります。本人ができないなら、きちんとできないと言える環境をつくりましょう。特別扱いは、本人のためになりません。
それでもよくやっているなと思ったときには、ひと言「よくがんばったね」とか「すごいね」と声をかけることはよいでしょう。しかし、褒めることは時に「もっとがんばらなければ」とプレッシャーを与えることにもつながりかねませんので、注意が必要です。
2年かけて執筆した
『ふりまわされない』にこめた想い
――最後に、9月17日に著書『ふりまわされない』を出版されました。このなかで、現代のビジネスマンたちに最も伝えたかったことは、どのようなことでしょうか。
現在、ビジネスの世界は、昔からの「非合理的な頑張り主義」とアメリカ的な「合理的な効率主義」が両面から押し寄せ、両方に縛られています。「白黒つけろ」、「主観的な視点を排除せよ」といった、いわゆる効率主義、合理主義的な発想をひっくり返したいという思いからこの本を書きました。
いまの時代を生き抜いて業績を上げていくことができるのは、とても難しいことです。そのなかで生き残るには、自分が信じ切っていたいままでの常識にふりまわされず、少しずつ自由になり、らくになる必要があります。「弱いから」「甘えている」という人もいますが、そういう常識にもふりまわされないようにしてもらいたいと思います。
本書を書き終えるまで、2年の月日を費やしました。
40年カウンセラーをやってきた私の実感では、これまでの常識はほとんどが賞味期限切れになっています。そのことを多くの人はどこかで感じていながら、相変わらずの常識を守り続けていると思います。自殺者が年間3万人という異常事態の背景には、そのことも関係しているのではないでしょうか。本書は常識の転換を目指していますので、自殺防止にも十分貢献できる内容だと自負しています。
「正面突破で業績拡大!」も結構ですが、思い切ってこれまでの常識を大胆に転換し、自分からはしごを外してみましょう。
すべての人に役立ててほしい
本書は、ビジネスパーソンだけではなく、子どものひきこもりや摂食障害で困っている母親、親の介護に直面している娘、妻とうまくいかないで困っている男性などにもヒントとなるでしょう。大切なことは、地下水脈でつながっていると思います。
とにかく、ふりまわされないで、らくに生きていく。それに勝るものはないと思っています。
過酷で厳しい時代ですが、逆の視点から見つめると、異なる海流がぶつかりプランクトンが大量発生して豊かな漁場になるように、何かが新しく生まれ、潮目が変わるときなのではないでしょうか。
ふりまわされっぱなしだと、その潮目すら読めなくなってしまうでしょう。
自分が弱いわけではありません。らくになることがいいことだと考え、ふりまわされないように、生きていただきたいと思います。
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●編集部からのお知らせ●
★信田さよ子さんの著書『ふりまわされない~会社、仕事、人間関係がらくになる7つの物語』が発売されました。「選択の2」から「バランスの3」、「とりあえず保留」、「ノエスの魔法」など、カウンセラー歴40年のプロしか書けない、心がらくになる方法が満載です。ぜひ、ご一読ください
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