●命の重さ 考え苦しむ
朝日 2011年10月26日
死刑判決を聞く田尻被告=熊本地裁、絵と構成・坂田知之さん
県内の裁判員裁判で初の死刑判決が25日、熊本地裁で言い渡された。強盗殺人罪などに問われた田尻賢一被告(40)に対して裁判員らは5日間の評議の結果、「被告の罪責は重大で死刑の選択をするほかない」と判断。裁判員からは「命の重さを考え、苦しんだ」との感想が漏れた。裁判長が読み上げる判決理由を、ずっとうつむき加減で聴いた田尻被告。弁護側は控訴を検討する。
田尻被告はこれまでの公判と同様、黒のスーツに白のワイシャツ姿。開廷後、鈴木浩美裁判長が証言台の前に立つ田尻被告に対し、「事案の性質上、主文は後回しにします」と伝え、いすに座るよう促した。
裁判所が認定した事実に加え、「永山基準」にほぼ沿った形の量刑理由が読み上げられた。犯行の事情を総合し、鈴木裁判長が「死刑の選択をするほかないものと言わざるを得ない」と告げると、検察側の席に座った被害者遺族が何度かうなずいた。
開廷から約30分後、鈴木裁判長は田尻被告に起立を促し、主文を読み上げた。「被告人を死刑に処する」。裁判員6人のうち3人は判決文を目で追い、残り3人が被告の姿を正面から見つめた。田尻被告はうつむいたままの姿勢を崩さなかった。
「判決の内容についてわかりましたか」と聞かれた田尻被告は、小声で「わかりました」と応じた。鈴木裁判長は「私どもとしては考えられるそれぞれの経験を出し合い、みんなで悩んだ結果、先ほどの結論になりました」と言い、被害者の冥福を祈るとともに、(1)遺族に何ができるか(2)自分の家族や交際相手、その子供に何ができるか(3)事件の関係者に何ができるか、それぞれについて考えてほしい、と伝えた。
田尻被告は判決後、遺族らに頭を下げた後、弁護側の席へ。閉廷直後、目頭を押さえる場面もあった。
開廷前、一般傍聴の21席分の傍聴券を求めて543人が列を作った。これまで同地裁で行われた裁判員裁判で最も多い希望者だった。
傍聴した御船町の主婦、吉津茂美さん(63)は初めてじかに見た田尻被告について「こんな穏やかな表情をする人が本当に事件を起こしたのかというのが最初の印象。もっと凶暴な形相の人かと思っていた」と驚いた様子。「(被害者に対して)冥福を祈ってほしい」と話した。
納得できる結論 検察側
熊本地検の岡本哲人次席検事は判決を「検察の主張がおおむね認められてよかった。納得できる結論」と受け止め、弁護側が訴えた走潟事件の自首については「自首が成立しないのは明らかで当然の判断」と述べた。裁判員に対しては「難しい裁判に長期間向き合ってもらい敬意を表したい」。一方で「遺族の心中は察することができない。二度とこのような事件は起きないで欲しい」と話した。
自首不成立 残念 弁護側
判決後、弁護人の大村豊弁護士は報道陣に「自首の成立が認められなかったのは残念。本人も覚悟はしていたが、厳しい判決だった」と語った。一方で「審理時間は十分だった。裁判員の皆さんは大変だったと思う」と述べ、判決内容に裁判員裁判の影響は特に感じなかったという。控訴については「被告本人と相談して決める。弁護人としては(重大な判決なので)控訴を勧める」と話した。
判決聞いて安堵 遺族コメント
右田さん夫妻の代理人、高瀬真哉弁護士は「判決を聞いて安堵(あん・ど)している。捜査や裁判に携わった方に大変感謝しています」とする右田さんの長男のコメントを読み上げた。被害者遺族として公判に参加した長男とは十数回打ち合わせを重ねたといい、「思いを被告に直接伝え、問いただすことができたのは意味があった」と評価。「被害者感情を踏まえた上での判決と捉えたい」と述べた。
会見応じた裁判員
裁判員4人と補充裁判員1人が会見に応じ、50代の男性裁判員は「命について、人の幸せについて考えさせられる10日間でした」と振り返った。
極刑という重い判断に市民はかかわるべきなのか。5人は苦しい経験だったとしながらも、「必要だと思う」「犯罪の予防につながる」とその意義を口にした。
遺体や犯行現場の写真と向き合う場面も多かった。カラー写真がモノクロで示されたり、目にする時間が短縮されたりといった配慮はあったが、補充裁判員の女性は「ショックで、長くは見ていられませんでした」。裁判員の1人は「写真はいまも脳裏に残っている。でも、残忍さを判断するうえで必要だった」と話した。
被告側が控訴すれば、福岡高裁で裁判官だけによる審理が始まる。別の50代の裁判員は「私たちは十分に納得がいく話し合いができた。控訴に関係なく、私たちはやりきった」。死刑という決断に心の整理がついていない、と明かした熊本市内の裁判員は「人が代われば結論が変わることもある。それも一つの見方として受け止めたい」と語った。
精神的な不安定感じたら相談を
県臨床心理士会・浦野エイミ会長の話 裁判員を務めた人にとっては、日常生活を送る上で見慣れない証拠などを扱ったほか、死刑か無期懲役かという重い選択を迫られ、精神的に負担になったことだと思う。人によっては、使命感で裁判を乗り切っても、日常生活に戻ると裁判中の場面や生々しい証拠などがフラッシュバックのようによみがえり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と似た症状が出ることが知られている。精神的に不安定になったり、頭痛や胃痛を感じたりするなど日常生活に支障をきたすような場合は、医師や臨床心理士などの専門家に相談することを勧めたい。 |