奈良文化財研究所は21日、1989年に奈良市の平城京の二条大路跡から出土した土器に古代日本で普及していた双六(すごろく)の一種「樗蒲(ちょぼ)」(注1)の盤面が刻まれていたことが分かったと発表した。
樗蒲(저포、ちょぼ)は朝鮮半島から日本に伝わったとされ、韓国で現在も遊ばれているゲーム「ユンノリ(윷놀이)」(注2)と関係が深いとされる。
(注1)8世紀前半の素焼きの皿(直径約19cm)。
(注2)樗蒲(저포) 和名・かりうち
(注3)ユンノリ(윷놀이)とはサイコロに代わる木の棒「윷(ユン)」+遊戯「놀이(ノリ)」
盤面の内側の底に直径約8cmの円状の点と、円の中心に向かう放射状の点が刻まれ、「出」という文字もあった。 これまで用途は不明だった。古代の遊戯の実像や、日本と朝鮮半島の交流を示す資料としている。 土器は下級役人に関わる木簡と一緒に出土しており、当時の下級役人らが金品をかけて遊んだのだろうとみている。
持統天皇3年(689)に(賭け)雙六を禁止する記述があるので、雙六がかなり古くから流行していたことが知れる。
文武天皇2年(698)に博戯を禁ずる記述がある。
『日本書紀』 689持統三年十二月八日丙辰。禁斷雙六。
『続日本紀』 698文武天皇二年七月七日乙丑。禁博戯遊手之徒。其居停主人 亦与居同罪。
『続日本紀』 760天平宝字四年十二月廿二日戊寅。藥師寺僧華達。俗名山村臣伎婆都。与同寺僧範曜。博戯爭道。遂殺範曜。
還俗配陸奥國桃生柵戸。
[参考:共同通信、毎日新聞、日経新聞、朝日新聞]
奈良の都で朝鮮すごろくがブーム? ナゾの皿、記号解明
樗蒲(저포、ちょぼ)は朝鮮半島から日本に伝わったとされ、韓国で現在も遊ばれているゲーム「ユンノリ(윷놀이)」(注2)と関係が深いとされる。
(注1)8世紀前半の素焼きの皿(直径約19cm)。
(注2)樗蒲(저포) 和名・かりうち
(注3)ユンノリ(윷놀이)とはサイコロに代わる木の棒「윷(ユン)」+遊戯「놀이(ノリ)」
盤面の内側の底に直径約8cmの円状の点と、円の中心に向かう放射状の点が刻まれ、「出」という文字もあった。 これまで用途は不明だった。古代の遊戯の実像や、日本と朝鮮半島の交流を示す資料としている。 土器は下級役人に関わる木簡と一緒に出土しており、当時の下級役人らが金品をかけて遊んだのだろうとみている。
持統天皇3年(689)に(賭け)雙六を禁止する記述があるので、雙六がかなり古くから流行していたことが知れる。
文武天皇2年(698)に博戯を禁ずる記述がある。
『日本書紀』 689持統三年十二月八日丙辰。禁斷雙六。
『続日本紀』 698文武天皇二年七月七日乙丑。禁博戯遊手之徒。其居停主人 亦与居同罪。
『続日本紀』 760天平宝字四年十二月廿二日戊寅。藥師寺僧華達。俗名山村臣伎婆都。与同寺僧範曜。博戯爭道。遂殺範曜。
還俗配陸奥國桃生柵戸。
[参考:共同通信、毎日新聞、日経新聞、朝日新聞]
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