熊本市と熊本大は27日、昨年4月に熊本城跡の旧NHK跡地(同市中央区)から出土した鉄刀(全長約55cm)を調査・分析した結果、西暦604年にあたる「甲子年五□□」の銘文がある鉄刀が出土したと発表した。
出土地は古墳時代の横穴墓群近くで、鉄刀には象嵌技法により施された文字が確認された。鉄刀は古墳時代後期のものと推定され、同時期の比較の対象となるものとしては、1983年に兵庫県養父(やぶ)市の箕谷(みいだに)2号墳(東西12m、南北14mの円墳、7世紀)で出土した圭頭大刀(推定全長は77cm前後)がある。「戊辰年五月□」の6文字が刻まれている。最後の6文字目は二画しか残っていなく読めないが、「五月中」が中国や朝鮮で作られた古代の刀剣によく使われる吉祥句(きっしょうく)であり、結果「戊辰年五月中」と判読された。「戊辰(ぼしん)年」については、608年と推定されている。
今回の大刀の銘文は「甲子年五月中」と推定され、「甲子(こうし)年」は604年と判断された。
甲子年大刀と戊辰年大刀はともに飛鳥時代の推古朝のころ。飛鳥地方に都が置かれ、国家形成過程で、地方の中小豪族に贈られた鉄刀とみている。
[参考:産経新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、養父市HP]
出土地は古墳時代の横穴墓群近くで、鉄刀には象嵌技法により施された文字が確認された。鉄刀は古墳時代後期のものと推定され、同時期の比較の対象となるものとしては、1983年に兵庫県養父(やぶ)市の箕谷(みいだに)2号墳(東西12m、南北14mの円墳、7世紀)で出土した圭頭大刀(推定全長は77cm前後)がある。「戊辰年五月□」の6文字が刻まれている。最後の6文字目は二画しか残っていなく読めないが、「五月中」が中国や朝鮮で作られた古代の刀剣によく使われる吉祥句(きっしょうく)であり、結果「戊辰年五月中」と判読された。「戊辰(ぼしん)年」については、608年と推定されている。
今回の大刀の銘文は「甲子年五月中」と推定され、「甲子(こうし)年」は604年と判断された。
甲子年大刀と戊辰年大刀はともに飛鳥時代の推古朝のころ。飛鳥地方に都が置かれ、国家形成過程で、地方の中小豪族に贈られた鉄刀とみている。
[参考:産経新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、養父市HP]
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