糸島市教委は、篠原東遺跡群(糸島市篠原)の発掘調査で、戦国時代(15世紀後半~16世紀前半頃)のものとみられる木簡3枚が出土したと発表した。
掘立柱建物跡の北西の角にある柱(直径16cm)の根元から出土した木簡(長さ17・2cm、幅2・6cm、厚さ0・35cm)には「東方慈父西方愛母北方長寿西方福徳中央 利養 堅牢地神 吉 急々如律令」と記されており、建築前の地鎮祭で使われた「呪符木簡」とみられる。
2度目に出てくる「西方」は「南方」の誤りの可能性がある。
建物跡の東側中央の柱は、正八角形であることがわかった。八角形の柱は通常、寺のお堂の中心柱などに使われるため、住居ではなく、特殊な用途の建物だった可能性もあるという。
現地説明会が21日午前10時から正午まで開かれる。
[参考:読売新聞]
コメント
「呪符木簡」といっても、魔除けというより、四方中央そして地の恩恵や招福をすべて受けるための欲張ったお守りの感がある。
掘立柱建物跡の北西の角にある柱(直径16cm)の根元から出土した木簡(長さ17・2cm、幅2・6cm、厚さ0・35cm)には「東方慈父西方愛母北方長寿西方福徳中央 利養 堅牢地神 吉 急々如律令」と記されており、建築前の地鎮祭で使われた「呪符木簡」とみられる。
2度目に出てくる「西方」は「南方」の誤りの可能性がある。
建物跡の東側中央の柱は、正八角形であることがわかった。八角形の柱は通常、寺のお堂の中心柱などに使われるため、住居ではなく、特殊な用途の建物だった可能性もあるという。
現地説明会が21日午前10時から正午まで開かれる。
[参考:読売新聞]
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「呪符木簡」といっても、魔除けというより、四方中央そして地の恩恵や招福をすべて受けるための欲張ったお守りの感がある。