『知らない街での講習でも 地図さえあれば 目的の会場まで たどりつけるよね ?』
この類の質問に “そのとおり” と アッサリと答えてしまって ミスをしてしまったことが
ある
今は スマホ類も まず 持っているだろうし 地図なんぞも要らない時代だけどね
とも言えそうだけれど
そうとも限らない
その類の機器を 極くシンプルにしか( 例えば 通話用にだけ )利用できない方もいる
そもそも 携帯も持たない(持てない)方もいる
街といっても サマザマ で 地図だけでもとにかく手にしているならば ともいえそうだが
ポイントになりそうな施設などのランドマーク(目印)があれば サイワイなのだが そのよう
なものが見つからない場所や
ヒントになりそうなことを誰かに訊ねたくとも それが とても困難な場所もある
そうした処では 地図を開いても 東西南北方向なりがワカラナイと 地図上のそれらとを
重ねることは不可能なのだから さ迷うしかないこととなる
地図だけがあっても 目的地には辿りつけない( ランドマークを すくなくとも2箇所見つけ出して
それを結んで方角を探る とか もあり得るだろうが・・・太陽の動きとか樹木の影を追うとかで 方角
は探り得る かも・・・
場合によっては 方位磁石までは不要 で 目的地確保可能 となることもあるが・・・)
これら のこと つまり ≪地図が読めない≫ と いわゆる方向音痴とは 異なる情況 なのだろうか ?
そうなのだろうな との 感覚は ナントナク 覚え得るようだが・・・
率直に言って 方向音痴 とは ? の意義というか 定義 というか どのようなことを さしている言葉
なのだろうか ? あたりを 自身は ハッキリとは掴めていないようで
つまり 磁石と地図をなんとか使うことはできても ポイント さらに続くポイント地で 方向音痴 になる
というような ?
方向音痴とは 自身のいる位置を見失いがちな性質のある人のこと と一応言えるのかもしれない
〔医学的には ビシッと定義づけのようなものはあるのだろうが そこまでのことは別にさせていただくが〕
方角を知るための訓練が十分ではないか あるいはランドマーク(目印となるもの)を十分に把握
していない場合 とか自身の基準となる位置を誤って把握している場合などに 通常以上の混乱
を覚えてしまうことを言うのだろう か ?
ということで
方向音痴と表現される場合には 方角を周辺状況から判断することを苦手とするか せっかく必要
な情報を得ても誤って判断してしまって 地図の上で周囲の地形を基にして現在位置を見つけることが
苦手であることなど のことなのだろう
とすると 磁石を携帯させ それなりの地図を持たせたうえで とある地方都市の 数箇所の訪問を
上司に命じられたりしたなら 携帯などない時代には特に そうとうなプレッシャーを覚えることとなっ
てしまっただろう
ということで [地図が読めない] ということと [方向音痴] とは 別の事柄なのだ と言えそう?
携帯所持でも バッテリーゼロなら 用を足せない
≪どのような情況下でも コンパスと地図さえあれば どの街の探索もオーケー なのだ ≫ と 言
い切るのも 言われた相手にとっては 想像以上の苦痛を感じていることもあるのだ ということは
今後 充分に注意しようと思ったりしたのだ
腕時計のように腕につける磁石と地図とで 知らない街をブラブラもダイスキ人間たる自身にとっては
地図は読めても方向音痴が酷い という感覚が どうにも 理解しにくいところがあるのだが・・・
そういったことは 当人以外 ナカナカ 深いところを理解できないだろう
どうして 上記のようなことを載せたかというと
ガラッと話は変わるのだが・・・
「最初 読んでみて そのときに 理解できないことは 何度挑戦しても 読解できない 」
という方がおられたりする
そのような折に
『 キチンとした基本書があって それに学習方向の目印を教えてくれる案内役さえあるなら
どのような分野というか範囲の知識も まず 方向を違えず身につくはずです
例えて言うと 地図 と 方位を正しく示す磁石 さえあれば どの街並み探索にもさほどのエネル
ギーを要しないのと同じようなこと ですから 』
というようなことを 資格受験学習さんに 伴走者として何気なく述べてしまっていることがあり
サマザマ反省させられた ので
自身には 到底理解できそうもないような 個性というものがあって その個性は スゴイ方向
にも とても苦手な方向にも はたらくのだ ということに さらに注意しながら発言すべき と
疑問点というものは マサシク 各人各様
マンション管理運営上のこと 行政書士業務上における相談において 分野・項目・論点
が同じ言葉で括られているようであっても “ 知りたい ・ 理解したい ことの姿も質も量も
それぞれ ” であろうことに注意しなければ と あらためて思ったのでした
説明のときも 聴き手が方向音痴風にウロウロ状態に陥っていたりしていないかどうかを
見極めながら・・・
自らも さらなる学習を積み重ねながら
話は マタマタ 変わりますが
今は ナビが進歩して それこそ 突然の指示が出ても 何処へでもドライブ可能 だろうが
フロントに方位磁石を置いて地図を片手の私が案内役で 妻がハンドルを握って というスタイル
で ホボ 全国 といえるほど ときに仕事で 遊びで アチラコチラを訪ねさせてもらった
妻は ビックリするほどの ドライブ好き とにかく どのような長距離でも ゼンゼン平気
(20歳からのドライバーで 50年以上一貫して最愛の趣味はドライブ という人)
というわけで 地図と それを読むことが ダイスキ
今は ナビに世話になるので どこか モノタリナサ感さえ 覚えてもしまう
以上
本日は 地図を読むということ・方向音痴の類のことと 同様な感覚のありようとして学習
スタイルの方向をとる難しさ と その対応の心しておくべきこと
などの トリトメモナイ ようなこと
スミマセン
はたけやまとくお事務所