75回目の「あの日」が近づいてきました。
平和式典も新型コロナウイルスの影響で縮小されるそうです。
致し方ないですね。
広島市の大手町にある旧日本銀行広島支店。
クラシック様式の素敵なデザインです。
1945年8月6日午前8時15分、爆心地から380mという近距離で被爆しながらも、その堅牢性から建設当時の姿を現在も残しています。
被爆から二日後の8月8日には、銀行の支払い業務が開始されたそうです。
2000年、広島市指定重要文化財に指定。
同年から、広島市は日本銀行より無償貸与を受け、施設の維持管理を行っています。
今年で被爆75年・・・。「75年は草木も生えない」と言われた広島の街。
市民のチカラで復興にこぎつけました。
福島や東北地方、地震や豪雨災害で被害を受けた九州や中国地方、そして新型コロナウイルスに襲われた日本列島・・・みんなで力を合わせれば、きっと良い方向に行くと思います。
現在、宇品にある陸軍被服支廠(被爆建物)をどうするか、国、県、市が対応策を練っています。
ただ一つだけ言えるのが、壊してしまえば決してもとには戻らないということです。
原爆ドーム、旧日銀広島支店、被服支廠は、一本の線で結ぶことが出来ます。
あの日の出来事を決して忘れないため、平和を祈念するため、そして、世界に情報発信するための舞台装置。
パブル・ピカソの名作「ゲルニカ」と同じです。
後世に伝えていくためにも、被爆建物は保存していかなければならないと思います。