俳句、和歌、川柳を媒体に表象されるハワイ日本人移民の社会史的文化史的研究

2019年06月24日 18時58分07秒 | 社会・文化・政治・経済

研究機関

日本女子大学

研究代表者
島田 法子 日本女子大学, 文学部, 教授 (00206187)

研究分担者 北山 眞理子 (北山 真理子) 愛知学院大学, 文学部, 教授 (00216631)
ハワイ日本人移民史 / ハワイ日系人文化変容 / 日系人文学 / 戦時期の移民の忠誠心 / 日系人の俳句・短歌・川柳 / 日本人移民史 / ハワイ移民史 / 移民地文学 / 日本人移民文化変容 / 俳句・短歌・川柳 / 戦時期の移民の愛国心 / ハワイ日系人の文化適応 / ハワイ日系人と俳句 / ハワイ日系人と短歌 / ハワイ日系人と川柳 / 日系アメリカ人文学 / アメリカ合衆国ハワイ州 / 日系アメリカ人史
戦前、多くの日本人が農業労働者としてハワイに移民した。

彼らは、激しい労働や貧しい生活、そして日米戦争のはざまに置かれた苦労を、俳句や短歌、川柳に書き残した。この研究は、今まで研究者が着目することのなかったそのような文芸作品を歴史資料として扱い、社会史・文化史のアプローチを使って、日本人移民史を掘り起こしたものである。一世移民の生の声を分析し、彼らの日本人意識、愛国心、アメリカ観、家族やジェンダー等を読み解いた。

 

 


米国移民の川柳

2019年06月24日 18時51分35秒 | 社会・文化・政治・経済

川柳を中心に作品を見て行きます。
市民権を得ることのできないために差別を甘受しなければならない現実を嘆いています。これらの句から、作者はアメリカの建国理念が、平等、正義、人道のはずだと見抜いていることがわかります。
ところが現実は、妻さえも呼べない、結婚さえもできない。
移民法がアメリカの精神に反することを衝いています。

≪移民法について≫

リンコルン程の人なき夜を恨み
(雀喜 『北米川柳』1930年)

移民法妻さへ呼べず無縁塚
(迷舟 『北米川柳』1930年)

人道を説く亜米利加に移民法
(木偶坊 『北米川柳』1930年)

《帰化権について》

帰化権の無いを邪見に利用され
(柳雨 『北米川柳』1930年)

市民権ないまま何日も泣き寝入り
(松亭 『北米川柳』1933年)

帰化不能てふ語に希望何処へやら
(芋作 『北米川柳』1932年)
二世には市民権があるのですが、あったとしても、教育を受けていたとしても、英語が話せても、人種を理由に社会的に差別される現実を詠んでいます。

卒業は就職難の一里塚
(五街人 『加毎川柳一週年』1938年6月19日)

英語だけ知って通れぬ皮膚の色
(涼子 『北米時事』1939年9月28日)

学校教育ではアメリカの正義、人道、自由、平等が教え込まれていても、現実は異なっている。理念と現実の矛盾をついています。

教科書と違ふ世間が腑に落ちず
(竹涼 『北米時事』1940年8月28日)
たとえ2級市民として差別されていても徴兵はあるわけで、アメリカへの想いは複雑です。最後の句を見ると、立派に成人したことへの誇りも感じられます。

子は兵に召されて仰く星條旗
(鬼堂 『北米時事』1941年10月28日)

市民権呉れない国に子を捧げ
(雀喜 『北米時事』1941年7月21日)

排斥の中に育てた子も兵士
(吾以知 『北米時事』1941年3月18日)
もちろん、市民権があれば、法的には平等なはずですので、アメリカ市民である二世の成長に、将来を託しています。差別されていても、なおアメリカへの愛着が感じられます。ようやくアメリカの土地に根を張ったという実感が感じられます。

永住の土地を買はせる市民權
(藤枝 『北米時事』1939年9月28日)

待遇と別に二世の選擧權
(岐川 『北米時事』1941年1月30日)

子のリース権へ駆引き強く出る
(露昌 『北米時事』1941年2月12日)

日米戦争、強制立ち退き、仮収容所へ

強制立ち退きは、一世がこれまで営々と築き上げてきた生活を根底から崩します。次の川柳からは、立ち退きの哀しみと悔しさが滲みます。

汗と血で築いた地盤夢と消へ
(弓翠 馬小舎』1942年6月15日)

惜別に畑も涙を露に見せ
(塵外 『馬小舎』1942年8月8日)

忘られぬ我が家見返りバスに乗り
(一沙 『馬小舎』1942年7月11日)

父抑留子は兵役に母キャンプ
(九星 『ユタ日報』1942年7月27日)
次の句は下駄履きの日本人の一世が英語を話すという、なんともミスマッチでおかしいのですが、現実には、雨が降ればぬかるみで、下駄を履かざるを得ないのに、日本人だから強制収容されたのに、仮収容所では、不自由な英語を話すことを強要される、そんな生活を強要する政府への批判精神が感じられます。

下駄履きが英語を話す小舎住まい
(弓翠 『馬小舎』1942年8月2日)
強制収容所

強制収容所内で詠まれた川柳をみます。民主主義を掲げ、自由のためにファシズムと戦うと云っているアメリカが自由を奪っている矛盾を突いています。

アメリカを故郷にして柵に住み
(露角 『しがらみ』1943年8月1日)

民主主義加州へ入れぬ柵を張り
(曲水 『しがらみ』1944年12月15日)

鉄柵の刺はキヤンプの内へ向き
(曲水 『しがらみ』1944年9月15日)
日本人なのにアメリカへの忠誠を問われる複雑な迷いが、故郷の土、アメリカの土という、土という言葉から感じられます。

故郷の土アメリカの土登録紙
(其蜩 『しがらみ』1943年3月7日)
鉄条網の中で忠誠を問うのか、という怒りさえ感じます。

フェンス等張って忠誠きいてみる
(泫水 『しがらみ』1943年2月15日)
自由のペンの先にあるものはなんでしょうか?独立祭を収容所のなかで祝わされる意味は何なのでしょうか?

イエス・ノー選ぶ自由のペンの先
(白雀 『川柳四八区』1944年8月16日)

独立祭デモクラシーの意義を説き
(丘上 『しがらみ』1944年9月15日
アメリカは結局、戦場で死なければ、二世の忠誠心を信用しなかったのか、という悔しさと哀しみを感じます。

忠誠は遺骨となつて認められ
(白鳥 『ユタ日報』1944年12月15日)

花散れば忠節なりと政府云ひ
(吉田繁有喜 『しがらみ』1944年9月15日)
原爆投下に関しても、人道に反する行為だと見抜いています。

長崎の惨禍を曰ふにハンドレツトパセントサクセスフルなりと誇るかアメリカのラヂオは
(糸井野菊 『東津久仁高原詠草』)

新武器に過去の正義は泡と消え
(千久万 『ユタ日報』1945年9月10日)

人道の価値は何処へ原子弾
(守平 『羅府新報』1946年10月8日)
敗戦の句を二つ選びました。

黙々と祖国を朝に祷るもの
(桂馬 『ポストン文芸』1945年9月)

灰燼の郷里窓辺に浮かぶ父
(白舟 『ユタ日報』1945年10月15日)
再定住時代

再定住時代に移ります。住宅難というよりは、住宅差別が、帰還した日系兵士をも苦しめます。二番目の句がいうように、自由の女神が歓迎するのはヨーロッパからの人々だけではないか、アメリカの自由とはアジア人には及ばないのだ、という怒りを感じます。

凱旋の勇士を迎ふ住居難
(小原塵外 『羅府新報』1949年5月27日)

アメリカの西には建てぬ自由像
(長石孤雁 『つばめ』1950年1月)
そして、帰化権も、JACLが反差別、正義の実現を訴えても、なかなかなかなか議会を通過しません。

帰化法も矢張り人種にある差別
(深雪『北米川柳』48号1950年3月)

反差別正義の声はつづけども
(紅鳥 『北米川柳』48号1950年3月)

デモクラシー唱えて帰化権くれしぶる
(多賀 『北米川柳』1950年11月)
それでも、ようやく1952年、マッカランウォルター法案が通過し、大統領の拒否権を乗り越えて、遂に成立しました。待ちに待った帰化権の獲得を喜ぶ声が聞こえてきます。

味噌汁のままで嬉しい帰化が出来
(謙蔵 『川柳つばめ』1952年8月)

帰化権も取れて見上ぐる星条旗
(白雀 『川柳つばめ』1952年8月)

英霊に感謝 帰化権賠償金
(伯東 『羅府新報』1952年12月19日)

世界一の国へ帰化する気の勇み
(鈍突 『北米報知』1953年5月2日)
皆様は、川柳に詠み込まれた喜怒哀楽をどのように感じられたでしょうか。
私は、強制収容所時代でさえ、感情の爆発はなく、抑制のきいた批判だと感じました。
清水其蜩は、「千尋の渓谷に架せる丸木橋を渡りつつある我等の現在」をよく考え、作句に当たっては自重を求めていました。
「川柳その物、引いては日本短文学全般に亘つて累を及ぼす事を恐れるからだ」(『しがらみ』1945.6.15)そうです。選者や互選というスクリーニングがあったという点を忘れてはならないと思います。


年金の誤解―無責任な年金批判を斬る

2019年06月24日 18時22分45秒 | 社会・文化・政治・経済
 
堀 勝洋  (著)


 商品の説明

内容紹介

「年金批判」の大合唱のなかで見落とされたものとは何か? 年金制度は本当に破綻するのか? 10の問題設定から「誤解」を整理し、2004年法改正の意義を客観的に評価する。

堀/勝洋
1944年生まれる。1967年東京大学法学部卒業。厚生省(現厚生労働省)入省。1980年社会保障研究所(現国立社会保障・人口問題研究所)主任研究員。その後、調査部長、研究部長。1994年上智大学法学部教授。2001年厚生労働省社会保障審議会委員(年金部会委員)。著書に『福祉改革の戦略的課題』(中央法規出版、1987年、吉村賞受賞)、『年金制度の再構築』(東洋経済新報社、1997年、第21回労働関係図書優秀賞受賞)、『社会保障法総論(第2版)』(東京大学出版会、2004年、初版は冲永賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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賦課方式の年金制度は毎年の総所得=国民所得を、就労世代と引退世代との間で、どう分配するかという仕組みです。
高齢化が進んでも、経済成長があれば、その分を引退世代の年金費用に回すことができます。
しかし、経済があまり成長しなかった場合には、就労世代の保険料を引き上げるか、引退世代の所得(年金の給付水準)を引き下げるかしかないのです。
その折り合いをつけるのが政治の役割です。
未納・未加入が年金制度を崩壊させるという意見がありますが、そうではありません。保険料を払っていない人は、その期間分将来年金を受け取ることができないので、将来の年金費用が減るからです。

ただし、現在の保険料で現在の年金費用を賄う賦課方式の下では、未納・未加入者が増えれば、短期的には年金財政に影響を与えます。そのため、未納・未加入が増えることは、望ましくありません。また、未納・未加入は無年金者・低年金者を増やしますので、問題です。

未納者がどれだけいるかについては、大きな誤解が流布しています。
よく「国民の4割が未納者」とマスメディアなどで言われることがありますが、これは極めてミスリードな表現です。
未加入者9万人と未納者308万人を合わせて、317万人が未納・未加入者です。ただ基礎年金の加入者には第1号被保険者だけでなく第2号(会社員など)、第3号(会社員の妻など)もおり、公的年金加入者は7012万人です。

これに国民年金の第1号未加入者9万人を足した7021万人を分母にすると、5%弱が保険料を払っていないだけです。

5%の未納で崩壊するというのは大げさです。

国民年金の第1号被保険者に占める未納・未加入者の割合が4割だといわれることがありますが、第1号被保険者2035万人に占める未納者・未加入者317万人の割合は約15・6%で、4割にはなりません。
保険料免除者が315万人いる、大学生あるいはフリーターで親元にいる納付猶予者が203万人いて、これに未納者を合計すると、835万人になり、第1号被保険者の4割にはなります。ただ、保険料免除者あるいは猶予者は、未納者と同一にはできません。免除には全額免除のほかに一部免除もあって、一部免除者は保険料を払っています。免除期間は、国庫負担により基礎年金が支給されます。また、免除者や猶予者には後から保険料を納付する(追納)の仕組みもあります。4割というのは誤解に基づく数字です。
年金未納者は全体の約5%(約317万人)。
一方、低年金者は相当数います。満額の老齢基礎年金の月額は一人当たり6・6万円ですが、老齢基礎年金の受給権者の平均年金額は、全体では5・3万円です。その分布を見ると、6万円台が889万人と最も多いのですが、5万円未満が830万人以上もいます。とりわけ単身の女性高齢者に低年金者が多くなっています。

無年金・低年金者は、最終的には生活保護で暮らすことができますが、年金制度として何らかの施策を講ずべきという意見があります。

 



 

 

 


年金 “破綻”論は誤解に基づく批判

2019年06月24日 18時00分19秒 | 社会・文化・政治・経済

2019年6月22日 公明新聞
「老後2000万円」問題)安心の年金制度 揺るがず

“破綻”論は誤解に基づく批判
堀勝洋・上智大名誉教授に聞く

老後に2000万円不足するとした金融庁審議会の報告書を巡り、年金制度の不安をあおるような論調が一部の野党やマスコミから出ていることに関して、上智大学の堀勝洋名誉教授に見解を聞いた。

――現行の公的年金制度は“破綻”しているかのように批判する声があるが、どう見るか。

誤解に基づく批判だ。年金制度の安心(100年安心)と、年金額(2000万円不足)とは別の問題だ。ただ、現行制度でも、年金額があまりに低くなって制度が不安定化するのを防ぐため、低くなり過ぎないようにする仕組みが設けられている。

そもそも公的年金は、老後の生活を支える柱ではあるが、生活費の全てを賄うわけではない。このため、希望する生活水準などに合わせて資産を形成する自助努力は必要だ。

もともと「100年安心」というのは、2004年の改正で、向こう100年を見通して、公的年金を安定的に運営していく枠組みを作ったという意味だ。この安心の枠組みは、まったく揺らいでいない。

――安心の枠組みとは。

現役世代の負担が重くなり過ぎないよう、保険料の上限を固定し、基礎年金の国庫負担割合を3分の1から2分の1に引き上げた。その上で、現役人口の減少や平均余命の伸びに合わせて年金水準を調整する「マクロ経済スライド」を導入した。一方で、年金水準が下がり過ぎないよう、現役世代の平均手取り賃金額との比較(所得代替率)で50%以上を確保すると法律に明記した(サラリーマンと専業主婦のモデル世帯の場合)。

さらには、人口動態や経済状況など社会情勢の影響を受ける年金制度の安定性を保つため、年金財政の健全性を5年に1度チェックする「財政検証」の仕組みを設け、必要な手直しをしていくことにした。

財政検証は年金制度の維持に必要な“道具”であり、過去2回、財政検証の結果が発表されているが、今のところ大きな手直しの必要はない。

――今後、年金水準の低下などで“保険料の払い損”になると言う人もいるが。

公的年金は、働けなくなった高齢者や障がい者、家計の支え手が亡くなった遺族の生活を保障する制度であり、生きている限り受給できる。しかも、物価が上昇するインフレなど、経済の変動に見合った年金額の改定ができるのは、公的年金しかない。

また、基礎年金額の半分は税金で賄われており、厚生年金では払った保険料と同じ額を事業者が負担していることを考えても、私的年金より有利な制度になっている。この制度が揺るぎなく運営されていくことで、老後の安心が確保されていく。
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年金破綻論は誤解

■公的年金は破綻のリスクは低い

わが国の公的年金制度は破綻するものだと多くの人が考えているのですが、破綻のリスクがきわめて低いことは国の「財政検証結果」というシミュレーションによって明らかとなっています。

国の制度として考えたとき、「国家体制は維持されているが年金制度だけ破綻する」というのは非現実的です。

また、国民の老後を支えるという観点では「公的年金がなければ、国は生活保護費を払う」ということになります。

生活保護は全額税金を財源としていますので、国民の納めた保険料と税金をもって給付をまかなっている年金制度を維持するほうが、国にとっては合理的です。

いろいろ考え合わせてみると、年金制度が破綻するのは日本という国家体制も破綻したときだと思います。それこそマンガ「北斗の拳」のような世界になれば年金制度は破綻するでしょうが、そういう空想はやはり空想でしかありません。

■年金給付の引き下げは避けられない

しかし、年金給付水準の引き下げは避けられません。現在行われている「マクロ経済スライド」は、毎年ごくわずかの引き下げを行う(計画では物価上昇時に給付はわずかな上げとすることで、実質的な引き下げを行う)こととしています。

こうした引き下げで破綻を避けることができるのですが、わが国の年金制度で現状の枠組みを維持しようとすれば、さらなる引き下げは不可避でしょう。

それは少子化と長寿化の問題というより、「国が長く年金を払いすぎている」ということにあります。日本が世界でトップクラスの長寿国であることは知られているところですが、経済協力開発機構(OECD)加盟国の多くが年金受給開始年齢の引き上げを決定している中、日本は65歳からさらに引き上げる計画を決めていません(65歳までの引き上げは2025年までに段階的に実施中)。

いってしまえば「世界的に早く年金をもらい、世界的にもっとも長生きをする」わけですから、「世界的に年金負担が重い国」ということになります。だとすれば、「毎月の年金額を引き下げてそのバランスを取るしかない」のが公的年金制度の残された選択肢です。それが私たちの不満感に通じており、あまりいい話ではありません。

■働ける限り働き、働けなくなったら年金をもらう社会に

社会保障制度のひとつである年金の役割はもともと、「働けなくなる年齢になったとき、所得を得られなくなったとしても国がそれを補う」というものです。

ところが、現在の65歳到達者の多くはまだまだ元気です。私の周囲でも普通に午前9時から午後5時まで働くことができ、仕事が終われば楽しくビールを飲んでいるような65歳がたくさんいます。NIKKEI STYLE マネー研究所で「定年楽園への扉」を連載中の大江英樹さんも毎月10回以上は講演しており、全国を飛び回っていますが年齢を感じさせないほどお元気です。

しかしながら、「働けるけれど、年金がもらえるので引退してしまう」という人がたくさんいるのは社会的に損失です。年金財政としては保険料の担い手を減らし、もらい手を増やしているだけです。

あまりにも長いセカンドライフは、自助努力の面でも苦労を強いられます。なにせ65歳から20年以上無職の時間を過ごすわけですから、老後が長く、ゆとりのための必要資金も高額になるからです。老後に経済的に苦しむ人が多いのも、長すぎる老後に一因があるともいえます。

「働ける期間を少しだけ長くし、無給で過ごす老後を少し短くする」というマネーハック的発想の逆転があれば、もしかするともっと豊かな老後になるかもしれません。

損得論や世代間の不公平論、あるいは年金破綻論のような議論はそろそろ卒業して、大人として公的年金とのつきあい方を考えてみてほしいと思います。

山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)さん 1972年生まれ。中央大学法学部法律学科卒。AFP、消費生活アドバイザー。企業年金研究所、FP総研を経て独立。退職金・企業年金制度と投資教育が専門。所属は日本年金学会、東京スリバチ学会。近著に『お金が「貯まる人」と「なくなる人」の習慣』(明日香出版社)『誰でもできる 確定拠出年金投資術』(ポプラ新書)などがある。趣味はマンガ読みとまちあるき(看板建築マニアでもある)。


「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭

2019年06月24日 17時46分41秒 | 社会・文化・政治・経済

沖縄 NEWS WEB

各地で 祈り 追悼 慰霊

沖縄戦で負傷兵の看護に動員され、多くが犠牲になった「ひめゆり学徒隊」の慰霊祭が糸満市の「ひめゆりの塔」で行われ、元学徒や遺族が亡くなった友人や家族を悼みました。

沖縄戦では、負傷兵の看護にあたる「ひめゆり学徒隊」として動員された136人が犠牲になったほか、在校生も戦闘に巻き込まれ、あわせて227人が亡くなりました。

23日は、227人の名前が刻まれた糸満市の「ひめゆりの塔」で慰霊祭が行われ、元学徒や遺族などおよそ350人が参列しました。

参列者は、卒業式で歌うはずだった「別れの曲」を涙ながらに歌い、若くして命を奪われた友人や家族を悼みました。

元学徒で「ひめゆり平和祈念資料館」の前館長、島袋淑子さん(91)は「毎年、慰霊の日になると、友人や先生の顔が浮かびます。亡くなって行方がわからないままの友人にも思いをはせ、きょうも涙が出ました。『戦争はだめだ』と伝えてきた思いを、若い職員が受け継いでくれているので、これからも資料館が平和の砦であり続けるよう祈っています」と話していました。

ひめゆりの塔と同じ敷地内にあり、開館から30年を迎えた資料館では、高齢化している元学徒に代わって若い職員が講話をするなど、継承への取り組みを進めていて、来年7月には展示を16年ぶりにリニューアルすることにしています。

沖縄戦で動員され、犠牲となった旧制県立第一中学校の生徒たちを追悼する慰霊祭が、那覇市の「一中健児之塔」で行われました。

旧制県立第一中学校の生徒や教員たちは、沖縄戦に鉄血勤皇隊や通信兵として動員されて307人が犠牲となり、「一中健児之塔」で毎年、慰霊の日に慰霊祭が行われています。
ことしは遺族や卒業生、それに第一中学校を前身とする首里高校の生徒などおよそ700人が参列し、正午になると全員で黙とうをささげました。

このあと焼香が行われ、犠牲者の名前が刻まれた石碑に触れ、めい福を祈る参列者もいました。

そして沖縄戦当時、第一中学校の1年生だった吉田朝啓さん(87)が「戦場にかり出された健児たちは戦場の空を仰いで痛恨の涙を流したでしょう。二度と沖縄が戦場にならないよう全力で努力します」と誓いました。

また首里高校の生徒を代表して3年生の渡邉海道さん(17)が「沖縄戦のむごたらしい歴史は語り継がなくてはいけません。戦争を憎み、命の尊さを未来世代に伝えていくことを誓います」と述べました。

慰霊祭の後、参列者の1人で同級生を亡くした花城康明さん(90)は「今の沖縄は平和に見えているけれど、そうではない面もあると思う。若い世代の人たちには平和の大切さについて知ってもらい、力を合わせて頑張ってほしい」と話していました。

「慰霊の日」の23日、宮古島市でも戦没者追悼式が開かれ、遺族や多くの市民が戦争で亡くなった人たちの霊を慰めました。
宮古島市のマティダ市民劇場で開かれた戦没者追悼式には、遺族などあわせて600人あまりが参列しました。

式では、正午の時報とともに参列者全員で黙とうしたあと、宮古島市戦没者遺族会の川満俊夫会長が「私たち遺族も高齢化し、国民の半数以上が戦争を知らない世代となりました。戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継がなければなりません」と記憶の継承を呼びかけました。

そして、地元の小学校6年生の荷川取宏太さんが「心身とも傷ついた人たちの平和への思いを胸に、戦争を2度と繰り返してはいけない」と平和を願う作文を読み上げました。

このあと、式では、みやこ少年少女合唱団が会場に響き渡るような歌声で『いのちの歌』を合唱し、最後に、参列者1人ひとりが花を手向けて、戦争で亡くなった人たちの霊を慰めていました。

那覇市中心部の商店街では、正午の時報に合わせて黙とうを呼びかける放送が流れ、店の従業員などが手を合わせていました。

乾物店で働く40代の女性は「毎年、この日を迎えるのが悲しくて、戦争を繰り返したくないという思いで黙とうしています。子どもたちが学校で沖縄戦について学んでいますが、実感がないというのが現状で、どういう風に伝えたらいいのか迷っています。もっと家庭で話し合うことが必要ではと思います」と話していました。

商店街を訪れていた那覇市の71歳の男性は「子どもたちにもこういう戦争があったと知ってもらい、忘れないでほしい。基地があるから事件が起き、戦争も起きると思うので、『基地はいらない』という思いを一人ひとりが持ち続けることが必要だと思います」と話していました。

豊見城市の50代の女性は「戦争を知らない世代なので、語り継いでいかないといけないという思いで黙とうしました。私たちもさらに若い世代に戦争について語り継いでいき、このまま平和な状態が続いてほしいです」と話していました。

この女性の娘の小学5年生は「戦争はつらいし、悲しいし、さみしいものだと感じました。平和で争いがない世界になってほしいです」と話していました。

豊見城市にある高齢者施設では、入所者たちが戦没者追悼式の様子をテレビで見て、正午の黙とうの際には手を合わせるなどしていました。

15歳の兄が宮崎県に疎開に行く途中で亡くなったという外間初子さん(85)は「平和の礎に兄の名前があるので、毎年慰霊の日に行っていましたが、10年ほど前から足が不自由になり行けなくなったので、老人ホームでお祈りをしました。亡くなった兄に『見守ってください』と伝えました。優しい兄だったので、思い出すと涙が止まらなくなります。戦いではなく、話し合いで解決できる世の中になってほしいです」と涙ながらに話していました。

また宮古島で空襲にあい、右腕を失った上地友子さん(84)は「戦争がなくなることを祈りました。黙とうの際に、アメリカ軍の空襲に遭って右腕をなくしたときのことを思い出しました」と目に涙を浮かべながら話していました。

「慰霊の日」の23日、嘉手納町でも慰霊祭が行われました。

嘉手納町の水釜地区では、高齢者が糸満市の平和祈念公園まで出向かなくても戦没者を追悼できるようにと、毎年、地区で慰霊祭を行っています。

23日は雨が降るなか、地区に住む人たちおよそ30人が参列し、全員で合掌したあと、参列者一人ひとりが焼香をして犠牲者を悼んでいました。

沖縄戦で父親を亡くした幸地繁さん(82)は「父親を亡くし国頭村に疎開した時の苦しみは耐えがたいものでした。本来なら糸満市の平和の礎に行った方がいいが、地元で集落の人たちとともに慰霊祭ができてよかった」と話していました。

また、同じく沖縄戦で父親を亡くした我謝良勝さん(74)は「父親の顔も見られないまま、戦争で命を落としてしまい非常に残念です。子どもたちのためにいまの平和がずっと続くよう祈りました」と話していました。


「ひとり死」時代の理想の逝き方

2019年06月24日 17時38分40秒 | 社会・文化・政治・経済

 「孤独死はかわいそう」は本当か?

 DANROは「ひとりを楽しむ」をコンセプトにしたウェブメディアです。

後藤絵里さん 2018.07.19 

50歳男性の4人に1人が未婚という空前のソロの時代。生き方ならぬ「逝き方」のかたちも劇的に変わりつつあります。「今の時代、ひとりのほうが上手に逝ける」。そう指摘するのは、四半世紀にわたって日本人のお墓と葬送を見つめてきた第一生命経済研究所の小谷みどりさんです。なぜ「ひとり死」のほうがいいのか。『<ひとり死>時代のお葬式とお墓』(岩波新書)という著書をもつ小谷さんに「ひとり死」の実態について聞きました。

「葬式を出す人がいない」ケースが増えている

――だれにも看取られずに死んでいく「ひとり死」が増えていると聞きます。現代の葬送事情は変化していますか。

小谷:だいぶ様変わりしています。いまは年間134万人が亡くなる「多死時代」ですが、さらに増えていて、このままいくと20年後には年間168万人が亡くなると試算されています。

そうなると、葬儀社や墓石業者がもうかるように思えます。しかし、お葬式もお墓も、死ぬ人と残される人がいて成立するものです。実際には、亡くなる人は増えても、「葬式を出す人がいない」「お墓参りをする人がいない」というケースが増えているんです。

「ひとり死」が増えた背景には、死亡年齢の高齢化があります。たとえば、2016年に亡くなった女性の8割近くが80歳以上でした。90歳以上に限ってみても、4割近くを占めています。亡くなる人が高齢になれば、家族や親族も同じように年をとる。自分が死ぬとき、どれだけの人が葬式やお墓の面倒を見てくれるでしょうか。


死生学や葬送問題を研究してきた小谷みどりさん
――葬送をとりしきる人がいないわけですね。

小谷:通夜や告別式などのセレモニーをしないで火葬する「直葬」も、少しずつ増えています。遺族が、故人の甥や姪、年老いたきょうだいなどの場合、「遺骨を引き取りたくない」ということで、自治体に持ち込まれることも多いんですね。そういうとき、本当はお墓があるのに、甥や姪が知らなくて、無縁墓に納骨されてしまうかもしれません。

そんな事態を防ぐため、神奈川県の横須賀市では今年5月から「わたしの終活登録」という事業を始めました。希望する市民は、遺言書の保管場所やお墓の所在地、それらの情報を開示する対象者など11の項目を登録しておくことができます。問い合わせも含め、かなり関心が高いそうです。

――どんな人が申し込むのでしょうか。

小谷:登録した人の多くは、子どもや配偶者がいる人だそうです。40代の子どもに障がいがあって「親子で登録したい」と願い出たケースがある一方で、「自分が死んだら、離れて住む子どもに絶対に知らせないでほしい」という依頼もあったそうです。

家族がいようがいまいが、最後は個人の意思。その意向を確認しなければ、「家族がいる=面倒をみる人がいる」ということにはならない。基本は個人であり、家族は「オプション」でしかありません。


小谷みどりさんの著書『<ひとり死>時代のお葬式とお墓』
ひとりのほうが「上手に逝ける」ワケ

――もはや家族だけでは、人の死を担いきれなくなっている感じがします。

小谷:昔は村や町の自治会など、地域で葬送を支えていました。それが立ち行かなくなり、家族にその役目が回ってきたけれど、いまや家族全員が年をとり、ここも機能しなくなりつつある。家族がいたってそうなのだから、シングルはどうなるでしょう。

そもそも欧州では、お墓を子々孫々継承するという発想はありません。子や孫がいようがいまいが、税金を払えば火葬からお墓まで行政が担ってくれる国が多い。

一方、日本は家族(イエ)と墓が密接にリンクしていて、お墓に入れるまでは残された家族が責任を持たないといけない。この、お墓の「永代使用」(子孫が絶えるまで使う)という考え方も、高度成長期までは機能していたんです。ほとんどの人は生まれ育った村や町で働き、結婚して家族をつくり、死んでいった。でも、いまはそちらのほうが少数派です。

――「ひとり死」は日本の死のあり方の平均像になるのでしょうか

小谷:孤独死って、だれにも発見されずに、自宅で死んでいくことでしょう。でも、みんな「ぽっくり逝きたい」と思っているのだから、たまたま発見が遅れたとしても、住み慣れた自宅でのぽっくりは、ある意味で幸せな死に方かもしれませんよ。

家族と一緒にいたって、死はいつ訪れるかわからない。家族が出かけているときにひとりで家にいて心臓発作が起きたら? 単身赴任先で亡くなったら? 「ひとりで逝くことはかわいそう」と偏見を持っている人が多いのですが、果たしてそうでしょうか。

むしろ、ひとりのほうが上手に逝けると思います。どんな風に死にたいか、誰にも遠慮する必要がないのだから。本来はみんな家で死にたいはずなのに、そうならないのは、病を抱えて家に帰ったら家族が困る、迷惑をかけると思うからです。家族と同居している人ほど「ぽっくり死ぬ」ことを願うというアンケート結果もあります。


第一生命経済研究所の小谷みどりさん
ひとり上手は人生のリスクヘッジがうまい人

――小谷さんは夫と死別したそうですが、ご自身は、どんな最期を迎えたいか、ふだんから意識していますか。

小谷:実は、お葬式やお墓のことはほとんど考えていません。葬儀関係や僧侶・神父の友人がたくさんいるので、だれかが必ずなんとかしてくれると思っている(笑)。死んだ後のことなんてわからないし、「彼らはやってくれる」と信じて、万が一のときにお願いできる友人知人を2、3人確保しておくことが私のリスクヘッジです。

私は講演などで、独り暮らしのお年寄りに、マスターと会話できる昔ながらの喫茶店の常連になることを薦めています。そこに毎日モーニング食べに行きなさい、と。いつも来る人が急に来なくなったら、「あれ?」と思うでしょ?

――日々の生活の中に「上手に逝くためのヒント」がありそうですね。

小谷:ひとり上手な人は、TPOに応じて会話を楽しむスキルを身につけている人が多いですよね。バーに入ればマスターや隣の客と酒や趣味の話、異業種交流会では仕事の話、サッカー同好会ではサッカーの話といったふうに、いろんな世界を持っている。つかず離れずの関係をどのくらい構築できるかというのが、意外と重要です。

家族がいると、家族だけが頼りだと思いがちになる反面、子どもが巣立ったあとは夫婦の会話がなくなり…となってしまう。妻に先立たれ、一人になったら、友人もおらず、引きこもりになる男性高齢者は少なくありません。以前おこなった調査では「妻より先に死にたい」と思う男性が圧倒的に多かった。これは既婚男性が、自分がどう老い、どう死を迎えるのかを妻任せにしているからです。

これからの時代、妻しか頼る人がいないという状況は危険です。何かあったときに頼れる人はいるのか、どんなふうに逝きたいか、ふだんから家族や友人との会話の中で気軽に話しておくことが大事です。

死はいつなんどき訪れるかわからない。ひとり上手な人は、自分がどう生きたいかという幸せのベクトルを持ち、いざとなったら助け合える、つかず離れずの人間関係を上手に構築している人ではないかと思います。
後藤絵里
後藤絵里

DANROほか個性的なwebメディアが名を連ねる朝日新聞のメディアプラットホーム「ポトフ」の編集統括。寂しがりやのくせにソロ的生き方に憧れるワナビー・ソロ。


世界地図を読み直す

2019年06月24日 17時02分23秒 | 社会・文化・政治・経済
 
 協力と均衡の地政学 
 

本能寺の変

2019年06月24日 16時10分30秒 | 社会・文化・政治・経済

 藤田 達生 (著)

商品の説明

内容紹介

2020年大河「麒麟がくる」を100倍楽しむ!
なぜ光秀は信長を殺したか。研究最前線からの回答!

なぜ、明智光秀は、あのとき、織田信長を討ったのか――古来より数えきれぬほど繰り返し問われてきたこの問いに、本流の歴史学的思考が真っ向から取り組んだ画期的論考が、最新の研究を反映する大幅増補をくわえて文庫化。
信長は何と戦い、何に負けたのか。この日本史上最大の政変の核心を衝く試みは、"戦国時代とは/室町幕府とは/日本の中世・近世とは/何か"という根本的な問いへと至る。
本格的歴史学研究でありながら、歴史小説・大河ドラマファンも楽しめる、驚きと発見に満ちた知的挑戦!

【本書より】
連年の発見によって、本能寺の変を挟む約三週間における重要人物の動向の詳細が判明し、変に関する研究は格段に前進し、一定の方向へと収斂されつつある。現段階の研究状況は、二〇一四以前の百家争鳴的な段階を完全に脱却している――

【目次】
はじめに
プロローグ:1 「本能寺の変」の人脈/2 戦国時代 
第一章 明智光秀が背いた原因はなにか?:1 足利義昭――将軍をめざす/2 明智光秀――栄達から危機へ/3 織田信長――「国王にして内裏」/4 政変への道 
第二章 画策する足利義昭:1「西国公方」義昭/2 政変迫る/3 政変断行 
第三章 「秀吉神話」を解く:1 備中高松城の水攻め/2 「奇跡」の中国大返し/3 山崎の戦い/4 信長を継ぐ者は誰か 
エピローグ 
おわりに
補章「本能寺の変」研究の現在:1 北国情勢と光秀与同勢力/2 政権を揺さぶる派閥抗争/3 光秀の政権構想 
参考文献
文庫版へのあとがき
関連年表

内容(「BOOK」データベースより)

なぜ信長は天下統一を目前にして、明智光秀に討たれたのか?この日本史上最大級の問いに、歴史研究者が真っ向から取り組んだ画期的論考!信長は何と戦い、何に負けたのか。歴史を転換させた政変の核心を衝く試みは、戦国時代とは、室町幕府とは、中世・近世とは何かという、根源的な問いへと至る。全歴史ファンにおくる、驚きと発見に満ちた探究!

著者について

藤田 達生
藤田達生(ふじた・たつお)
1958年、愛媛県生まれ。神戸大学大学院博士課程修了。学術博士。現在、三重大学教育学部・大学院地域イノベーション学研究科教授。専攻は、日本近世国家成立史の研究。主な著書に、『秀吉神話をくつがえす』『江戸時代の設計者』(ともに講談社現代新書)、『秀吉と海賊大名』『天下統一』(ともに、中公新書)などがある。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)



アメリカの恩寵

2019年06月24日 15時39分47秒 | 社会・文化・政治・経済
 
宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか 

 

商品の説明

内容紹介

米国政治学会の最優秀図書に選出された話題作、ついに刊行! 

宗教的な分極化が進むアメリカで、宗教的な多様性が維持されているのはなぜか。その答えを導くカギは、宗教宗派を超えたソーシャル・キャピタルの網の目にあった――膨大な調査データを駆使して実証的に描き出した、コミュニティ論の金字塔! 

【目次】

第1章 アメリカにおける宗教的分極化と多様性
第2章 挿話――古きものと新しきもの
第3章 アメリカの宗教性――歴史的背景
第4章 アメリカの宗教性――激震と二つの余震
第5章 切り替え・整合・混合
第6章 宗教におけるイノベーション
第7章 挿話――エスニシティ、ジェンダーと宗教
第8章 女性革命、不平等の増大と宗教
第9章 多様性、エスニシティと宗教
第10章 挿話――いかに宗教と政治が結びつくのか
第11章 アメリカ政治における宗教
第12章 エコー・チェンバー――会衆内部での政治
第13章 宗教とよき隣人性
第14章 分断された家?
第15章 アメリカの恩寵――寛容な国家がいかにその宗教的分断を橋渡しするか
エピローグ
謝辞
補遺1 信仰重要性調査
補遺2 データ分析
訳者あとがき/原注/索引

著者について

《著者》
ロバート・D・パットナム(Robert D. Putnam)
1941年生まれ。ハーバード大学教授。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長、米国政治学会会長等を歴任。著書に『孤独なボウリング』(柏書房)のほか、『われらの子ども』(創元社)、『哲学する民主主義』(NTT出版)、編著に『流動化する民主主義』(ミネルヴァ書房)など。本書でウッドロウ・ウィルソン基金賞、一連の研究でヨハン・スクデ政治学賞および米国人文科学メダルを受賞。

デヴィッド・E・キャンベル(David E. Campbell) 1971年生まれ。ノートルダム大学教授。選挙行動や教育、宗教に関する著書多数。

《訳者》
柴内康文(しばない・やすふみ)
1970年千葉市生まれ。1994年東京大学文学部卒業、1999年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得。同志社大学社会学部准教授を経て、現在東京経済大学教授。専門はメディア論、コミュニケーション論。著書に『デジタル情報社会の未来(岩波講座現代第9巻)』(岩波書店、2016年、共著)、『ソフト・パワーのメディア文化政策』(新曜社、2012年、共編著)、翻訳書に『孤独なボウリング』(柏書房、2006年)、『われらの子ども』(創元社、2017年)などがある。

評者:宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月06日

アメリカの恩寵 宗教は社会をいかに分かち、結びつけるのか [著]ロバート・D・パットナム、デヴィッド・E・キャンベル

 アメリカ人はきわめて宗教的である。本書にある調査によれば、8割を超えるアメリカ人が宗教に参加し、4割がほぼ毎週宗教礼拝に出席していると回答する。

そして8割が神の存在に絶対的な確信を持っており、自分を無神論者であるとする人はかなりの例外である。日本の読者にすれば不思議に思える数字だが、アメリカ社会を理解するために必須の情報であろう。
 とはいえ、まったく変化がないわけではない。

長期的に見れば、宗教的なアメリカ人はますます宗教的に、宗教的でない人はますます非宗教的になっている。もっとも宗教的なのは高齢のアフリカ系アメリカ人女性で、南部の小さな街に住んでいる。これに対し、もっとも宗教的でないのは若年のアジア系アメリカ人男性で、北東部の大都市に住んでいるという。
 このような傾向を分析することで、背後にあるアメリカ社会の変化を社会科学的に追究したのが本書である。大著ではあるが、具体的な事例や興味深いトピックが多く、読んでいて飽きない。

一例を挙げれば、近年、もっとも宗教的なアメリカ人の多くは共和党支持で、もっとも宗教的でない人々の間に民主党支持者が目立つ。宗教をめぐる態度の違いが政党支持と密接に結びついているのである。
 しかしながら、昔からそうだったわけではない。1960年代のベビーブーマー世代に、大きく宗教離れの傾向が見られたのに対し、これに警戒感を覚えた人々の宗教保守主義が70年代以降に台頭する。

このような趨勢をよく捉えた共和党によってレーガン革命が実現するが、ミレニアル世代はこれを嫌い、再び世俗化へと向かいつつある。若者の宗教離れが続けば、宗教的なアメリカ社会のイメージも変わるかもしれない。
 本書の分析はさらに、宗教とジェンダー、エスニシティの関係を丁寧に分析する。

同時に、宗教的な態度が人種差別や社会政策にどう影響しているかを検討する。著者たちによれば、全体的にアメリカ人は人種的に寛容になっているが、それでも人種差別に対する取り組みにはなお、宗教グループにより温度差が残っている。
 かくも宗教的に多様なアメリカ社会は、分断へと向かっているのか。多様な人々から成るアメリカ社会において、各集団は自らのアイデンティティを確認するために宗教へと向かう。しかし、その一方で、人々はばらばらになるのではなく、むしろ長期的には他のグループ出身者と知り合い、友人になり、さらには結婚する。社会的流動性こそが、やがては異なる宗教間の橋渡しをすることを「アメリカの恩寵(おんちょう)」と呼び、それを実証的に示しているのが印象的である。
    ◇
 Robert D.putnum 1941年生まれ。ハーバード大教授。元同大ケネディ行政大学院学長。著書に『孤独なボウリング』▽David E.Campbell 1971年生まれ。ノートルダム大教授。本書でウッドロウ・ウィルソン基金賞。


ともに悲嘆を生きる

2019年06月24日 15時23分52秒 | 社会・文化・政治・経済
 
グリーフケアの歴史と文化 

 
 

教員の過重労働 学校でも働き方改革が必要だ

2019年06月24日 15時14分10秒 | 社会・文化・政治・経済

公明新聞:2017年5月2日(火)付

多くの教員が過重労働に陥っている実態が裏付けられた。もはや個人の善意と努力だけではカバーしきれまい。国を挙げて進めている「働き方改革」は、学校でも急務である。

文部科学省が公表した公立小中学校教員の勤務実態調査によると、過労死の目安とされる週60時間を超えて働いている教員は小学校で33.5%、中学校で57.7%に上った。平日の平均勤務時間は小中ともに11時間を超えている。

経済協力開発機構(OECD)が2012~13年に34カ国・地域を対象に実施した調査では、日本の教員の勤務時間は各国平均より週15時間ほど長かった。授業だけでなく生活指導や書類作成など業務が多岐にわたるからだ。

とりわけ、練習試合や大会出場で土日を費やすことになる部活動の担当は大きな負担だ。実際、中学校教員の土日の部活動の指導時間は10年前の2倍に膨れ上がっている。

深刻化する教員の長時間勤務の改善にどう取り組むべきか。

大切なのは、学校運営に地域や外部の人材が関わる「チーム学校」の視点であろう。公明党の推進でスクールカウンセラーの配置が広がったように、部活動にも外部人材の活用を進めたい。

文科省は全国各地の取り組みをホームページで公開している。地域住民が野球や卓球といった部活動の指導を支援している大阪府豊能町立吉川中学校の取り組みなど参考になる事例は多い。

また、部活動の休養日を明確に定めた年間計画をつくるなど、教員の負担を考慮した指導体制の構築も急ぎたい。

勤務実態と合った給与制度への変更も必要だろう。何時間働いても基本的に給与が変わらないため、勤務管理がおろそかになり、無制限の時間外勤務を招いている側面も指摘されている。政府は、早急に改善策を検討すべきだ。

長時間勤務を放置すれば、授業内容を工夫したり、いじめの兆候を見つけたりする心の余裕まで奪われかねない。教員の喜びは、子どもたち一人一人と向き合い、成長を支えることにこそあるはずだ。

教員の疲弊は、本人はもちろん、子どもたちにとっても不幸である。

 


「ここにいてはダメです」 江戸川区水害ハザードマップ

2019年06月24日 14時48分00秒 | 社会・文化・政治・経済

「ここにいてはダメです」

江戸川区水害ハザードマップ

  • 表紙には「ここにいてはダメです」と、黒い文字で書かれた率直なメッセージ
  • 大規模水害の際に、江戸川区はほぼすべての地域で浸水のおそれがあるという
  • このマップは今までに経験したことがないような、大規模な水害が起こったら“どうなるか”命を守るために“どうするか”を知っていただくためのものです。

水害などの自然災害に対しては、日ごろからの備えがとても重要です。

いざというときに備えて自宅周辺の地理や避難するところの位置を確認し、家族で避難時の行動を話し合っておくなど、日ごろからの備えをお願いいたします。

 

浸水のおそれがない地域へ避難するよう呼びかける江戸川区の水害ハザードマップが注目を集めている。

「ここにいてはダメです」——江戸川区の水害ハザードマップの表紙には、平易で率直なメッセージが記されている。

大規模水害時に区のほぼ全ての地域が浸水のおそれがあることを示すカラーの地図上に黒い文字を重ねているためか、10文字のメッセージはクッキリ。

区内にとどまると危険だと示すとともに、埼玉方面や東京西部方面といった、江東5区外の標高が高い地域や浸水のおそれがない地域への避難(広域避難)の呼びかけも一目で分かるようになっている。

とどまることが危険であることをあまりにストレートに伝えるハザードマップにTwitterでは、「まさか自分が住んでる区から『どっか行け』って言われるとは思わなくて笑っちゃった 」「避難を考えるキッカケになって良いのでは」「正直でよろしい」といった声が多数。

また、「自区が水害の時には危険であることを、こんな風に伝える江戸川区職員さんの勇気と責任感に尊敬の意を」「江戸川区民ですがこれはひどい」「お母さんもドン引きしていたよね…確かに西日本豪雨くらいの雨降っちゃったら、助かる見込みがないもん」といった様々な声が寄せられ、大きな反響となっている。

画像:江戸川区ハザードマップ

STEP1<知る・気づく>

この冊子を読んで、江戸川区で水害が起こったら“どうなるか”、命を守るために“どうするか”を知っておきましょう。


第24回参議院議員通常選挙全国意識調査

2019年06月24日 14時37分30秒 | 社会・文化・政治・経済

(発行 平成29年3月)→PDF (1,718KB)

参院選. 第24回参議院議員通常選挙全国意識調査(発行 平成29年3月)→PDF ( 1,718KB). 第23回参議院議員通常選挙全国意識調査(発行 平成26年4月)→PDF ( 1,450KB). 第22回参議院議員通常選挙の実態(発行 平成23年3月)→PDF (2,970KB ).


2度の政権交代をもたらした有権者の政治意識 - NHK

2019年06月24日 14時27分10秒 | 社会・文化・政治・経済
www.nhk.or.jp/bunken/research/title/year/.../003.pdf

2 4回の選挙を通して意識の変化が最も大きいのは2010年参院選から2012年衆院選にかけてで,質. 問領域では政権, ... 4 選挙区と比例代表の2票の使い方について,「 選挙後の議席のバランス」を重視した人の投票の仕. 方を「投票者全体」 .... 議席を獲得した。 2012年衆院選は,前回選挙で政権交代 ... 政策,外交・安. 全保障など,日本の将来を左右する課題が争 .... に立った政策を掲げている」「既得権益にとら. われない政治 ...


参院選における有権者の意識 - NHK

2019年06月24日 14時23分03秒 | 社会・文化・政治・経済
www.nhk.or.jp/bunken/research/.../20170201_8.pdf

第24回参議院選挙では,自民党が議席を伸ばし,参議院でもいわゆる改憲勢力が3分の2を超えた。選挙後に実. 施した世論 ... 今回の選挙の投票率は,前回2013年参院 .... どの政党でも「社会保障政策」が最も多い。2. 番目に多い .... 表 2 投票で重視した課題( 投票した人,全体・男女年層別・比例投票政党別)複数回答. 全体.