信頼していた男に騙された尚子は、投げやりな気持ちとなっていた。
二度と和夫と顔を合わせたくないので、会社も辞める決意をした。
「突然、会社を辞めるなんて、何故なの?」親しくしていた同僚の野村順子は喫茶店で問いかける。
「順子さんには、良い彼氏が居て羨ましい」飲みかけのコーヒーカップをテーブルに戻した尚子は涙ぐんだ。
「尚子さん、失恋したの?」尚子の心を読むような順子の視線だった。
尚子は和夫のことを一言も語らなかった。
「男はいっぱいいるのよ。深刻になることないわ」順子は笑顔となり、バックからタバコを1本取り出し、口にくわえた。
「私もタバコが吸えたら吸いたい」尚子はつぶやくように言う。
「試してみる?」順子はタバコケースをテーブルに置いた。
和夫はタバコを吸っていなかった。
恋人同士らいしカップが多い喫茶店で、心和ぐむBGMが流れていた。
尚子は和夫と決別する決意となり、生まれて初めてのタバコを吸ってみた。
だが、「初めての男は忘れられない」女のさがであろうか?
騙されて憎んだ和夫に突然、逢いたくなったのである。
思い詰めて和夫の会社に初めて電話を掛ける。
偶然、電話に出たのが和夫であった。
尚子はしばらく沈黙した「もしもし」と和夫は繰り返す。
「逢いたいな、とても、すぐにでも」尚子は涙声になっていた。
和夫は、「二度と二人は親しくはなれない」と信じ込んでので、むしろ尚子の尋常でない声の様子に驚く。