創作 人生の歯車 2)

2023年09月15日 22時04分20秒 | 創作欄

沢村峰子に若い警官が、職務質問をする。

「君は、9月8日、午後2時ごろどこに居たんだ?!」

「9月8日? よく覚えていません」警官の言動に完全に威圧された峰子は頭が真っ白となり、記憶が完全に飛んだ。

「9月8日ですか、彼女は 部活でしたよ」大野健太は即座に答えた。

「お前に聞いているんじゃないよ。黙れ!」警官は、健太を睨み据えた。

「そうでした。思い出したわ。私、部活でした」峰子は涙声になっていた。

若い警官は、何を思ったのか、「分かった、もういいよ」と職務質問を止めて立ち去って行く。

涙ぐむ峰子は如何にも、可憐な様相であったのだろう。

体育祭が近づき、体育館では2クラス合同のフォクダンスの練習が行われていた。

健太は、推理小説ファンであったので、この時間帯クラス内での外部の人間による窃盗事件が起こるかもしれないと睨んだ。

元々、健太はフォクダンスが苦手であった。

できれば、練習に参加したくなかったのだ。

体育教師の野々村貴子は、体育大学を出て2年目で、まだ学生のような雰囲気を宿していた。

「先生、便所に行きたいんです。俺は昨夜からの下痢で、今も、もれそうです」

「そうなの、すぐに行くなさい」貴子先生はポニーテールの髪を右側に振る。

健太は駆け足となり、便所ではなく、校舎2階の2年B組の教室に急ぐ。

そして、教室の扉を静かに開けた健太は思わず息を飲む。

教室内にはセーラー服姿の女の子が居て、驚愕したように振り向く。

紛れもなく、相手は島田幸恵であったのだ。

彼女は家庭の事情から4月に夜間中学に転校していた。

幸恵は明らかに、元の学友の鞄の中をまさぐっていて、健太の突然の出現に青ざめる。

健太は、元クラスメートの幸恵の身を憐憫していた。

幸恵は沢村峰子の大の親友でもあった。

幸恵は覚悟したのだろう、床にうずくまる。

「俺は、何も見なかったことにするよ。急いで立ち去れ」健太は幸恵を促す。

幸恵は号泣しながら、教室を後にする。

 

参考:職務質問

犯罪を犯していると疑うに足りる理由がある場合

仮に何らかの犯罪を犯していると疑うに足りる相当な理由のある者と警察官から判断されたとしても、職務質問は、任意捜査に過ぎません。

したがって、法律の条文を素直に読めば、協力を拒否することができそうです。

しかし、刑事裁判では、「強制に至らない有形力の行使」であれば、適法と判断される傾向です。

犯罪の疑いの程度にもよりますが、歩き出すのを腕で止める行為や、ズボンのポケットを外から触れる行為などは適法とされてしまうことが多いと考えられます。

判例 東京高等裁判所昭和49年9月30日付判決

「警察官職務執行法二条一項の警察官の質問はもつぱら犯罪予防または鎮圧のために認められる任意手段であり、同条項にいう「停止させる」行為も質問のため本人を静止状態におく手段であつて、口頭で呼びかけ若しくは説得的に立ち止まることを求め或いは口頭の要求に添えて本人に注意を促す程度の有形的動作に止まるべきで、威嚇的に呼び止め或いは本人に静止を余儀なくさせるような有形的動作等の強制にわたる行為は許されない」

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 


災害列島日本と戦争

2023年09月15日 12時01分03秒 | 事件・事故

江戸・東京は、3度の火災による10万人規模の犠牲者を出している。

1,657年の明暦大火、関東大震災、そして1945年の東京大空襲である。

1923年の関東大震災は史上最大の犠牲者10万5000人で、9万人が焼死である。

1896年の明治三陸沖津波(M8・2)と2011年の東日本大震災(M9・0)の犠牲者はともに約2万2000人である。

1959年の伊勢湾台風の死者は5098人で風水害最多の犠牲を出し、2年後に災害対策基本法を生む契機となった。

スペイン風邪では、第一次世界大戦の戦死者をはるかに上回る2500万から5000万人の死者を出したと言われている。

日本では38万人から45万人と推計されています。

近年の日本では約7万5000人がコロナで亡くなっている。

20世紀初めの日露戦争の犠牲者は「10万人の英霊」とされている。

その10年後の第一世界大戦の犠牲者は、戦死者1600万人、戦傷者2,000万人以上とされている。

第二世界大戦被害者数の総計は5000万〜8000万人とされる。

8500万人とする統計もある。 当時の世界の人口の2.5%以上が被害者となった。

日本人死者は、310万人(軍人・軍属が230万人、民間人が80万人)に達し、その9割が1944年以降の戦争末期に集中して亡くなったと推算される。

そのほとんどは戦闘で「名誉の戦死」をしたのではない。

それらはいかなる自然災害やパンデミックをも大きく引き離す人為の災害である。