「神経疑う」N党・立花孝志氏

2025年01月27日 23時22分32秒 | その気になる言葉

元県議の死をめぐり“デマ拡散謝罪”も国民が求める“処罰”

配信

明らかに異常な事態

「まったくの事実無根」


兵庫県・竹内元県議の“虚偽の事実”をネット上に流布した面々…

2025年01月27日 23時11分48秒 | 事件・事故

「死者の名誉毀損」で問われるべき“法的責任”とは

配信

“便乗”したインフルエンサー、元政治家らの責任は?

斎藤知事には最低限「やめてくれ」と言う道義的責任がある

弁護士JP編集部

 

 


人生の道するべ 集英社

2025年01月27日 14時52分37秒 | 社会・文化・政治・経済

宮本 輝 (著), 吉本 ばなな (著)

幸せ」を見つける、知恵の対話。

創作、家族と結婚、健康、死生観……
小説が問いかける「幸せ」のかたちとは。
ふたりの作家の思索が詰まった珠玉の対話集。

世代も作風も異なるふたりの作家の共通点は、人間の「生」を力強く肯定する作品を書き続けていること。「ぼくは、小説の世界では、心根のきれいな人々を書きたい」(宮本輝)。

「読んだ人に『自分と同じだ』と感じてもらえたら、ちょっとした治癒が起きるんじゃないか」(吉本ばなな)。創作の作法、家族、健康、死生観……。小説が問いかける「幸せ」のかたちとは? 知恵と思索が詰まった珠玉の対話集。

「現実世界は、理不尽で大変なことばかりだからこそ、せめて小説の世界では、心根のきれいな人々を書きたい」作家・宮本輝さん

人間の善性に触れることは、人間不信が渦巻き、分断や対立が深まる時代にあって、人々と向き合い、心と心を結ぶ光明となるだろう。

「文は人なり」思想家・高山樗牛の言葉である。

文章には、紡ぐ人の心が表れるものだ。

「己れの立てるところを深く掘れ、其処には必ず泉あらむ」「然れども悲しい哉。多くの人の己の立てるところ知らず」高山樗牛。

宮本 輝

1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生れ。追手門学院大学文学部卒業。

広告代理店勤務等を経て、1977年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。

その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動をすすめる。『道頓堀川』『錦繍』『青が散る』『流転の海』『優駿』(吉川英治文学賞)『約束の冬』『にぎやかな天地』『骸骨ビルの庭』等著書多数。

 

対話集なのですが、結構理解するのが難しく感じました。含蓄が多すぎるのかなと感じました。
 
  • とても深い内容に心が暖まりました。
    人生は辛いことも多いけど、その全てを肯定して生きていけそうな気がしてくる一冊。
    吉本ばななさんのあとがきを読んで涙が出ました。
    素晴らしい対話集です。
     
  • お二人の人生観・死生観・・・それぞれに違いはあるものの、どちらの「幸せの形」も私の思うそれと似通っていて、
    どちらの意見にも諸手を挙げて「賛成!!」と言える内容でした。

    この対談はどちらかというと、後輩のばななさんの方が聞き役ポジションのようです。
    一つ一つのエピソードもさすが先輩、宮本輝さんの方が面白くてインパクトあります。
    なかでも「手製のドスからの~~プレイボーイ」ネタが面白かったw
    宮本輝さんらしくないエピソードで、忘れられそうにありませんw

    ばななさんの「鳥たち」について語られている部分も多く、
    私もこれは2回読んではいるのですが、 自分では気付かなかったことも書かれてあり、いろんな読み方があるんだなと、とても参考になりました。
    「鳥たち」、また再読してみます。

    ばななさんは自分の作品の読者は感受性の強い、世の中のうまく付き合えないタイプの人が多いということをよく理解しておられます。
    そして、その人たちが救われるための「小商い」ができれば幸せだと思っている・・・・と。
    私はそれがファンとしてとてもうれしかった。この部分を読めただけでも十分です♪

    この機会にと、今、この対談の中でよく語られていた宮本輝さんの「水のかたち」を読みはじめてます。
    でもやっぱり、お二人とも「作家」なわけでして、対談集よりはお二人の小説を読んでいる方が学びも共感も多いような?
    これを言っちゃあ元も子もないけど、私は対談集よりは小説の方が好きなので☆は3つで。
     
     
    吉本ばななさんももう作家生活30年も経つのかあ。

    いつまでも若手作家のようなイメージがありました。

    2人の作家生活は、似たところがあって面白い。

    宮本さんは若いころ不安障害があって、サラリーマン生活を辞めて作家になったと言っている。

    ばななさんはタミフルを飲んだら、不安が無くなって生きるのが楽になったと述べています。

    二人とも不安感が作家としてのエネルギーになっているみたいですね。

    まあ心安らかで、何の心配も無い人間がわざわざ文学を志したりしないかな。

    宮本氏は40代のころ糖尿病と診断されてから、糖質制限食を始めたそうです。

    ばななさんのお父さんも糖尿病で亡くなられているし、作家の不安感って低血糖の身体症状なんでしょうか?

    心や感情って頭で生まれるものじゃなくて、胃で生まれるものなんですかねえ。
    『人生の道しるべ』(宮本輝・吉本ばなな著、集英社)は、私の好きな作家・宮本輝と吉本ばななの対談集です。

    宮本の言葉には、何とも言えない味わいがあります。「いまの話できゅうに思い出したんだけど、昔、どちらも高校卒で働きながら貧しく暮らす兄妹の友達がいたんですよ。桃の節句の時分に、たまたま彼らのおうちに遊びに行ったとき、時代もののちっちゃい、美しいひな人形が飾ってあった。由来を聞いたら、おばあちゃんにもらったものだと。するとぼくにはこの兄妹の、グラデーションがかった縁取りが浮かんでくるんです。ああ、貧しくても桃の節句になると人形を出して飾るような二人なんだなあと。会ったこともない彼らのおばあちゃんの顔まで浮かんでくる。些細なところから人間の全体がわかりますよね」。

    二人の間では、死がしばしば話題に上ります。「宮本=死はたんに不幸なだけじゃないんだね。吉本=ええ。本来は自然なことなんですね。宮本=死というのは、これ以上言葉にできないと思える極限体験のひとつだけど、小説はそれを言語化して表現しなければならない過酷な仕事だと思います。なかなか言葉にできないものだからこと、小説にしなければならないと言ったほうがいいかな」。「宮本=人は、経験のないことに対しては、とんでもない不安を持つものです。人にとってその最大の出来事とは、死であろう。でも一方で、死など、当たり前のありふれた事柄でもありますよね。昆虫たちも、魚たちも、動物たちも、みんなそれを受け入れて堂々と死んでいっているじゃないかと。人間はなんでこんなにびびるんだろうと。それは当たり前のことと受けとめていないからでしょう」。「宮本=ぼくは、死生観が根底にない物書きは、ぐらぐらすると思います。・・・小説が人生や人間を書くものだとすれば、作家は生とはなにか、死とはなにかの問いに入らざるを得ない。死という不可視なものを描くからこそ、自分の生死に関する哲学や思想の立ち位置がものをいうと思う」。「宮本=その人は、人間一人一人の命を万年筆のなかのインクに譬えていました。命が尽き、臨終を迎えたとき、このインクの一滴というあなたの命は、海にぽとんと落ちると。落ちた瞬間はまだインクは青い。でも、たちまち広がって、もうインクの色などなくなる。しかしインクは消滅したのではないよね。そのインクは、海水に溶けた状態で厳然と存在しているのだ、というのです。海そのものになることが、死なのだと」。私には、このインクの譬えは少し無理があるように思えるのですが。

    宮本が必ず年に一回は読み返す小説として、『赤毛のアン』(全10巻)、『夜明け前』、西行の歌集を挙げています。

    読書について、宮本はこう語っています。「最初から、これを人生に役立てようという読書はどこかさもしい。でも無心に読んでいたことが、ふとなにか役立つときが来るんです。大きなフレキシビリティを与えてくれるんだと思う。つまらない人間ってフレキシブルじゃないんです」。

    宮本は男女の仲にも言及しています。「古い言いかたをすれば、男と女ぐらい相性が左右するものはありません。相性とは理屈で説明できず、合うか合わないかしかない。だから相性が合わないとわかったら、それはもう破綻。別れたほうがいいんです。女性の中には、経済的な問題から、水と油ぐらい相性が悪い相手とも不幸な結婚を続ける人がありますね。しかしつまらない男と一緒に暮らすことほど、人生の損失はないと思うんですよ」。全く同感です。

    宮本の健康に対する考え方は実にシンプルです。「しかしなんで健康に留意するかといえば、それは書きたいから。ぼくは85歳まで小説を書きたいので、健康でいたい」。

    宮本の魅力が身近に感じられる一冊です。
    『人生の道しるべ』(宮本輝・吉本ばなな著、集英社)は、私の好きな作家・宮本輝と吉本ばななの対談集です。

    宮本の言葉には、何とも言えない味わいがあります。「いまの話できゅうに思い出したんだけど、昔、どちらも高校卒で働きながら貧しく暮らす兄妹の友達がいたんですよ。桃の節句の時分に、たまたま彼らのおうちに遊びに行ったとき、時代もののちっちゃい、美しいひな人形が飾ってあった。由来を聞いたら、おばあちゃんにもらったものだと。するとぼくにはこの兄妹の、グラデーションがかった縁取りが浮かんでくるんです。ああ、貧しくても桃の節句になると人形を出して飾るような二人なんだなあと。会ったこともない彼らのおばあちゃんの顔まで浮かんでくる。些細なところから人間の全体がわかりますよね」。

    二人の間では、死がしばしば話題に上ります。「宮本=死はたんに不幸なだけじゃないんだね。吉本=ええ。本来は自然なことなんですね。宮本=死というのは、これ以上言葉にできないと思える極限体験のひとつだけど、小説はそれを言語化して表現しなければならない過酷な仕事だと思います。なかなか言葉にできないものだからこと、小説にしなければならないと言ったほうがいいかな」。「宮本=人は、経験のないことに対しては、とんでもない不安を持つものです。人にとってその最大の出来事とは、死であろう。でも一方で、死など、当たり前のありふれた事柄でもありますよね。昆虫たちも、魚たちも、動物たちも、みんなそれを受け入れて堂々と死んでいっているじゃないかと。人間はなんでこんなにびびるんだろうと。それは当たり前のことと受けとめていないからでしょう」。「宮本=ぼくは、死生観が根底にない物書きは、ぐらぐらすると思います。・・・小説が人生や人間を書くものだとすれば、作家は生とはなにか、死とはなにかの問いに入らざるを得ない。死という不可視なものを描くからこそ、自分の生死に関する哲学や思想の立ち位置がものをいうと思う」。「宮本=その人は、人間一人一人の命を万年筆のなかのインクに譬えていました。命が尽き、臨終を迎えたとき、このインクの一滴というあなたの命は、海にぽとんと落ちると。落ちた瞬間はまだインクは青い。でも、たちまち広がって、もうインクの色などなくなる。しかしインクは消滅したのではないよね。そのインクは、海水に溶けた状態で厳然と存在しているのだ、というのです。海そのものになることが、死なのだと」。私には、このインクの譬えは少し無理があるように思えるのですが。

    宮本が必ず年に一回は読み返す小説として、『赤毛のアン』(全10巻)、『夜明け前』、西行の歌集を挙げています。

    読書について、宮本はこう語っています。「最初から、これを人生に役立てようという読書はどこかさもしい。でも無心に読んでいたことが、ふとなにか役立つときが来るんです。大きなフレキシビリティを与えてくれるんだと思う。つまらない人間ってフレキシブルじゃないんです」。

    宮本は男女の仲にも言及しています。「古い言いかたをすれば、男と女ぐらい相性が左右するものはありません。相性とは理屈で説明できず、合うか合わないかしかない。だから相性が合わないとわかったら、それはもう破綻。別れたほうがいいんです。女性の中には、経済的な問題から、水と油ぐらい相性が悪い相手とも不幸な結婚を続ける人がありますね。しかしつまらない男と一緒に暮らすことほど、人生の損失はないと思うんですよ」。全く同感です。

    宮本の健康に対する考え方は実にシンプルです。「しかしなんで健康に留意するかといえば、それは書きたいから。ぼくは85歳まで小説を書きたいので、健康でいたい」。

    宮本の魅力が身近に感じられる一冊です。
     
     

何ごとも体験である

2025年01月27日 14時27分42秒 | その気になる言葉

頭で閉ざす、気持ちや感情・心で閉ざす。

そして、人から「良いことだと」勧められてもその気にならない。

つまり、どこまでも体験をしてみないのである。

体験して知ること、実感すること、理解できることがあるはずだ。

エナジートロンの電気治療であるが、座っていた畳から、テーブルに手をついて立ち上がるのも変な宮ちゃん。

「待っていて今、立つから、ああ、痛い痛い」と呻くのである。

1度だけ、エナジートロンの電気治療を体験しただけで、2度目は行かない宮ちゃんである。

湿布薬を腰に貼っているそうだ。

血液がドロドロになる。

当然、全身へ酸素と栄養を運ぶ血液の役割が低下するはずだ。

その参加した血液をイオン効果でサラサラにする。

その理解が及ばないのである。

不信とも言えるだろう。

何ごとも信こそが始まり。


物騒な世の中になってものだ

2025年01月27日 14時19分36秒 | 事件・事故

住宅街をパトロールカーがゆっくり走行している。

「取手市内では、金を要求する電話が増えています。また家庭を個別訪問する怪しげな業者も増えています。そのようなことがありましたら、警察の方に連絡してください」とスピーカから注意喚起の声が流れていた。

強盗の怖い!

1日多い日で70件以上も携帯電話にきた詐欺メールは、最近1本も来なくなる。

諦めたのか?!


物騒な世の中になってものだ

2025年01月27日 14時19分36秒 | 事件・事故

住宅街をパトロールカーがゆっくり走行している。

「取手市内では、金を要求する電話が増えています。また家庭を個別訪問する怪しげな業者も増えています。そのようなことがありましたら、警察の方に連絡してください」とスピーカから注意喚起の声が流れていた。

強盗の怖い!

1日多い日で70件以上も携帯電話にきた詐欺メールは、最近1本も来なくなる。

諦めたのか?!


新訳「ドリトル先生」

2025年01月27日 13時16分51秒 | 社会・文化・政治・経済

【合本版】新訳 ドリトル先生シリーズ 1~9巻【「アフリカへ行く」から「月から帰る」まで】

発売日:
2023年09月29日
 
商品形態:
電子専売

動物と話せるお医者さんのびっくりゆかいな大冒険!新訳&挿絵付!1~9巻【「アフリカへ行く」から「月から帰る」まで】をセットでご紹介!

世界中で愛される、動物と話せるお医者さんの物語。
【動物と話せるお医者さんのびっくりゆかいな大冒険!新訳&挿絵付】
装画・挿絵:ももろ

※本書は、既刊の角川つばさ文庫版の漢字表記や表現を大人向けに加筆修正し、全ての漢字にふられていたルビを最低限にまでへらしたものです。

●あらすじ
動物のことばが話せるお医者さん、ドリトル先生。
博物学者でもある先生は、助手のトミー少年やおなじみの動物たちとともに世界中を探検します。
海賊と対決したり、王様になったり、牢屋に入れられたり、巨大カタツムリと海底旅行したり、おまけにサーカス団や動物園も作って、月旅行なんかもしたりして! はじめから終わりまでびっくりゆかいなお話がつまっています。あなたの心にきっと残る、世界中で愛されるお医者さんの名作を、新訳と楽しい挿絵でどうぞ!

1巻 新訳 ドリトル先生アフリカへ行く
2巻 新訳 ドリトル先生航海記
3巻 新訳 ドリトル先生の郵便局
4巻 新訳 ドリトル先生のサーカス
5巻 新訳 ドリトル先生の動物園
6巻 新訳 ドリトル先生のキャラバン
7巻 新訳 ドリトル先生と月からの使い
8巻 新訳 ドリトル先生の月旅行
9巻 新訳 ドリトル先生月から帰る
 
一番の魅力は、理想的な生き方を教えてくれるドリトル先生の人物像にある。
お金というものに一切気にしない。
「丈夫な体を持ち、浴はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っていて・・・東に病気の動物あれば行って看病してやる」という人にドリトル先生はなっているのだ。
困ったことにもたじろがず、英国式ユーモアもって、思ったことを必ずやりとげる。
それも、世界中の動物たちの無償の愛とサポートを得て、どんなことでもなしとげてしまう。
「そういう者に私はなりたい」と読者が思うのは当然であろう。
先生の家には、個性豊かな動物たちがファミリーとして暮らしていて、愛と信頼で先生を支えている。
その一方で、先生が船に乗って大冒険をすれば、世界じゅうの動物たちが先生を助けに駆けつけてくる。
いわば自然の大きな力が味方なのだ。
人間界のこせこせとした欲望や価値観を脱して、みんなでたkぅましく生きることの大切さ、楽しさを教えてくれる。
それが「ドリトル先生」シリーズの最大の魅力。
 

新訳 ドリトル先生と秘密の湖

  • 定価: 1,430円 (本体1,300円+税)

NHKで話題!作者の思想を最も表した、必読の遺作。累計45万部突破!
NHK Eテレで話題
2024/10期 「100分de名著」『ドリトル先生航海記』が話題
2024/10/14 「グレーテルのかまど」『新訳 ドリトル先生航海記』(角川文庫、角川つばさ文庫、100年後も読まれる名作)が紹介。訳者 河合祥一郎氏出演

永遠の命を求めて――
作者の思想を最も表した、必読の遺作!

人が動物を、動物が人を命がけで救う大感動作

累計45万部

【どの巻からでも読める!】

第3巻『郵便局』に登場した、秘密の湖にすむ世界最古の生き物を覚えてる? その謎の生き物どろがおが、なんと地震で生きうめに! 先生と動物たちは、彼を助けるために、なつかしのファンティッポ王国に旅立つ。そこで、先生のおうちに昔住んでいたワニのジムと再会し、奇想天外な救出作戦に乗り出す。どろがおが目の当たりにした「ノアの箱舟」の真実が明らかに。人が動物を、動物が人を命がけで救う大感動の第10巻! 作者の遺作。

※本作品は『新訳 ドリトル先生』シリーズ全9巻を収録しています。
 

森林由来クレジットとは

2025年01月27日 13時07分57秒 | 社会・文化・政治・経済

森林由来クレジットは、森林の保全や再生に貢献する取り組みを行う者に対して、その環境価値を評価し付与される取引可能なクレジットです。

具体的には、森林の適切な管理(例:間伐)による温室効果ガスの吸収量が国によってクレジットとして認証され、森林保全の推進として注目されています。

このクレジットは、カーボンオフセットしながら森林の管理をサポートする仕組みを持っています。

日本は豊かな森林に恵まれ、国土の約3分の2が森で覆われています。これらの壮大な緑の海は、合計で52億㎥の木々が生息しており、日々多量の二酸化炭素を吸収しています。この力をさらに活かすための仕組み、「森林由来クレジット」が注目を浴びています。

特に、気候変動の対策として国が推進する中、その役割や方法論について知ることが重要となっています。本記事では、この注目の「森林由来クレジット」について、詳しく掘り下げていきます。

hedge.guide/feature/forest-credit-bc202310.html
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防災教育

2025年01月27日 12時33分58秒 | 社会・文化・政治・経済

学校防災のための参考資料
「生きる力」を育む防災教育の展開

まえがき
平成23年3月に発生した東日本大震災により、多数の学校、児童生徒等に甚大な被害が生じたことは、平成7年の阪神・淡路大震災及びそれ以降の地震の教訓を踏まえ、防災教育・防災管理、学校の施設整備を進めてきた学校現場に対し、津波による被害という新たな課題を提示しました。
学校現場における防災を含む学校安全については、これまでも学校保健安全法に基づき、学校安全計画の策定・実施、危険等発生時対処要領の作成、地域の関係機関等との連携など、様々な措置が講じられ、また、平成20年及び平成21年に改訂された学習指導要領及び幼稚園教育要領において、安全に関する指導の充実が図られてきたところです。
文部科学省においては、東日本大震災を契機として、改めて防災教育・防災管理等を見直すため、「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」を設置し、平成24年7月に最終報告が取りまとめられ、さらに、国においても、平成24年4月には、防災を含む学校における安全に関する取組を総合的かつ効果的に推進するための「学校安全の推進に関する計画」を閣議決定しました。
この「学校安全の推進に関する計画」において、「国は学校における安全に関する指導が系統的・体系的になされるよう、各教科等における安全に関する指導内容を整理し、学校現場に対してわかりやすく示す」ことや「安全教育のための指導時間を確保するための方策について、国は、その必要性や内容の検討を行う」ことなどが示されていました。
本資料は、このような状況を踏まえ、平成10年に作成した防災教育のための参考資料『「生きる力」をはぐくむ防災教育の展開』を、新たに学校防災のための参考資料『「生きる力」を育む防災教育の展開』として改訂したものです。
各学校におかれては、本資料を活用し、児童生徒等の発達の段階や地域の実情に応じた効果的な防災教育を実践していただくようお願いいたします。
末尾となりましたが、本書の作成に当たり多大な御協力をいただいた作成協力者並びに関係の方々に、心から感謝申し上げます。
平成25年3月文部科学省スポーツ・青少年局長
久保 公人

学校防災の意義とねらい

学校防災の意義
平成23年3月に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震の発生による災害)が学校現場に与えた衝撃は大きく、我が国において、改めて学校防災の在り方を考え直す機会となっているとともに、今後の復興に向けて心身ともにたくましい人材の育成が求められている。また、学校施設が
周辺地域に果たすべき役割等についても一層重視されてきている。
今までにも都道府県、市区町村の教育委員会などの教育行政や幼稚園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校等の教育現場は、発達の段階に応じた防災教育・防災管理等に取り組んできた。
最近では、様々なケースを想定した危機管理として防災マニュアルやそれに則った訓練が策定・試行、改善され、学校内外の教職員研修の中でも取り組まれている。
しかし、学校における危機管理は、地震や津波、台風などの自然災害、火災や原子力災害だけでなく、交通事故、活動中の不慮の事故、侵入者、熱中症、さらには学校内の個人情報管理、いじめ等に関する問題なども含むと多岐にわたる。

これらを意識しながらも、自然災害に対する危機管理は学校安全の基礎的・基本的なものになると考えられる。

各学校においては、学校安全をどのように捉え、学校防災にどう対応し、いかに幼児・児童・生徒(以下、児童生徒等とする)を守るかについて、近年の学校の現状と課題から検討する必要がある。
学校安全計画の策定・実施、危険等発生時対処要領の作成、関係機関等との連携など、学校安全に関して各学校において共通に取り組むべき事項が規定された「学校保健安全法」が平成21年から施行された。

各学校においては、この「学校保健安全法」の趣旨を踏まえ、防災の観点も取り入れ
た施設及び設備の安全点検、児童生徒等に対する通学を含めた学校生活その他の日常生活における
安全に関する指導や、教職員の研修等について、学校安全計画を立て実施することが義務づけられ
ている。同時に、自然災害等発生時において教職員が取るべき措置の具体的内容及び手順を定めた
対処要領(マニュアル)を作成するなど、防災教育と防災管理を一体的にとらえ、学校防災の充実
を図ることが求められている。
東日本大震災を受けて、各学校においてはマニュアルの見直しや改善が行われている。平成24年3月には、文部科学省から「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成の手引き」が配布され、この中では学校の全職員が参加し、地域性を反映した学校独自のマニュアルづくりから避難訓練の
実施・評価、改善まで、その作成手順が示されている。
また、近年の児童生徒等の安全を脅かす事件・事故災害等の発生及びその対応を踏まえ、学校保健安全法や学習指導要領に即した内容に改訂した学校安全参考資料「『生きる力』をはぐくむ学校での安全教育」を文部科学省が平成22年に作成し、各学校に配布している。

内容としては、学習指導要領の改訂に準じる以外にも、評価の観点やボランティア活動、不審者侵入防止、地域学校安全委員会など、今日の現状を反映したものとなっている。

さらに、小学校教職員用研修資料(映像、DVD)「子どもを事件・事故災害から守るためにできることは」、中学校・高等学校教職員用研修
資料(映像、DVD)「生徒を事件・事故災害から守るためにできることは」並びに防災教育教材「災害から命をまもるために」(小学生用、中学生用、高校生用)を作成し、学校安全参考資料と同様に各学校に配布している。これらを参考としながら、各学校の現状に応じた学校防災の一層の充実が望まれる。

2 災害の発生と学校防災推進上の課題
(1)大規模な自然災害の教訓と課題
平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、児童生徒等や教職員等の学校関係者の死者・行方不明者が700名を超え、その規模が甚大であり被害が広範囲に及んだ。

特に沿岸部の被害の大きかった学校では教育活動再開までに長い時間を要している。

この災害の教訓と課題について検証や研究が行われているところであるが、平成7年1月17日未明に発生した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震の発生による災害)の特徴と併せ、課題について考えてみたい。
阪神・淡路大震災では、発生が早朝で、断層型の瞬間的な強い揺れが発生した。

他の時間帯であれば学校や通学路、活動場所において児童生徒等に多大な被害が出た可能性が高いと考えられてい
る。

そのため、大地震など大きな自然災害発生時において児童生徒等の安全をいかに確保するかという防災管理について大きな課題となった。

一方、東日本大震災では、平日午後の地震発生であったため、発生時刻には多くの児童生徒等が在校していたが、日常の避難訓練の成果や教職員の適切な避難誘導により、地震発生時の揺れによる児童生徒等・教職員の死者は発生せず、沿岸部の学校においても多くの児童生徒等が津波から避難している。

しかし、津波によって人的被害を受けた学校もあり、特に、石巻市立大川小学校では、避難の判断が遅れ、津波によって全校児童108名のうち70名が死亡、4名が行方不明、教職員13名のうち10名が死亡(平成25年2月末現在)している。
さらに、学校外施設で部活動中の高校生や下校途中、保護者への引き渡し後に津波の被害にあった例もみられた。

このような災害が、長期休業中や児童生徒等が学校外にいる時間帯に発生していたら、児童生徒等はどのように行動していただろうか。東日本大震災により、防災管理の課題とともに、防災教育の課題も浮き彫りになったと言える。
さらに、阪神・淡路大震災及び東日本大震災の共通した特徴の一つとして、多数の被災者が学校に避難したことが挙げられる。

これらの大震災に限らず、大規模な自然災害が生じた時は学校が避
難所となることが多い。その場合、行政担当者の組織的な避難住民への対応が始まるまで、その学
校の教職員が避難所の運営協力にあたることがこれまでも見られた。学校が避難所となった場合。
3
第1章 学校防災の意義とねらい
1学校防災の意義とねらい
その運営から食料の配給等の適切な指示まで、教職員の献身的なはたらきに対する評価は高かった。
東日本大震災での教職員の対応や復旧に向けての活動の辛苦は筆舌に尽くしがたい。復興、復旧に向けての取組はもとより、精神的に不安定な状態にある避難者への対応能力、集団のまとめ方などの能力は日常の教育活動から培われたものと考えられる。

言い換えると、教職員に対する社会的な信頼が、むしろ、このような危機管理のときに大きな意味を持つと言える。

しかし、一方では、それらの対応のため、児童生徒等の安否確認や教育活動の再開に向けた業務に支障をきたしたとの報告もあり、災害時における学校の役割、学校・教育委員会等の防災体制、学校施設の防災機能・耐震性、地域住民の防災教育等の在り方等について、大きな課題となってい
る。
(2)近年の自然災害と課題
日本列島においては、平成7年1月の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)から平成23年3月の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の間に、平成12年鳥取県西部地震、平成13年芸予地震、平成15年十勝沖地震、平成16年新潟県中越地震、平成19年能登半島地震、平成19年新潟県中越沖地震。
平成20年岩手・宮城内陸地震(いずれも気象庁が命名した地震)など、人的被害を伴う震度6弱以上の地震が18回発生している。
また、地震防災対策特別措置法に基づき設置された「地震調査研究推進本部」(文部科学省所管)

主要活断層帯、海溝型地震について地震規模や発生確率等を公表しており、「東海地震」「東南海・南海地震」など重大な地震災害の発生が懸念されている。平成24年12月に地震調査研究推進本部地震調査委員会が公表した「今後の地震動ハザード評価に関する検討」によれば、プレート(境
界)型地震の生じやすい太平洋側だけでなく、日本国土の多くの地域において、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の高いことが報告されている。
東日本大震災では、犠牲者のほとんどが津波によるものであったが、阪神・淡路大震災では、地震発生直後の犠牲者の8割以上が建築物の倒壊による窒息死、圧死であった。

平成16年新潟県中越
地震や平成20年岩手・宮城内陸地震などにおいては、建物やブロック塀の倒壊などのほかに斜面崩壊等が原因で亡くなっている人が多い。また、これらの災害後の長期間に渡る避難所生活によるス
トレス等が原因で死亡している人もいる。
阪神・淡路大震災後は、各学校においても防災教育や防災管理の検討と改善が進められてきた。
特に、地震や津波の甚大な災害を経験した地域、近年災害が多発している地域、あるいは、今後災害の切迫性が高い地域等を中心に、積極的な取組が行われている。

しかし、その一方で、避難訓練
が火災発生時の対応に関する指導のみとなっているなど、児童生徒等の災害に適切に対応する能力
を高めるような取組が十分に行われているとは言えない地域も見られ、防災教育の取組が地域に
よって大きな差異があることも懸念される。
津波への対策については、東北地方太平洋沖地震の発生以前から、懸念されていたことが多かった。

例えば、平成22年のチリ中部沿岸を震源とする地震による津波において、津波警報(場所によっては大津波警報)が発表された市区町村の中で、避難指示または避難勧告が発令された地域での避難率が37.5%という調査結果があった(出典:チリ中部沿岸を震源とする地震による津波避難に関する緊急住民アンケート調査結果【平成22年4月】/内閣府、総務省消防庁)。

日本近辺で地震が発生した場合は当然ながら、海外等遠隔地で発生した場合でも津波による被害が生じるおそれがある。

学校においては、海岸近くに立地するなど津波被害が予想される地域だけでなく、海岸周辺等で校外学習や課外活動等を行う際には、気象情報や自治体の避難勧告等の情報収集体制等を確立するとともに、高台等への避難経路を確認し、津波情報を入手した時の対応を事前に定めておくこと
が必要である。

平成19年10月から気象庁によって緊急地震速報がテレビ放送等などを通じて一般に提供されるようになったが、学校においても、児童生徒等に周知を図るとともに、学校の特色や児童生徒等の状況に応じた緊急地震速報の利活用についても検討されたい。

地震・津波以外の災害として、特に目立つのは気象災害である。

近年では平成23年7月新潟・福島豪雨、平成23年台風第12号、平成24年7月九州北部豪雨で甚大な被害が生じた。

台風、低気圧、集中豪雨などがもたらす風水害は、ある程度予測が可能であるため、気象情報等を確認し事前の対応をとることで被害を軽減させることが可能である。また、自治体が発令する避難勧告等と連動した対応も必要となる。

竜巻等突風災害としては平成18年に宮崎県延岡市、北海道佐呂間町での竜巻災害がある。

平成24年につくば市で発生した竜巻では中学生が犠牲となった。

校内においても運動会や体育祭、球技大会など屋外運動場での活動では、不安定な気象条件下で発達する積乱雲による雷の発生、竜巻、突風、急な大雨には備えておかなくてはならない。

これらの現象は局地的であり範囲も限定的であるため正確な予測が難しい。そのため、学校や教職員は気象情報を活用しつつも、積乱雲が接近する兆しを感じたら、落雷や竜巻突風等に備えて、速やかに活動を中止し、児童生徒等の安全を確保する必要がある。

また、予期せぬ風等に備えて、常にテントやサッカーゴール等を固定しておくことが必要になる。

以下略

 

2018年12月25日 · 東日本大震災の被害を受けた学校現場に対応するために、防災教育・防災管理等を見直した文部科学省の計画に基づき、防災教育の指導内容や方法を整理した資料です。 …

 

 


医師偏在の是正へ

2025年01月27日 12時25分08秒 | 医科・歯科・介護

医師偏在是正へ、厚労省が開業抑制と都道府県権限強化を提案

厚生労働省は、医師の地域間偏在を是正するための新たな対策案を発表しました。この案では、都市部での新規開業抑制や都道府県の権限強化が主な柱となっています。また、新規開業抑制策は、薬局業界、特にクリニックの門前薬局に大きな影響を与える可能性があります。

主な対策案

1.都道府県による偏在是正プランの策定
2.院長に地方での勤務経験を求める病院拡大
3.都市部の開業抑制へ都道府県の権限強化
4.保険医制度の改正を通じた自由診療規制
5.総合的な診療能力を持つ医師の育成
6.地方への医学部の地域枠配分
7.地方の医療機関への経済的支援

開業抑制と都道府県の権限強化

厚労省は、医師が多い地域での新規開業に一定の要件を課すことを検討しています。現在の指針を法制化し、実効性を高めることで、新規開業を事実上難しくする方針です。
また、都道府県の権限を強化し、地域の医療ニーズに応じた開業規制を可能にする案も提示されています。

保険医制度の改正

厚生労働省が提案する保険医制度の改正は、医師偏在是正の重要な施策の一つです。この改正案は、特に若手医師の診療形態に影響を与える可能性があります。

改正の背景
若手医師の自由診療志向:
近年、臨床研修を終えたばかりの若手医師が、保険診療よりも自由診療(美容医療など)に従事する傾向が強まっています。この傾向は、保険診療を中心とする地域医療の担い手不足につながる懸念があります。

主な改正案
1.自由診療への規制強化:
臨床研修直後の医師が自由診療に従事する際、一定の規制を課すことを検討しています。
2.保険医要件の見直し:
日本医師会は、保険医療機関の管理者になるための要件に、保険診療の実績を加えることを提言しています。
3.総合的診療能力の重視:
中堅以上の医師を対象に、総合的な診療能力を高めるための学び直しの機会を提供する計画があります。

改正の目的
1.地域医療の強化:
保険診療に従事する医師を増やし、地域医療の基盤を強化することを目指しています。
2.医師の偏在是正:
都市部の自由診療に集中しがちな若手医師を、地域の保険医療機関に誘導する効果が期待されます。
3.医療の質の確保:
総合的な診療能力を持つ医師を育成することで、地域医療の質の向上を図ります。

想定される影響
1.若手医師のキャリアパス:
臨床研修後のキャリア選択に制限がかかる可能性があります。
2.自由診療クリニックの人材確保:
美容医療など自由診療を中心とするクリニックの医師確保が困難になる可能性があります。
3.地域医療機関の体制強化:
保険診療に従事する医師が増えることで、地域の医療提供体制が改善される可能性があります。

薬局業界への影響

医師の新規開業抑制策は、薬局業界、特に都市部でのクリニック門前薬局に大きな影響を与える可能性があります。

門前薬局への影響
クリニックの新規開業が抑制されれば、それに伴う門前薬局の新規出店も困難になる可能性があります。
またクリニックモールなど薬局主導のクリニック誘致が難しくなる可能性が出てきます。

薬局業界の対応策
1.健康サポート薬局への転換:
地域住民の健康をサポートする機能を強化し、クリニックへの依存度を下げる取り組みが求められるでしょう。
2.在宅医療への参画:
地域包括ケアシステムの中で、在宅患者への薬剤管理や服薬指導サービスを強化する動きが加速する可能性があります。
3.デジタル化の推進:
オンライン服薬指導やデジタル技術を活用した患者サポートなど、新たなサービス展開が求められるでしょう。

医薬連携の新たな形
医師偏在是正策により、地域における医療機関と薬局の連携の在り方も変化する可能性があります。
1.地域包括ケアシステムにおける薬局の役割強化
2.遠隔医療と連動した薬局サービスの展開
3.予防医療における薬局の機能拡大
これらの変化に対応するため、薬局業界も従来の業態にとらわれない柔軟な事業展開が求められるでしょう。

医療DXにはチャンス到来か?

1.遠隔医療の重要性増大: 地域医療の強化に伴い、遠隔医療システムの需要が高まる可能性があります。
2.診療支援AIの開発: 総合的な診療能力を補完するAIシステムの開発が求められる可能性があります。
3.医師教育プラットフォーム: 継続的な学習を支援するデジタル教育プラットフォームの需要が高まるかもしれません。
この制度の改正は、医療提供体制全体に大きな影響を与える可能性があります。これらの変化を見据えた製品・サービス開発が期待されます。

今後の展開

厚労省は2024年末までに具体的な施策を固め、2025年度予算への反映や通常国会での法改正を目指しています。法制化されれば、医師の地域偏在是正に向けた実効性の高い対策となる可能性があります。
注目すべき点は、これまでの医療政策と異なり、本案を推進しようとしているのが、日本医師会から支持を得ている武見厚労大臣という点です。この点から見ても日本医師会がこれらの対策案におおむね賛同する姿勢を示している事が伺えます。職能団体からの支持が得られていることが、実現可能性を高めています。

医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ

 

 
 照会先
 医政局地域医療計画課
  医師確保等地域医療対策室
 (代表電話) 03-5253-1111
 (直通電話) 03-3595-2194








 

 

「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」を策定しましたので公表します。

人は直接会うと元気になれる

2025年01月27日 09時57分34秒 | その気になる言葉

人と会って言葉を交わすと自分も元気になる。

違う境遇や職業の人とあえて出会うことで、自分自身を相対化することができる。

それは、互いに励まし合ったりできる。

また、心のゆとりをもたらす効果もある。

人の心と心を結び合うとともに、互いの視野を広げ、社会の紐帯を育んでいるのでる。

紐帯とは、

 ひもと、おび。転じて、二つのものをかたく結びつけるもの。

血縁・地縁・利害関係など、社会を形づくる結びつき。

孤立と分断の危機が叫ばれる現代にあって、私たちは、それを乗り越えるための、最先端の行動を担っている。

実は耳が遠くなると、会話もできなくなる。

先日、脳梗塞で亡くなった村木さんがそであった。

会話が一歩的となる。

補聴器もなかったようであった。

一方、娘さんから補聴器が贈られたのに、「ダメだ」と使わない人もいる。

「補聴器が合わない」と放置する。

こうのため、会話にも不便となるのだ。

良く聞こえる補聴器もあるはずだ。

難聴でも視聴できるので試すことだ。

骨伝導の補聴器もあるのだが。


映画 女僧物語

2025年01月27日 09時16分58秒 | 社会・文化・政治・経済

1月27日午前6時からCSテレビのムービープラスで観た。

尼僧物語』(にそうものがたり、The Nun's Story)は、1959年アメリカ映画。監督フレッド・ジンネマン、主演オードリー・ヘプバーン
修道院に入りカトリックの教えに従い良き尼僧であろうとするものの、心の葛藤が捨てきれず還俗するまでの17年間の尼僧の物語を描く、キャスリン・ヒュウム(Kathryn Hulme)による同名小説(原題:The Nun's Story)の映画化作品である。

実在のマリー=ルイーズ・アベ英語版の半生が描かれている。

あらすじ

ベルギーに住む有名な医者バン・デル・マル博士の娘であるガブリエルは尼僧になる決意をし、家を出た。

恋人への思いも断ち切り、修道院入りする。

修道院で志願者となったガブリエルは修道女の戒律を学び、五日後には修道志願女となり数ヶ月に及ぶ厳しい戒律生活に身を投じる。戒律と懺悔の日々。

あまりの厳しさに脱落していく志願女がいる中、ガブリエルは見習い尼になる。

その前夜、髪を短く刈られ、またそれまで自分と俗世との唯一のつながりであった、恋人から贈られた金飾りのついたペンを投げ捨てた。俗世との完全な別離の瞬間であった。

ガブリエルはシスター・ルークという名を与えられ、正式の尼僧になるべく修行を続ける。

医学の訓練中、素晴らしい成績だったにもかかわらず、修道院へ入る以前から熱望していたベルギー領コンゴ(当時)への派遣は叶わず、ベルギーの精神病院に派遣される。

が、そこでも惜しみなく努力を続け、ついに念願のベルギー領コンゴへの派遣が決まる。 ベルギー領コンゴで彼女に与えられた仕事は、外科医フォルテュナティの助手であった。

彼は医者としての腕は天才的だが、大変世俗的な無神論者で、神に仕える身のシスター・ルークを常にからかった。

だが、医者である父親の元で医療技術を学んだシスター・ルークの的確な仕事振りには信頼を置いており、また彼女もフォルテュナティの手腕は買っていた。

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尼僧物語
The Nun's Story
シスター・ルークに扮した
オードリー・ヘプバーン
監督 フレッド・ジンネマン
脚本 ロバート・アンダーソン
原作 キャスリン・ヒュウム
製作 ヘンリー・ブランク
出演者 オードリー・ヘプバーン
ピーター・フィンチ
音楽 フランツ・ワックスマン
撮影 フランツ・プラナー
編集 ウォルター・トンプソン
配給 ワーナー・ブラザース
公開 アメリカ合衆国の旗 1959年7月18日
日本の旗 1959年8月22日[1]
上映時間 151分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 350万ドル
興行収入 1400万ドル[2]
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ある日シスター・ルークは自分が結核に冒されている事に気付く。

彼女から相談を受けたフォルテュナティは自分が面倒を見、必ず治癒出来ると約束する。

そして彼女に対し「君はいくら努力しても尼僧になり切れる人ではない。君は世俗的だ。世間の人間や患者達にとっては理想的だが、修道院が期待している様な尼僧にはなれない。」と印象的な言葉を告げる。

フォルテュナティや人々の愛情のおかげで病状は回復するが、シスター・ルークは再びベルギーに呼び戻される。

次はオランダとの国境に近い病院に派遣されるが、戦争が始まり中立国のベルギーに対してドイツ軍は砲撃を加える。

しかし常に尼僧は全てに対して慈悲の心を持たなければならず、ベルギー降伏後も、尼僧は地下運動に参加してはならぬ、と厳重にいましめられる。

同胞を敵の手から守りたい思いに駆られ、シスター・ルークは苦しんだ。

そんな最中、彼女の父が機関銃の噴射で殺されたとの一報を受け取り、思いは一気に加速、葛藤の末、遂に決断する。

敵への憎しみを抑える事が出来ない。

憎しみに満ちた胸に十字架をかけ続ける事は出来ない。彼女はマザー・エマニュエルに全てを語り、自分の還俗を申し出る。

尼僧の衣を脱ぎ、平服に着替えて、修道院に別れを告げて、ガブリエルは祖国・ベルギーと同胞への思いを胸に、俗世間に帰っていくのだった。

キャスト

役名 俳優  
   
シスター・ルーク/
ガブリエル・バン・デル・マル
オードリー・ヘプバーン    
フォルテュナティ博士 ピーター・フィンチ    
マザー・エマニュエル イーディス・エヴァンス英語版    
マザー・マチルダ ペギー・アシュクロフト    
バン・デル・マル博士 ディーン・ジャガー    
シスター・マルガリータ ミルドレッド・ダノック英語版    
マザー・クリストフ ビアトリス・ストレイト    
シスター・ウィリアム パトリシア・コリンジ英語版  

 

 

 

 

シスター・エレノア ロザリー・クラッチェリー英語版    
マザー・マルセラ ルース・ホワイト    
マザー・ディディマ バーバラ・オニール英語版    
シスター・ポーリン マーガレット・フィリップス英語版    
シモーヌ パトリシア・ボスワース英語版    
大天使ガブリエル コリーン・デューハースト    
アンドレ神父 フランシス・デイミア英語版    
グーバーツ博士 ライオネル・ジェフリーズ    
フェルミューレン司教 ナイアル・マクギニス英語版    
シスター・マリー エヴァ・コットハウス    
シスター・オーガスティン モリイ・アークハート英語版    
シスター・オーレリー ドロシー・アリソン英語版    
ルイーズ ジャネット・スターク英語版    
イルンガ エロール・ジョン英語版    
リサ ダイアナ・ランバート英語版    
カルル オーランド・マーティンズ英語版    
シスター・エレン ダラ・ギャビン[4]    
不明
その他
     

日本の害毒?! 立花孝志さんの信者たち

2025年01月27日 00時36分13秒 | 社会・文化・政治・経済

兵庫県選管が立花孝志氏の“斎藤元彦アシスト”を問題視…

「2馬力選挙」規制は実現するのか 公開日: (C)日刊ゲンダイ

■憲法違反の懸念も

 果たして、法整備は進むのか。政治学者で公選法に詳しい日大名誉教授の岩井奉信氏はこう話す。

「立候補の自由や選挙運動の自由は憲法で保障されており、最大限認められるべきものです。今回のような法整備をすれば、そうした自由を制限してしまいかねません。

また、『他の候補者を応援』するという行為の定義は、議論が分かれるところ。法整備は難しいでしょう」

 拙速な法改正の危険性も指摘する。

 


劣化する日本社会:魚は頭から腐る

2025年01月27日 00時19分32秒 | 社会・文化・政治・経済

 

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2024.01.22

 今年(2024年)の年賀状には,日本社会の劣化と将来を憂慮する内容のものが目についた。

多くの知人や友人が,とっくに現役を退いた80歳前後であり,自分たちが活躍した過去を美化するのは否めない。

それを差し引いても,2023年は,「組織は上層部から腐敗する」と思える事件が続生した。これらの多くの事件は,先進国では考えられないような,個人ではなく長期にわたる組織ぐるみの事件なのである。

 ビジネス界では,ビッグモーターの自動車保険の不正請求事件や損害保険会社との癒着構造,損害保険会社の談合事件が発覚した。

また,英国の公共放送BBCの番組によって,旧ジャニーズ事務所「現・スマイルアップ」の故ジャニー喜多川社長の性加害問題が白日の下にさらされた。

同時に,こうした問題を認識していながら,ジャニーズ事務所のタレントを使用しつづけたメディアの問題も明るみになった。

教育現場でも,日本大学ではアメリカンフットボール部の学生による薬物事件への対応を巡って理事会が混乱し,学長と副学長が辞任する事態が生じた。

 安全保障問題が強化されるなか,噴霧乾燥機の輸出をめぐって,大川原化工機に対する冤罪事件も生じた。

2021年に会社側が国および東京都に対して損害賠償を求めて国家賠償請求を提起した。

昨年(2023年)12月に東京地方裁判所の判決によって,警視庁公安部および東京地検の捜査,逮捕,拘留についての違法性が明るみにでた。現在,これに対して,被告である国と東京都,原告の会社側ともに控訴している。

 なかでも驚いたのが,大学教授によって告発され,東京地検特捜部が動いた自民党派閥のパーティ資金キックバックの政治資金収支報告書への未記載(誤記載)問題であった。

未記載金は裏金に使われたのではないかと,「政治とカネ」の問題が再燃した。

 これまでも,1970年代のロッキード事件,1980年代のリクルート事件,1990年代の日本歯科医師連盟事件や東京佐川急便事件など「政治とカネ」を巡る事件が生じていた。

そうした問題を受けて,政治資金規正法はたびたび改訂された。

2007年の規正法改正で,国会議員関係政治団体を第三者が会計監査する「登録政治資金監査人制度」ができた。

研修を受けた弁護士,公認会計士,税理士らが点検する制度をつくったが,点検対象は国会議員が代表を務める資金管理団体などで派閥は含まない,となっている。

 今回の「政治とカネ」問題は,今までの事件とは若干異なり,派閥体制を有する自民党の統治の問題であるといえる。

現在の規制法では,政治資金収支報告書の記載責任者は会計責任者になっている。

そのため,証拠によって国会議員との共謀が証明されない限り,国会議員が罪に問われることは少ない。報道によれば,今回の事件でも,特捜部は共謀が認められる数人の個人を除いて,派閥の会計責任者や会計担当秘書を略式あるいは在宅起訴し,派閥の長や幹部である国会議員は起訴しない方針を打ち出している。

 今回の問題を受けて,岸田首相は早々と「政治刷新本部」を設置したが,規制法改正に取り組む姿勢を打ちだしているに過ぎない。

しかも,議論の内容は,再発防止のための制度設計を全面に打ち出しており,問題の本質に迫る考えはないようだ。

さらに,岸田首相自らの派閥にも記載もれが発覚した。首相はせっかく設置した政治刷新本部での議論も進まないうちに,自らの派閥解消を検討すると発表した。

 日本政府は,日本は「法の支配」にもとづく民主主義国家であると常に強調し,権威主義国家との違いを強調する。法の支配は,法を遵守することが前提ではないか。

 今回の事件では,なによりも,なぜ自民党の派閥で多くの議員の政治団体で,収支報告書に合法的に認められているキックバックの金額を記載しなかったのかを明らかにしなければならない。

 

これが明らかにならない限り,「政治資金規正法」をいくら改正しても,当事者たちは,再び新たな抜け道を見つけ出そうとするのは想像に難くない。なぜ立法府を構成する国会議員からなる派閥が,そして多くの政治団体の会計責任者が,単純な法律を遵守することなく未記載問題を引き起こしたのかといった本質を明らかにできないようでは民主主義国家とはいい難い。

 政党,企業,大学,メディアの不祥事が続いたのを見ていると,法律的な問題は別にして,組織の統治を有効にするために存在するはずの内規が,トップによって無視されているように思える。

例えば,今回の政治資金収支報告で問題となっている派閥の長たちは,2017年3月に自民党総裁任期2期6年から3期9年に党則を改正した。

そして,これを次の総裁に適用するのではなく,その時の総裁が総理の座についた。

 また,大学でも学生が問題を起こした場合には,教育的な配慮をしながら,どのような手続きで処分するのか内規で決められており,明確な機関決定がなされなければならない。

これは,企業でもメディアでも同じだと思う。ところが,こうした内規をトップが無視し,自らの独断で物事を決めてしまう傾向が見られる。

 不祥事が生じたときの当事者は,「大変遺憾なことであり重く受け止めている」という。

また,こうした事件が起こると決まっていわれるのが,「忖度」「組織風土としてできないといえない」「風通しの悪さ」「悪しき慣習」といった言葉である。

悪いことと知っていても,それを止めることができずに悪いことをおこなう組織は,民主的ではない。トップの劣化は日本社会全体の劣化をもたらしているといえよう。

まさに,「魚は頭から腐る」のである。


心が荒廃する日本社会

2025年01月27日 00時08分51秒 | 社会・文化・政治・経済

コロナの感染者で、医療を拒否され、自宅で最期を迎える人が、各地で続出している。

ご本人はもとより、ご親族、ご友人のご無念は、如何ばかりだろう。

あらためて、お悔やみを申し上げ、ご冥福を祈りたい。

これは、日本の医療崩壊を象徴的に示している。

医療を崩壊させただけではない。

それをもたらした社会を崩壊させ、社会の靭帯を、ずたずたに切り刻み、人間の心を、目を覆うばかりに荒廃させた。

これは、もちろんコロナに原因があるわけではない。

非常事態のなかで、コロナがコロナ以前から続く日本社会と日本人の醜悪な本性を、余すところなく暴き出したのである。

コロナ禍の夜明けは近いという。

ワクチンの接種を、近く始めるようだ。だが、夜明け前の暁闇が最も暗い。

 

暗黒の中で魑魅魍魎が跳梁跋扈している。政治は国民を家庭の中に押し込めて、医療崩壊を冷然と傍観している。

日本は、いつからこうした暗黒の社会になってしまったのか。

その根底に市場原理主義という経済思想がある。

それは、コロナ以前からあった。

そしてコロナがその醜悪さを暴き出した。

この経済思想は、「今だけ、金だけ、自分だけ」という「三だけ主義」だ、と鈴木宣弘東大教授が喝破した。

今だけよければいい、金だけが大事だ、自分だけ良ければいい、というものである。

医療も勿論で、この思想に毒されている。

コロナの場合はどうか。

コロナ禍は、今だけ何とかしのげればいい、と刹那的に考える。

今後どうなるか、は考えない。だから、市中の感染者を減らし、感染の拡大を根元から絶つために、医療体制を整備しよう、とは考えない。

外出の自粛という、今だけの対症療法しか考えない。

それに失敗して、感染が拡大し、重篤な感染者が続出すると、彼らに医療を施すかどうか、を金ずくで考える。

医療体制を整備して、全ての感染者を治療しようとは考えない。まるで、家畜なみである。

乳牛でいえば、治療代と今後の餌代が今後の乳代より多いか少ないかを計算する。

そうして、屠殺するかどうかを決める。

また、自分だけが感染しなければいい、と考える。

他人はどうなってもいい、と考える。

だから、市中で感染が蔓延することに関心がない。社会に目が向かないのである。

まして、社会正義などは考えない。

官僚のばあい、自分の部局の利害だけを考えて、その権限を墨守する。

だから、市中感染の拡大には無関心で、医療体制の整備などに興味はない。

妨害さえする。

ここで特に指摘したいことは、保健所組織の緊急事態のなかでの機能不全である。業務の全面的な見直しと、体制の解体的な整備と拡充が必要だろう。

こうしたことを、いつまで続けるつもりか。

ワクチンの接種が始まって、終息するまで、この考えを改めないで、国民の批判にじっと堪えているのか。

ワクチンが多数の国民に行き渡ってコロナが終息するまでには、長い月日がかかるだろう。

その上、いま接種しようとしているワクチンには、いくつかの懸念がある。

どれほどの効果があるのか。

短期的、長期的にみて、どれほどの重い副反応があるか。

それまでに、異変種のコロナが蔓延して、猛威を振るわないか。

これら懸念を考えるとき、終息するまでには、まだまだ長い月日がかかるだろう。

その長い間、国民は病苦と死への恐怖に苛まれる。

いまからでも遅くはない。

医療体制を整備し、市中の感染者を隔離して治療し、国民を苦難から解放しなければならない。

それは、数年後に襲来すると思われる新々型コロナに対する対策を立てるときの、貴重な経験になるだろう。

それは、コロナが暴いた社会の崩壊と人心の荒廃から回復する道へつながるだろう。

そしてそれは、市場原理主義から決別し、官僚が支配する悪しき社会主義から脱して、協同組合主義へ向かう道だろう。

(2021.02.01)