みつとみ俊郎のダイアリー

音楽家みつとみ俊郎の日記です。伊豆高原の自宅で、脳出血で半身麻痺の妻の介護をしながら暮らしています。

レジェンド・プリンスの死

2016-04-28 08:24:25 | Weblog

先日亡くなったロックレジェンド・プリンスで思い出すのが、80年代の私の個人的なある記憶。

私は、88年にある人物と一緒にプリンスの出身地であり彼の活動の拠点となった都市ミネアポリスにあるミネソタ大学のアーティストインレジデンスとして滞在していた。

ある人物というのは、私の友人であり、先輩であり、作家/編集者であり、そして偉大な現代詩人だった奥成達という人(残念ながら昨年急逝された)。

ミネソタ大学の文学部のお招きによる「artist in residenceアーティストインレジデンス」なので大学側のお目あては当然、詩人・奥成達氏。

私は、単なる「おまけ」(だったんだろうナ)。

ところが、奥成氏にとって私は「おまけ」どころではなかったはずだ。

私は、奥成氏と一緒に大学の内外で「poetry reading performance」に明け暮れただけではなく、私は、(英語のまったくできない)彼の「通訳」でもあったからだ。

このpoetry readingという文化(ある意味、サブカルに近いかナ?)が今の日本に根付いているのかどうかは知らないけれど、アメリカでは60年代既にサンフランシスコを中心にヒッピー文化の一つとして定着していた(サンフランシスコのHAIGHT AND ASHBURYという原宿のような一画が60年代文化/ファッションの象徴として今でも観光名所の一つになっている)。

私は、若い時から即興演奏に長けていたせいか、多くの現代詩人の方たちからお声がかかり、画廊、喫茶店、レストランなどでの「朗読」イベントにパフォーマーとして呼ばれ詩人の方たちが朗読する自作の詩に即興的に音楽をつけていた。

詩人が自作を朗読すると言ってもその朗読のやり方はさまざま。

ひたすら「絶叫」に近い形で熱唱する人もいれば、聞き耳をたてないと聞こえないほどボソボソとつぶやく人もいる。

でも、「これが本当のリサイタルじゃん!」と思ってこのイベントに積極的に関わっていた(recitalということばはもともと詩人の詩の朗読(recite)会から始まったもので、楽器演奏は朗読の合間の「おまけ」のような存在だった)。

そんなこんなでしばらく滞在していたミネアポリスは、プリンスが世界に飛び出したホームグラウンドの地。

彼の存在を一躍有名にした『パープルレイン』という楽曲のプロモ映像はこの街にある「ファースト・アヴェニュー」というクラブで撮影された。

街の一番端っこのファースト・アヴェニュー(1番街)にあるクラブだから「ファースト・アヴェニュー(超わかりやすいネーミング!)」。

そして、このクラブの向いには、マリファナ関係の情報専門誌『High Timesハイタイムズ』という雑誌の本社ビルがあった(今もあるのかどうかは知らないけれど)。

アメリカにはマリファナ合法の州が幾つかあるが、このミネソタ州もその一つ。

にもかかわらず、このミネアポリスという街は、全米で初めて禁煙条例が施行されたほどの「クリーンさ(というか健康志向)」を誇る街。

こんな(クリーン過ぎてタバコも吸えない街への旅は)ヘビースモーカーの奥成氏にはキツかったに違いない(げんに、彼は夜な夜な「酒が飲めてタバコが吸えるところ!」を求めて酒場を一人でうろついていたようだ)。

そうした「禁煙先進都市」の看板と「マリファナ文化」との共存(アンバランスさかもしれない)がとても面白かったのだが、このクラブに足を踏み入れたのはあるローカルFM番組(FMって電波の飛ぶ距離が短いので基本的にみんなローカル局)への出演がキッカケだった

私と奥成氏が出演したこの番組のDJが、「プリンスは、ファースト・アヴェニューで時々サプライズライブをやるよ(このDJ氏、ほとんどプリンスのダチみたいなノリでしゃべっていたけど、ホントかナ?)。運が良けりゃ、生で聞けるかもネ。興味あったらゲストで入れてやるぜ(この会話はもちろん英語なので彼がこんなことば使いをしていたわけではない…(^-^))的な誘いをかけてきたので、私は二つ返事で「行く!!」。

で、後日このクラブを実際に訪れた時は、その広さに圧倒された。

え?!ここって、本当にクラブなの…?

日本のライブハウスやクラブの比ではない。

天井の高さも奥行きもほとんど体育館(さすがに武道館ほどは広くなかったけれども、2/3ぐらいの大きさには感じた)。

ステージに向ってUの字の二階バルコニーがあって、そのバルコニー下の奥にはピンボールマシーンやらビリヤードやら、いわゆるアメリカの場末のバーにありそうな遊び道具がたくさん並んでいた。

ライブを聞きながらでもこうした遊びはできるようになっているわけで、要するに、アメリカ映画によく出てくるバンドがライブしていてその前でビール片手に客が踊っている的なバーの巨大サイズを想像すればいい(かえって想像しずらくなったかナ?)。

私が行った時たまたま演奏していたのは、シンネッド・オコーナというアイルランドの女性ロッカー(当時はスキンヘッドの女性ロッカーとして世界的に有名だった)。

このクラスのアーティストの日本公演だったら、きっと何とかホールでの「コンサート」になってしまうはず(そう考えると日本にはサブカル的な音楽文化が根付いていないことに改めて気づく)。

日本では「イカ天」が流行っていたロック全盛時代だ。

きっと、プリンスだけじゃなく、ここでさまざまなロックレジェンドが歴史を作ってきたんだろうナ….そんな場所(環境)が日本でも増えて欲しいナなんてことを思いながらネットに並ぶ『パープルレイン』の映像を改めて鑑賞した。


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