今日の「お気に入り」は、茨木のり子さん(1926-2006)の「行方不明の時間」と題した詩の一節です。
私は家に居てさえ
ときどき行方不明になる
ベルが鳴っても出ない
電話が鳴っても出ない
今は居ないのです
目には見えないけれど
この世のいたる所に
透明な回転ドアが設置されている
無気味でもあり 素敵でもある 回転ドア
うっかり押したり
あるいは
不意に吸いこまれたり
一回転すれば あっという間に
あの世へとさまよい出る仕掛け
さすれば
もはや完全なる行方不明
残された一つの愉しみでもあって
その折は
あらゆる約束ごとも
すべては
チャラよ
(茨木のり子著「倚りかからず」ちくま文庫 所収)