今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「あんまりマスコミが悪く言うので、私たちはみな大平正芳氏を愚図で狡猾で金権政治の象徴だと思うようになった。
アーウーと言うのはろくに返事が出来ないか、またはごまかしているのだと思うようになった。自民党惨敗と言われた五十四年十月の選挙のあと、福田前首相に退陣せよとつめよられ、それでも退陣しなかったのは十分な理由があってのことだろうに、それが報じられないので、ただ未練だと思われた。衆口金を鑠(と)かす例である。」
「この鈍で無能で未練な首相がなくなったら、マスコミは今度はほめちぎった。惜しい人を死なした、もう少し腕を振わせたかった、何より働きすぎた、スケジュールを見ると寸暇がない。
死んだ人を悪く言わないのは美風だが、その差がありすぎる。これを手のうらを返すと言う。」
「誰が次の首相になっても悪く言われる。大平氏に与えられた悪罵(あくば)とそっくり同じ悪罵が与えられると、私はいまから予言しておく。
首相というものは悪く言われるものだからそれは当然だが、言葉はもう少し節度があったほうがいい。昨日までの言葉が今日恥ずかしくならないような、少しく敬意ある言葉を自在に操って、皮肉揶揄(やゆ)諷刺するのが文明というものではないかと私は心得る。」
(山本夏彦著「かいつまんで言う」中公文庫 所収)
「あんまりマスコミが悪く言うので、私たちはみな大平正芳氏を愚図で狡猾で金権政治の象徴だと思うようになった。
アーウーと言うのはろくに返事が出来ないか、またはごまかしているのだと思うようになった。自民党惨敗と言われた五十四年十月の選挙のあと、福田前首相に退陣せよとつめよられ、それでも退陣しなかったのは十分な理由があってのことだろうに、それが報じられないので、ただ未練だと思われた。衆口金を鑠(と)かす例である。」
「この鈍で無能で未練な首相がなくなったら、マスコミは今度はほめちぎった。惜しい人を死なした、もう少し腕を振わせたかった、何より働きすぎた、スケジュールを見ると寸暇がない。
死んだ人を悪く言わないのは美風だが、その差がありすぎる。これを手のうらを返すと言う。」
「誰が次の首相になっても悪く言われる。大平氏に与えられた悪罵(あくば)とそっくり同じ悪罵が与えられると、私はいまから予言しておく。
首相というものは悪く言われるものだからそれは当然だが、言葉はもう少し節度があったほうがいい。昨日までの言葉が今日恥ずかしくならないような、少しく敬意ある言葉を自在に操って、皮肉揶揄(やゆ)諷刺するのが文明というものではないかと私は心得る。」
(山本夏彦著「かいつまんで言う」中公文庫 所収)