今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「お盆に私は、何人かの死んだ人に会う。去年死んだ人のうしろに、何十年も前に死んだ人がいて、その回りに、見おぼえがあるようでない人がひしめいているのを見る。遠いご先祖らしい。
ご先祖というと、ばかにして笑う人がいる。そして、関係ない、と言う。このごろの家族は核家族で、夫婦を単位とする。何はともあれ両親と別居するのが結婚の条件で、新郎新婦は、まず両親と縁を切ってから世間に出る。
それは若いものばかりではない。大人たちも、前の世代とは無縁である。たとえば、建築家に設計を依頼して、仏間を――というと、びっくりする。そんなものもあったなあ。
建築家が忘れたのは、我々が忘れたからである。仏間はおろか、仏壇のある家もまれになった。あっても老婆が拝むだけで、彼女はそれを子や孫には伝えない。ひとり恐縮して拝んでいる。老婆が死んだら、故人の祭は絶えるだろう。」
(山本夏彦著「毒言独語」中公文庫 所収)
「お盆に私は、何人かの死んだ人に会う。去年死んだ人のうしろに、何十年も前に死んだ人がいて、その回りに、見おぼえがあるようでない人がひしめいているのを見る。遠いご先祖らしい。
ご先祖というと、ばかにして笑う人がいる。そして、関係ない、と言う。このごろの家族は核家族で、夫婦を単位とする。何はともあれ両親と別居するのが結婚の条件で、新郎新婦は、まず両親と縁を切ってから世間に出る。
それは若いものばかりではない。大人たちも、前の世代とは無縁である。たとえば、建築家に設計を依頼して、仏間を――というと、びっくりする。そんなものもあったなあ。
建築家が忘れたのは、我々が忘れたからである。仏間はおろか、仏壇のある家もまれになった。あっても老婆が拝むだけで、彼女はそれを子や孫には伝えない。ひとり恐縮して拝んでいる。老婆が死んだら、故人の祭は絶えるだろう。」
(山本夏彦著「毒言独語」中公文庫 所収)