今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「ホラチウスいわく『愁いは騎士とともに馬に乗って行く』と弱年のころ私は旅にさそわれるとこう言って断った。
むろんいまはこんなことは言わない。ロバは旅に出たところで、馬になって帰ってくるわけではない、ロバとはおれの
ことだよ、と言って断るとはいつぞや書いた。
むろん私はホラチウスのテキストを読んでない。キケロもセネカも読んでない。ただ二十代のむかしモンテーニュの
『エセー』を読んで、これらローマの先哲の名をおぼえただけである。なじみといえば、浅いなじみである。
野心どん欲不安恐怖及び淫欲は、処をかえたとて我らを離れはしない。『暗愁は逃げる騎士を追ってその馬の尻にうち
乗る』(ホラチウス)。
モンテーニュは右のように言っている。若い私は少し字句を違えておぼえたのである。
真理は万人の共有物で、それは先に言った者のものでもなければ、あとで言った者のものでもない。彼も我も同様に解し
同様に見る以上は、それはプラトンのものでもなければ私のものでもない。」
(山本夏彦著「つかぬことを言う」中公文庫 所収)
「ホラチウスいわく『愁いは騎士とともに馬に乗って行く』と弱年のころ私は旅にさそわれるとこう言って断った。
むろんいまはこんなことは言わない。ロバは旅に出たところで、馬になって帰ってくるわけではない、ロバとはおれの
ことだよ、と言って断るとはいつぞや書いた。
むろん私はホラチウスのテキストを読んでない。キケロもセネカも読んでない。ただ二十代のむかしモンテーニュの
『エセー』を読んで、これらローマの先哲の名をおぼえただけである。なじみといえば、浅いなじみである。
野心どん欲不安恐怖及び淫欲は、処をかえたとて我らを離れはしない。『暗愁は逃げる騎士を追ってその馬の尻にうち
乗る』(ホラチウス)。
モンテーニュは右のように言っている。若い私は少し字句を違えておぼえたのである。
真理は万人の共有物で、それは先に言った者のものでもなければ、あとで言った者のものでもない。彼も我も同様に解し
同様に見る以上は、それはプラトンのものでもなければ私のものでもない。」
(山本夏彦著「つかぬことを言う」中公文庫 所収)