今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「管理職の一人とその前々日パーティで会ったが、常の如く談笑して毫も怪しいところがなかった。翌々日倒産するなんて思ってもいないようだった。
会社が苦しいのは薄々知っていた。けれどもそれは去年もおととしも苦しかった。それでいて給料も賞与も出ていた。経理だけは知っていたかというと、手形が不渡になるかもしれぬと担当の重役が狂奔することはすでに毎月のことで、そのつど何とか切りぬけてきたから今月もそうだろうとあてにしていたのである。
何をバカな、自分の会社がつぶれるのを知らぬ奴がいるものかと言えるのは他人のことだからで、自分を見るのは常にひいき目で、故に見れども見えないのである。してみればわが社の番の時もそうにちがいない。
〔Ⅲ『出社したらつぶれていた』昭59・3・22〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)