「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
→こちら Instagram

止まらないタイガース

2005-09-10 | ■ファイターズ

スゴイ試合でありました。(ケーブルTVで観戦)

21得点、危険球退場、あわや乱闘かという騒ぎ。
そして、勝率M15という、なんだかよくわからんモノがつきました。
昨夜も今夜も、私は巨人を応援するという奇妙な事態。

一点先取された二回裏の攻撃で、ピッチャー安藤がヒット!丁度食事の支度をしていたので、オタマを持ったまま小躍りしました。
そしてそこから先は、あれよあれよという間に大量得点。9回までずっーーーーとおどらなゃならん展開です。

中日とは5ゲーム差。でも、残り試合数と引き分けの数やらで、いったいどのくらい差があると安全圏なのか、よくわかりません。わかりませんが、なんとなく見えてきた…と勝手におもっております。

明日も頂きです。矢野さん、大丈夫かなー?あっ、カープのキャッチャーもね。

今日はハムも2対1で逃げ切り、三位まで3.5差となりました。新庄くん復帰第1打席目でHR!役者です。

あれは誰のヒットの時でしょうか、母が「うちのおねーちゃん達、HR見に行くって出て行ったわ」といいました。「おねーちゃん達」が誰なのかはしらないけれど、甲子園に見に行けるとはうらやましい限り?!ここは北海道なんだけど……。


認知症への偏見か無知か

2005-09-10 | ●介護録(~2015.2月)
介護認定の見直しが決まったころ新聞の投書にこんなのがあった。

【利用者とヘルパーが喫茶店で認定見直しのニュースを見ながら、「これからはこういうことも出来なくなるね」と話していた。利用者のほうは歩けるし一人で食べられる。必要な人に必要な介護の提供を】
というような内容。
喫茶店の二人を直接批難していたわけではないが、「あの人は介護が必要なのか」といっているように思えた。
私が被害妄想的なのか、どうしても母に重ねてしまう。

もし、母がヘルパーと喫茶店にいたら、何も知らない人は「この人はなぜ介護を受けているのか」と思うだろう。
一人で歩いて、食べて、お金を払って、そこそこの会話を成り立たせ、愛想良く振る舞える母。

障害や病気と同じだ。
足の骨を折って松葉杖をつけば誰にも不自由なことが分かるけど、内臓の病気は外からは見えない。

認知症はかつて痴呆といい、それ以前はボケだった。
私が持っていたイメージは、表情に乏しく、動きが緩慢で、見るからにオカシイゾと分かるというもの。
母のようなタイプの場合、一見普通に見えるから、普通に対応していた人が、少し長く話すと、どうも変だと気がつく。
普通に見えてただけに「えっ」という表情が出てしまう。(見た目に分かればそのつもりで話すだろう)

それは認知症への「偏見」ではなく、単純に「知らない」だけだと私は思う。
知らないから、言葉から勝手にイメージを作っているだけだ。
かつての自分を思う時、知らずに抱いていた印象を取らえて、「偏見」と言われてはたまらないなーと思う。

「知らないままにイメージして固定化させていること」自体が偏見だというとらえ方もあるかもしれないし、偏見も無知も同じこと、といわれてしまうかもしれない。
突き詰めていくと…うーん、頭が混乱。

ただ、「認知症への偏見をなくそう」というより「認知症の症状への正しい理解を広めよう」のほうが私としてはピピッとくるんだけど…。