「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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徘徊で死亡・不明900人って多い?少ない?

2005-09-23 | ●介護録(~2015.2月)
徘徊高齢者の死亡・不明、年間900人…警察庁調査 (読売新聞) - goo ニュース

徘徊している認知症者がまだ体も元気な人だろうと仮定すると、多くは、警察や親切な方に保護されたり、自力で帰っているものと思う。
母の場合、まだ危険が及ぶ場所や天候の悪さを自ら避ける力があるので、死に至る危険は低いか、とも思える。

以前、母が二時間近くたっても帰らず警察に連絡した時、SOSのラジオを聞いていた従弟が連絡をくれたことがあった。とはいえ、この街のSOSシステムが特に充実しているわけではない。

今のところ母は必ずバックを持って出て行くので、それにネームプレートをつけている。
ココセコムに入っているが、服を自分で選んで着る母なので服に縫いつけることは出来ない。縫いつけるにはちよっと大きいココセコム。
カバンも自ら中身の入替をするので常に入れておくのも難しい。底板の下に忍ばせるのは失敗。「コレは何」と思うと無理にでも取り出す母、なくされても困るココセコム。使いこなせないので解約するつもり。

このニュースに絡んで、「これは家族と施設職員の責任だ」という記述をあるところで目にしてしまった。
うーん……私の立場でこの言葉を聞くと、どんなに気をつけていても守りきれないくらい認知症の問題行動はキツイものだと、分かってもらえないんだろうなーと思ってしまうのだけど……。


薬を貰いに病院へ

2005-09-23 | ●介護録(~2015.2月)

デイケアをやめるしかない状況に追い込まれた…という一件があるので、この病院によい感じを持てないのだけど、とりあえず、ここ以上にヨイと思われる病院もないし、デイケアと病院の医師はまた別だーということで、続けている。
しかし、診察室があるフロアをちよっと右に行くとそこはデイケアなので、どーも、そっち側に嫌悪感が…

特に著しく進行しているわけでもないので、先生との話は10分程度のもの。

車いすの、かなりのお年と思われるおじいさんを連れてきていたご夫婦が、やたら私をジロジロ見ていたのは、なぜ?診察室から出た時なんて上から下までジロ~~。なんか付いてた、私?
それとも、なんの病気だろ、とかおもわれてたのかな。ああいう見方はやめてほしいな。もしも、私が鬱病なんかで通院していたら傷つくんじゃないかな。

この病院はスタッフがほとんど私服。入院患者さんも診察フロアに自由に出入りしているから、若い人が歩いていると、スタッフなのか患者さんなのか分からない、なんてこともある。この開放的な雰囲気は悪くないと思っている。

順番を待っている間、デイケアの方から車イスに座った70代くらいの女性が「助けて~~いや~助けて~」と叫びながら介助されつつ廊下を過ぎていった。
頭の中で、いつか母も……という思いが湧いてきた。