「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
→こちら Instagram

講演から3~エンディングノート

2005-09-19 | ●介護録(~2015.2月)
講演中、「マイエンディングノート」と「老いじたく覚書き」という二冊を紹介された。
共に、自分の死に支度…という感じで、
自分史、思い出の○○、貯蓄などの内容、望む葬式の形、連絡して欲しい人リスト、延命処置についてどう考えているか、お墓はどうしたいか…などを書き込み形式でのこしておくためのもの。

目の前で母が認知症になっているのに、私自身は、まだまだ、こういうものを書こうとか、書きたいとか思っていないのが正直なところ。
社会のシステムが変わっていかなければならない現実とともに、一人一人の意識も変わって行かなくてはならないのだろう。
高齢化社会の向けて、こういう老い支度が当然のことになるんだろうか…。

だけど、子育てに追われていたり、介護中だったりするときに、なかなか、こういう意識を持つのは難しそうだ。
きっと人は、バリバリ生き抜いて、ある程度の年齢でコロッと死ぬことを願っているだろうから。

「マイエンディングノート」はNALCというNPOが出しているもの。調べてみると全国にたくさんの支部がある。私の住む街にも存在していた…知らないことってホントに多いわ。

銭湯帰りに徘徊が出る

2005-09-19 | ●介護録(~2015.2月)
銭湯帰り、「遠い」とか「お湯が熱い」と母から文句が出始めた。
「だったら家のお風呂に入って」と言ってみる。もちろん「そうね」と答えるはずもない。
家のお風呂は「他人に用意して貰うのが気の毒」なんだそうだ。「だったらお母さんが用意して」と言えば、「自分が用意して他の人が入りたくなかったら悪い」という。
結局入りたくないだけのこと。
「もう一生お風呂に入らなくていい。私以外の誰がお母さんを銭湯まで連れてきてくれるのよ」と叫んだ私。
結果、母は家とは反対方向に歩き出す。私は他人になり、どうぞお家に帰ってくださいと言われ、母はあるはずもない実家を目指しす。
南へ南へ……このままではどんどん家から遠くなるので、しばらくして、拒否されるのを承知で「こっちの道を行きましょう」と声かけした。
なんとか家に向かう道を行くことに成功したけれども、こうなったのは○○のせいだ…と言い訳や被害妄想を言いながら帰途につくことに。

聞くのもイヤ…っていうのが私の心情。疲れたと言われても自業自得でしょって思うし、まるで私が連れ回したような言いぐさには腹が立つばかり。

帰宅後はTVを見て笑ってる母に、…ああ、おめでたい…なんて思う。

本気で二度と銭湯に連れて行くもんかー一生お風呂にいれてやんない……と思った夜だった。