1月7日(金)、曇と雨。
今日は、将棋連盟の書道班の稽古日。
その時間の半分を拝借して、駒形の根付づくりを体験してもらうことになっています。
大阪へは正午過ぎの電車。それまでは仕事。
とはいっても、集中するほどの時間はないので、持って行くものの確認のほかは、
昨日までに彫りあげた「無双」2組に、漆を埋める作業をすることに。
漆は、砥の粉や木の粉を混ぜた錆漆。
これを5回程度塗りこむと、彫った文字が大体埋まります。埋め足らないところは埋まるまで繰り返せばいいだけで、特に気をつけるものはありません。
ところで本日持参するのは、根付用の小さな駒、紐を通す金具や穴は既につけてあります。そのほかは黒漆、朱漆、筆が7本、書くときの支持台7つ、そして筆洗いの油、テッシュなど。
14時少し前に将棋会館に到着。1Fの販売部にしばし立ち寄って4Fの会場に行くと皆さんは書道の用具を片付けながら、お待ち兼ねの様子。
今日の実習希望は、浦野七段・畠山鎮七段、村田顕四段をはじめ、書道の先生を含め8~9人ほど。
早速、周りに集まってもらい、漆はかぶれることもあるなどと簡単な注意事項などを説明して、早速実演に移る。
手本は鹿野さんから「飛車」とリクエストがあったので、先ずはそれを朱漆で書く。
皆さんは漆は初めて。
小生が書く様子を観察して「ああ、なるほど、ゆっくり書くんだ」の声。
「そうです。粘りっけが強いので、墨の時よりややゆっくりと書きますネ。
それに、点画は出来るだけ一筆で書くようにしてください。慣れないと難しいですが、駒はあくまで正対して真っ直ぐに文字を書くわけです。塗絵なら、駒を横にしたり逆さまにして何回も同じところをなぞるのでしょうが、それでは生きた文字は書けませんから」。
それだけ言って、あとは、皆さんで思い思いの文字を書いてもらう。
漆が乾いて出来上がるのは明日。どんな出来上がりか、明日が楽しみです。
17時15分ごろに帰着。
加茂辺りでは、この直前に大雨が降っていたとか。1日中多湿だったせいで、朝方に埋め込んだ漆は、半日で、ほぼ硬くなりかけている。
それを確認して、今日2度目の漆埋めをすることに。
本日はこれにて終了。
[追記]
例によって夜中の1時頃目が覚めると、BSテレビに羽生さんの顔が映っていた。
思わずその「100年インタニュー」とかを最後まで見続けたのだが、インタビュアーから「才能とは」と言う質問に対して、羽生さんは「続ける力である」という言葉が心に残った。
「継続は力なり」という言葉があるが、続けるからこそ人は高められるし、続けるからこそ物事は成就する。続けることの大切さを改めて強く思った次第です。
今日は、将棋連盟の書道班の稽古日。
その時間の半分を拝借して、駒形の根付づくりを体験してもらうことになっています。
大阪へは正午過ぎの電車。それまでは仕事。
とはいっても、集中するほどの時間はないので、持って行くものの確認のほかは、
昨日までに彫りあげた「無双」2組に、漆を埋める作業をすることに。
漆は、砥の粉や木の粉を混ぜた錆漆。
これを5回程度塗りこむと、彫った文字が大体埋まります。埋め足らないところは埋まるまで繰り返せばいいだけで、特に気をつけるものはありません。
ところで本日持参するのは、根付用の小さな駒、紐を通す金具や穴は既につけてあります。そのほかは黒漆、朱漆、筆が7本、書くときの支持台7つ、そして筆洗いの油、テッシュなど。
14時少し前に将棋会館に到着。1Fの販売部にしばし立ち寄って4Fの会場に行くと皆さんは書道の用具を片付けながら、お待ち兼ねの様子。
今日の実習希望は、浦野七段・畠山鎮七段、村田顕四段をはじめ、書道の先生を含め8~9人ほど。
早速、周りに集まってもらい、漆はかぶれることもあるなどと簡単な注意事項などを説明して、早速実演に移る。
手本は鹿野さんから「飛車」とリクエストがあったので、先ずはそれを朱漆で書く。
皆さんは漆は初めて。
小生が書く様子を観察して「ああ、なるほど、ゆっくり書くんだ」の声。
「そうです。粘りっけが強いので、墨の時よりややゆっくりと書きますネ。
それに、点画は出来るだけ一筆で書くようにしてください。慣れないと難しいですが、駒はあくまで正対して真っ直ぐに文字を書くわけです。塗絵なら、駒を横にしたり逆さまにして何回も同じところをなぞるのでしょうが、それでは生きた文字は書けませんから」。
それだけ言って、あとは、皆さんで思い思いの文字を書いてもらう。
漆が乾いて出来上がるのは明日。どんな出来上がりか、明日が楽しみです。
17時15分ごろに帰着。
加茂辺りでは、この直前に大雨が降っていたとか。1日中多湿だったせいで、朝方に埋め込んだ漆は、半日で、ほぼ硬くなりかけている。
それを確認して、今日2度目の漆埋めをすることに。
本日はこれにて終了。
[追記]
例によって夜中の1時頃目が覚めると、BSテレビに羽生さんの顔が映っていた。
思わずその「100年インタニュー」とかを最後まで見続けたのだが、インタビュアーから「才能とは」と言う質問に対して、羽生さんは「続ける力である」という言葉が心に残った。
「継続は力なり」という言葉があるが、続けるからこそ人は高められるし、続けるからこそ物事は成就する。続けることの大切さを改めて強く思った次第です。
修復のため日本将棋連盟より預かっています。
写真左がモデルの「香車」右が「銀将」。この2つを作成しているところです。
顔立ちや、かぶり物・衣装が日本のものと違うところがお分かりでしょうか。
そうです、朝鮮通信使です。豊臣秀吉の朝鮮出兵の後、両国の国交修復の証として江戸時代200年余りの間に、朝鮮通信使は、確か12回、日本にやってきました。人形は、その姿なのです。
もともとは和歌山にありました。江戸時代の終わり頃に作られたものでしょう。
小生が初めて実見したのは、30年前、灘蓮照九段のお宅でした。灘先生は、大変大事にしておられたのを覚えています。
灘先生が亡くなられて、遺族の方が新設なった将棋博物館に寄託されたのですが、それから15年間ほどの間に「銀将」と「香車」が無くなってしまったのです。
そのことがズーっと気がかりでしたので、やむを得ず2年前に小生が修復を買って出たわけですが、中々手がつけられずに経過していましたのを、今回、意を決して修復することにしました。
盤は、普通の盤サイズと変わりがありませんが、空洞の箱型に足が付いて、胴の部分が前後の引き出しで駒が収納できるようになっています。
盤も150年以上経っていますので、接着剤のニカワが効力を失って、盤面なども剥れて凸凹のガタガタなので、一旦、全て部品単位に分解して組み立て直しました。
問題は人形です。果たして満足するものが出来るかですが、成算は今のところ5分5分です。
なお、写真手前は修復用に作った土台の部分。この上に、人形を乗せるわけです。
写真左がモデルの「香車」右が「銀将」。この2つを作成しているところです。
顔立ちや、かぶり物・衣装が日本のものと違うところがお分かりでしょうか。
そうです、朝鮮通信使です。豊臣秀吉の朝鮮出兵の後、両国の国交修復の証として江戸時代200年余りの間に、朝鮮通信使は、確か12回、日本にやってきました。人形は、その姿なのです。
もともとは和歌山にありました。江戸時代の終わり頃に作られたものでしょう。
小生が初めて実見したのは、30年前、灘蓮照九段のお宅でした。灘先生は、大変大事にしておられたのを覚えています。
灘先生が亡くなられて、遺族の方が新設なった将棋博物館に寄託されたのですが、それから15年間ほどの間に「銀将」と「香車」が無くなってしまったのです。
そのことがズーっと気がかりでしたので、やむを得ず2年前に小生が修復を買って出たわけですが、中々手がつけられずに経過していましたのを、今回、意を決して修復することにしました。
盤は、普通の盤サイズと変わりがありませんが、空洞の箱型に足が付いて、胴の部分が前後の引き出しで駒が収納できるようになっています。
盤も150年以上経っていますので、接着剤のニカワが効力を失って、盤面なども剥れて凸凹のガタガタなので、一旦、全て部品単位に分解して組み立て直しました。
問題は人形です。果たして満足するものが出来るかですが、成算は今のところ5分5分です。
なお、写真手前は修復用に作った土台の部分。この上に、人形を乗せるわけです。
11月1日(土)、晴れ。
朝から、引き続いて2つの盤覆いの修復作業。昨日、塗り上げて乾いた漆の表面を、先ずはペーパーがけをする。木地の下地調整のときは粗い80番を使ったが、今日は320番で軽く摺り始める。冷たい風に茶色の粉が周りにゆっくりと風下に流れて行く。
8時30分になって、線路の向こうの建物の稜線から太陽が顔を出し、やっと暖かくなる。
この作業は30分余りで終了し、2度目の漆を塗る。まだ、下塗りの段階だから、気楽にこなす。ついでにもう一つ、以前に修復を終えて使っていた盤覆いを押入れから取り出して、漆で拭き直す。理由は、色合いをもう少し濃くしようと思ったから。
大物の漆乾燥にはいつもの駒用では小さすぎるので、人様が入る風呂を使う。
底に1センチぐらい水を溜めて、バケツを2つ並べ漆を塗った盤覆いをそれぞれかぶせるとちょうど良い。
3つ目は、割り箸を角々において隙間を作りその上に置く。
漆が手に付かなくなるには、半日から1日掛かる。
11時過ぎ、人形の続きをしていると、尾崎さんから電話があり、只今、こちらへ向かっている途中だとのこと。
それまでには1時間ほどあるようだが、落ち着かず、纏まった仕事を控えることにして、人形の土台となる黒漆塗りで表面に金泥で「銀」「香」と書いた駒の裏に小さく「平成二十年修復、熊澤良尊」と漆で記しておくことに。
12時半過ぎ、尾崎さんたち4人連れが到着。すぐさま、例のそば屋さんへ昼食に。
連休初日の今日、正倉院展は超満員だとか。17時以降なら多少なりとも、空くはずだと、それまでは工房へ戻ってゆっくりしてもらうことに。
途中、町内にある名刹・浄瑠璃寺へ案内する。
浄瑠璃寺は、小田原山・浄瑠璃寺、阿弥陀様を中心に9つの仏様をお奉りしているところから、九体寺とも呼ばれている。
本堂の前の池を介して反対側の小高いところに藤原時代に建てられた三重の塔がある。ちょうど、緑の中に楓が色づきはじめ、太陽が塔を照らすそのコントラストが美しい。ブログに紹介したいほどだった。
今日は、まさに小春日和。ぽかぽかと暖かい。グルッとわざわざ細い田舎道をめぐって、工房に戻ってコーヒで一服することに。
工房のテーブルには作りかけの人形駒と、そのモデルの「銀」と「香」。それを見た尾崎さんの口からは、「朝鮮通信使?」の言葉。そうです。一目見てそれを看破する人は、そうはいない。「良く分かりますね」と感心する。
他人の筆跡を真似て書くことを臨書と言いますが、4人の中には書の先生も居られたので、最近出来上がった「兼成卿写し駒」も見てもらったところ、いたく感心されたようで嬉しかった。
16時40分、奈良へ向け出発。奈良までは20分余りの行程。途中まではいつものようにスイスイ。だが、奈良坂あたりに差し掛かると大渋滞。車が動かない。
このあたりの道はほぼ分かっているので、少し行った般若時脇の横道に廻る。
17時30分を過ぎ、奈良公園あたりの道は暗くなっているのに人人人ひと。
国立博物館に到着しても、臨時切符売り場にはまだ長蛇の人。
今日の閉館は19時。その来る人も多いということ。
まあ、今日は、ここまで。
正倉院展については、別途改めて書くことにします。
朝から、引き続いて2つの盤覆いの修復作業。昨日、塗り上げて乾いた漆の表面を、先ずはペーパーがけをする。木地の下地調整のときは粗い80番を使ったが、今日は320番で軽く摺り始める。冷たい風に茶色の粉が周りにゆっくりと風下に流れて行く。
8時30分になって、線路の向こうの建物の稜線から太陽が顔を出し、やっと暖かくなる。
この作業は30分余りで終了し、2度目の漆を塗る。まだ、下塗りの段階だから、気楽にこなす。ついでにもう一つ、以前に修復を終えて使っていた盤覆いを押入れから取り出して、漆で拭き直す。理由は、色合いをもう少し濃くしようと思ったから。
大物の漆乾燥にはいつもの駒用では小さすぎるので、人様が入る風呂を使う。
底に1センチぐらい水を溜めて、バケツを2つ並べ漆を塗った盤覆いをそれぞれかぶせるとちょうど良い。
3つ目は、割り箸を角々において隙間を作りその上に置く。
漆が手に付かなくなるには、半日から1日掛かる。
11時過ぎ、人形の続きをしていると、尾崎さんから電話があり、只今、こちらへ向かっている途中だとのこと。
それまでには1時間ほどあるようだが、落ち着かず、纏まった仕事を控えることにして、人形の土台となる黒漆塗りで表面に金泥で「銀」「香」と書いた駒の裏に小さく「平成二十年修復、熊澤良尊」と漆で記しておくことに。
12時半過ぎ、尾崎さんたち4人連れが到着。すぐさま、例のそば屋さんへ昼食に。
連休初日の今日、正倉院展は超満員だとか。17時以降なら多少なりとも、空くはずだと、それまでは工房へ戻ってゆっくりしてもらうことに。
途中、町内にある名刹・浄瑠璃寺へ案内する。
浄瑠璃寺は、小田原山・浄瑠璃寺、阿弥陀様を中心に9つの仏様をお奉りしているところから、九体寺とも呼ばれている。
本堂の前の池を介して反対側の小高いところに藤原時代に建てられた三重の塔がある。ちょうど、緑の中に楓が色づきはじめ、太陽が塔を照らすそのコントラストが美しい。ブログに紹介したいほどだった。
今日は、まさに小春日和。ぽかぽかと暖かい。グルッとわざわざ細い田舎道をめぐって、工房に戻ってコーヒで一服することに。
工房のテーブルには作りかけの人形駒と、そのモデルの「銀」と「香」。それを見た尾崎さんの口からは、「朝鮮通信使?」の言葉。そうです。一目見てそれを看破する人は、そうはいない。「良く分かりますね」と感心する。
他人の筆跡を真似て書くことを臨書と言いますが、4人の中には書の先生も居られたので、最近出来上がった「兼成卿写し駒」も見てもらったところ、いたく感心されたようで嬉しかった。
16時40分、奈良へ向け出発。奈良までは20分余りの行程。途中まではいつものようにスイスイ。だが、奈良坂あたりに差し掛かると大渋滞。車が動かない。
このあたりの道はほぼ分かっているので、少し行った般若時脇の横道に廻る。
17時30分を過ぎ、奈良公園あたりの道は暗くなっているのに人人人ひと。
国立博物館に到着しても、臨時切符売り場にはまだ長蛇の人。
今日の閉館は19時。その来る人も多いということ。
まあ、今日は、ここまで。
正倉院展については、別途改めて書くことにします。
駒の写真集
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