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その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

仔牛が売られていく?

2022-05-11 07:57:02 | 転職

嫌な予感がして…最期の画像になってしまった(涙)

確か小学生時代の音楽の教科書に載っていたような気がする「ドナドナ(DonaDona)」は、1938年にイディッシュ語(中東欧文化圏)で作詞・作曲された歌とのことである。何も知らない仔牛が荷馬車に揺られ市場に売られていく。それを見ているツバメに問いかけ、もしも、翼があったなら牧場に戻れるものを…ドナドナドーナドーナ♪といった和訳で歌われている。けれどね、雄の仔牛は、市場で売られてもその後肥育され食肉化され、乳用牛の雌牛ならば、これまた肥育されて搾乳牛として育てられるだろうに…。
仔牛⇒市場⇒屠殺というイメージが付いて回りますが、生まれた牧場で暮らしても、売られて新たな牧場で暮らしても、肥育され利用されることに違いはないのだけれどなぁ。何も知らない仔牛が売られていく、生まれた牧場を離れなければならないという情景に哀愁を歌い込んでいるのでありましょうか?一説によると、ナチスによるユダヤ人の強制連行を仔牛に見立てたものという反戦歌と解釈されている方もいらっしゃるようですが、作詞の年代は強制連行以前のことのようである。
さて、40年選手のトラクター『クワジマン』がトラックに載せられ、『入院加療』によって回復することに希望を託したのでありますが、残念!夕刻には『死亡診断書』が届いてしまいました。(『おやじぃ』のメンテナンス不足が招いた結果であるようです。)さて、どうする?『おやじぃ』だって、いつまでも農業従事できる訳でもないし、長男『ポン太郎君』とて、薄利多売の世界で生き残れるとも思えない…新規投資は無謀とも思えますが、先迫っている農作業のことを考え、買い替えることを決断しましたよ。(これでまた、大赤字路線に突入であります…。)


久し振りにアヒージョをゴチになり…

我が小さな農園にしてみれば『無謀な投資』ではあるのだけれど、長男『ポン太郎君』の作業効率や安全性を考えると『長い目でみた投資』であると判断した訳でありますよ。(懐は痛いけれど^^;)我が農園にとっては、もう一人の貴重な働き手なのでありますよ。
さて、『おやじぃ』の無謀とも言える決断を、いつものように友人『ノロ社長』に伝えに行くと、彼にしては珍しく顔が青ざめている。「携帯電話が見当たらない。」ですと…さっきまで、優雅に裏庭の芝刈りをしていたじゃないか?「こんなときは冷静に(他人事だからこう言える^^;)最後に通話した場所を思い出し、それからの行動範囲を思い出してみよう!」…「確か、ここ(外)で通話したのが最後で、それからは屋敷外には出ていない。牛革カバーだからカラス(ペット?)が咥えていった?」
『おやじぃ』の携帯から呼び出しを掛けるも、外では呼び出し音が鳴らない。家の中でも呼び出し音が鳴らない…そろそろ焦り出すふたりのオジサン。「鬼に金棒」『おやじぃにトラクター』『社長に携帯』etc.社長のお仕事は携帯頼りのお仕事だから…「もう一度だけ家の中で…!」…車庫の中で鳴った!良かった!!! 明日から出張予定の社長だから、携帯電話無しでは仕事にならないのよ~。
さっきまでの焦りは吹き飛んで、また祝杯!世の中、便利に成りましたけれど、『機械』ひとつに振り回される人生…その先に何があるか分からない『仔牛』のほうが、どっしりと生きていたりしてね(笑)

#戦争反対 「ドナドナ(DonaDona)」は、ユダヤ系アメリカ人の作詞家、作曲家の作品である。そんな背景が、売られて行く仔牛に、ユダヤ人の強制連行をイメージさせたのだろうか?市民の意思に反する保護、連行なんてあり得ないと思いますけれど…。

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老けない^^;(吹けない?)

2022-05-10 07:24:13 | 転職

『ドクターA』による出張診断^^;

今年は始業時から少々不安があったのだけれど、エンジン一発始動…何とか乗り切れるかと思った矢先のこと。昨日の作業終了時に、マフラーから白煙が出た?今日は残りの園地を耕運して、『代掻きローター』に交換しようと思っていたのに、エンジンは掛かるものの吹き上がらない。点火プラグかなぁ?バッテリーの減衰かなぁ?素人が中途半端な判断をするより、『お医者さん』を呼んだ方が早いと判断して、『往診依頼』の電話をする。今は、田んぼ作業の最盛期だから、メンテナンサーも大忙しで、『往診』は明日になるとのこと。それでも、時間の合間を縫って、夕刻、状況確認にやって来てくれた『ドクターK君』…実にありがたい^^;
しかし、「エンジンオイル切れ、クーラント液切れ…エンジン焼き付いているかも?この車種は、部品もないだろうから、もうダメかも?この馬力のタイプなら、180万円程度で新車買えますけれど…。」ですと…「新車買える力があるなら、無理して使っておらんわ!何とかならんかね?」と『おやじぃ』の悲痛な叫び…。
忙しい中、以前の担当者であった『ドクターA君』がやって来てくれた…エアフィルター、燃料キャップ、エア抜きと現場で出来る限りの『治療』を試みてくれたのだけれど、エンジンは何とか吹き上がるようにはなったのだけれど、白煙は収まらない…「異物(灯油、水)の混入?このままでは、エンジンがイカれると思いますので、お預かりして修理をしてみます。」との『診断結果』でございます。(あ~困った!)


『ダイオウ属』の植物だと思うんだけど…

主要な畑は耕運を終えているので、あとは『代掻き作業』のみ…他の農家に『代掻き』をお願いすることも可能ではあるけれど、我が家の田んぼは区割りが小さ過ぎて、最近の大型機械では回りきれないのでありますよ…。中古機械ばかりを使っているから、いつかはこんなことになる。しかし、よりにもよって、この忙しい時期に…そりゃ~そうですよ。我が家では、年間10日も稼働すれば、車庫で『お休み』いただいているから、不調を感じるのは稼働している時^^; 自家用車と違って、毎日乗り回している訳でもないから、メンテナンスも疎かになりがちですからねぇ…。
機械にも寿命はあるから、いつかは『お別れ』しなければならない時が来るのも仕方のないことではありますが、『家族』にしてみれば、その『心構え』の期間も必要でありますよ。『入院加療』で何とか元の力を発揮して欲しいものではありますが…。今年は、予定外のことばかり…人生なんてね、落ち込んでいると、それに追い打ちを掛けるように、不幸やトラブルが覆いかぶさってくるものでありますよ。だから、落ち込んでなんかいないで、「何とかなるさぁ~!」と笑え、笑え、笑ってトラブルを吹き飛ばせ…(それでも、落ち込むなぁ^^;)これは、神様が与えた『おやじぃ』への試練かも知れない…過ぎてしまえば、また「色々なことがあったよなぁ。」と振り返ることも出来るのでありますが…いつまでも老けない『おやじぃ』、いやいや十分『老け込んでいる』、ならば、相方のトラクター『クワジマン』ももっと老けて(吹けて)良いからと励ますのでありましたとさ(笑)

#戦争反対 「戦勝記念日」に歓喜が吹き上がる。というより、「即時停戦」の声が吹き上がって欲しいものだわ。

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母のない子のように…

2022-05-09 07:50:54 | 転職

「ヤマフジ」だと思ったんだけどなぁ^^;

カルメン・マキさんが唄った「時には母のない子のように」は、1969年にリリースされた曲で、寺山修司さんの作詞だったのかぁ! 当時、『おやじぃ』はお子ちゃまだったから、物悲しい調べしか覚えていないのでありますけれどね。そして、昨日は「母の日」…母親を亡くして8年目になるのだろうか?病室の枕元に赤いカーネーションを贈ったのが最後の「母の日のプレゼント」となってしまいました。もう長くはないと思いつつ、桜の花が咲き、誕生日を迎え、ちゃっかり「母の日のプレゼント」を受け取ってから息を引き取りました…などと、今では悪態をついておりますけれどね^^;
はてさて、畑の「わらび」は快進撃を続け、そこそこの売り上げが期待できるのではないかと、いつものように『獲らぬ狸』の『おやじぃ』でありましたけれど、一昨日は「完勝(完売)」、昨日は「完敗(全部売れ残り)」と更け冷めが著しい。出掛けは珍しさもあって売れたのでありましょうけれど、商品がダブついて、手が伸びなかったのではと思っています。こうなったら値段を下げるしかない?いやいや、ここ何年か経験しておりますけれど、「わらび」は「アク抜き」というひと手間が手控えの原因だから、好きな方は少々高くても購入していただけるし、ひと手間を嫌う方にとっては、「安いから」という理由だけでは消費は伸びないと考えている『おやじぃ』であります。売れ残った「わらび」は、「母の日」のプレゼント代わりに親類縁者に配って回った『おやじぃ』でありましたとさ…。


あらまぁ…「こごみ」をトッピング^^;

さて、こうなると売れる物が極端に少なくなってしまう5月、6月…かつて、ある農家のお嫁さんが、不出来だったリンゴを車に積んで、隣り街まで行商に出掛けたとか。旦那は、早々に販売を諦めてしまい、財布を預かるお嫁さんは「恥ずかしさ」をこらえて、一軒一軒、飛び込みで行商して回ったのだとか。こうしてみると女性(特に母親)は強いですよ。子育てのための収入(売り上げ)は死活問題ですもの…一方、『おやじぃ』は、その日その日の売り上げに一喜一憂を繰り返し、売り上げがなければどうしようと頭を抱えたまま動かないのでありますから。(母親が子に慕われるのも頷ける^^;)
冒頭のカルメン・マキさんの歌は、「母のない子になったなら、だれにも愛をはなせない。」と結ばれる。日頃は口うるさい母親を避けて、旅に出たり、大きな声で叫んでみても、最後に心の中を打ち明けるのは母親なのだろうか? 父親は『孤高の人』を求められているような気がする。(これは昭和の感覚でしょう^^;)家族の行く末を案じながらも「男は黙って〇×ビール!」的な感覚ですかねぇ…。
いまさら良い年をした『おやじぃ』がと思われてしまうかも知れませんが、子どもたちが成長し、手が離れてしまう期間は、長いようで実は短いものでありますよ。子どもが小さな内に、濃密に手を掛けてくださいな…じゃないと「父の日」は消滅してしまうかも知れないから(笑)

#戦争反対 ロシアの「戦勝記念日」…「勝つ」とはどういうことなのか、「負ける」とはどういうことなのか?勝っても負けても、息子の遺骸に涙する母親の姿は見たくないもの。

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寝起きの悪さ…

2022-05-08 07:18:42 | 転職

「背びして見る海峡を~♪」

1969年4月に発売された、森進一さんが歌う「港町ブルース」は200万枚以上を売り上げているようでありますなぁ^^; 函館(歌詞1番)から気仙沼を経由し、焼津に高知、長崎を回って、旅の終わりは鹿児島桜島(歌詞6番)のようであります。勤め人時代は『出張』と名の付くものの外でアチコチ回らせていただいた結果、訪れていないのは鹿児島桜島だけのような気がする。就農してからは、アルバイトで伊豆、草津方面にはお付き合いしましたけれど、ほとんど家を空けるということが無くなっております。
春に目覚めた「こごみ」たちも初夏を迎え、競って『背伸び』をしては海峡を見ている…と言うか、せいぜいが対岸の景色が見える程度の伸びでありますけれどね^^; 「背伸び」とは、①つま先立って伸び上がること。②実力以上のことをしようとすること、とある。地面から高々50㎝程度の『背伸び』をしても、見える景色が変わるとも思えませんけれど、これは『おやじぃ』とて同じこと…「五十歩百歩」と言いますか、『50㎝を167㎝が笑う』程度の違いでしかありませんよ。周りのことが見えていないことに気付いていないのでありますよ。そろそろ、こちらの「こごみ」も終わり…しかしねぇ、必ず『寝起きの悪いこごみ』があるんですよねぇ…。日陰?水分?植物体の大小?だけではない、何がしかの個体差による『目覚めのスイッチ』があるような気がしてならないのです。一斉に展葉して、災害にでも遭えば、群落は消滅してしまう可能性もある…『個体差』も生き残り戦略のひとつなのかも知れません^^;


『ハルザキヤマガラシ』ですかねぇ?

さて、「早起きは三文の徳」などと申しますが、『寝起きの悪いこごみ』たちがいるから、『おやじぃ』は、場所を変えながらも、二週間ほどの期間「こごみ」を採取することが出来ましたよ。それでも、これだけ『背伸び』をした「こごみ」が大半になると、まだ伸び切らないものを探すのが効率悪くなるから、採取生活も終わりであります…と思っていたら、畑の「わらび」が一斉に伸びて来た^^;
ポツポツと長い期間出てくれると収穫も売り上げも安定するのですけれど、春作業が立て込んでいる時の『背伸び』だから、一昨日は3㎏、昨日も3㎏…はて、今朝は?「道の駅」などの集客力のある直売所ならいざ知らず、地元の方が利用する小さな直売所では売れる量も知れている。昨日は、出荷量も相当数並んでおりましたから…。
はてさて、大規模な稲作農家では、早い田植えが始まっております。『おやじぃ』はというと、田起こしをようやく済ませ、畑の耕運に手間取っているというのにねぇ…。焦らない、あせらない。他人は他人、我は我でありますよ。『寝起きの悪い』(作業が遅い)『おやじぃ』ではあるけれど、スナップエンドウやわらびを収穫して、当座の売り上げを確保しなければねぇ…これもまた、小さな農園の『おやじぃ』流の生き残り戦略だったりしてね^^;
「早起きは三文の徳」転じて『遅起きしても、誰かが落とした三文くらいはあるかも?』なんてね、野の植物たちにも学ぶことにしたしますよ(笑)

#戦争反対 「戦争反対だけを唱える輩は卑しい。」という記事があった。確かに理想を語っていても無力ではある。けれども、『背伸び』して軍拡を急いでも、拡大主義を続ける国家を押し留めることが出来るのだろうか?どれだけの軍備を増やせば戦争は起こらないのだろうか?『理想主義者』と言われても、若者たちが戦火に巻き込まれることに反対したいだけだから、無力な呪文だけは唱えることにしますよ。

 

 

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積もりつもって…

2022-05-07 08:27:31 | 転職

「萌黄色」は若さを象徴する色なんだって^^;

クルミが芽吹いて、赤い色素が目立っていた若葉が「萌黄色」に変って来ました。(赤ちゃんが若者に成って行くようで、早いこと早いこと^^;)昨年の撮り貯めた画像を見ていたら、田起こし作業は5月8日だったじゃないか…何を焦っているのやら?(今年は、相方『チャオちゃん』のトラクターがお釈迦になって、我が愛車を貸し出すことにしているから、引きずられて早まったようでありますよ。)
来週末には「ナス苗」が届くとの連絡があり、定植場所を耕運、畝立てしたいのだけれど、突然の雪や雨の影響で手付かず…そのことが焦りに拍車を掛けているようであります。田起こし作業をしていたら、近くの畑を借りている『チエちゃ』が畑にやって来た。昨年までは自転車通勤だったのだけれど、今年は徒歩でやって来て、道端で休んでいる。我がお袋より2、3歳若いはずであるから、そろそろ90歳に手が届くに違いない。まだまだ現役…でもなぁ、道端で休む姿を見ていたら、年を取ったよなぁと感じた次第。
夕刻、集落の男性では最高齢の男性が亡くなったと自治会長から電話が入る。最近、姿を見掛けないから「オヤジどうしている?」と同じ役員仲間に尋ねたばかりである。「冬に玄関先で転んで整形外科入院…入院中に内臓疾患が見つかって転院…。」実にあっけない最期だったようであります。『おやじぃ』たちとて、それ相応の年齢となっているのだから、その親の世代が年老いて行くのは当然と言えば当然でありますが、若葉が「萌黄色」に変る頃、人が枯れ落つ「春」に少々感傷的になっております。


昨年のスナップエンドウ…だったよなぁ!

昨年の1.5倍の本数を定植したはずなのだけれど、収穫量がいまひとつ…4月末までの請求書を作成していて収穫量の少なさに驚いております。『嫌地現象』なのか、気温が定まらないせいなのか?「欠粒」の莢や落花もあって、収量が確保出来ないようです。自然相手だもの、色々あるわなぁ…「何をやっても上手く行かない。」と人は不運を嘆くものでありますが、『何も(手立てを)やっていないから、上手く行かないのである。』と『おやじぃ』は思うことにしている。昨年、秋以降にサボってしまった結果は、そのサボりの穴を埋め合わせるために、春作業を手間取らせている。これを「付けが回る」と言うんだわなぁと平静を装いながらも、胃を痛めておりますよ(笑)
「積もり(つもり)」とは、前もってもっている考えのこと。そして、予想して計算することも「積もり」というらしい。前もってもっている考え(収穫量の大幅増^^;)が、予想通りの計算結果(収穫量)として表れたなら、今頃は「得意満面」になっていたに違いないのだけれど、「積もりつもって」しまうのは、「怒り」「借金」などの負の資産のようでありますなぁ…さて、本格就農して4年目の春、どうしてこの難局を乗り切るか?夜中に目を覚まし、請求書を取りまとめてから再び眠りについた朝方に見た夢は…「早期退職して、就農したことを後悔していないよ!」と元同僚たちに語っている『おやじぃ』でありました。夢の中でも、未だに突っ張っているようだ^^; 人生一度しかないのだもの、『一度で二度おいしい人生を…』その気持ちだけは忘れないようにしようっと(笑)

#戦争反対 戦争終結のために「核兵器使用」…この「つもり」だけは外れてほしい。

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せつく…責付く・瀬付く

2022-05-06 07:00:23 | 転職

はてさて、何の花でしょう?

深い山を除けば、里山の春の山菜もそろそろ終わりでしょうか?などと、のんびりしている内に小さな農園の「わらび」がニョキニョキと伸びて来てしまいました^^; これまた、初めの内は珍しがられてよく売れる…初夏の貴重な収入源であります。(とは言え、アク抜きというひと手間が、若い方には敬遠されてしまうようですけれど…。)毎年のように、季節の物にせつかれて(責付かれて)、重い腰を上げるのが恒例となってしまいました。大層な面積でもないのに、田起こし作業をしなければいけない。ナス苗が届くから畑を耕運しなければならない。と、作物の都合に合わせて『おやじぃ』は働かされる。(育苗農家の都合とも言えなくもないけれど^^;)…そして、雨。ちょっとしたタイミングのズレで、畑はぬかるみ耕運出来ず、田んぼも抜かって、人生で初めて「鉄車輪」をトラクターに装着して「田起こし作業」をやってみましたよ。(農道に、泥の塊を点々と落とす結果になってしまいました^^;)畑を購入して12年目の春…トラクターに乗りながら、「この10年色々(失敗の連続)あったよなぁ。」なんて思い返している。そして、「いつまで働き続けなければいけないのだろう?」とも考える。(少々、飽きて来たかな?)道端で見つけた白い花を「カナムグラ」の花と間違えてしまいました。花期が全く違うし、花の形状も全く違う…確かに、「カナムグラ」の葉っぱを見た記憶なのであるけれど…絡みついた「カナムグラ」の葉を見ていたに違いない。観察者としては失格だわねぇ…そうそう、余裕というものが無いのでありますよ。これを「責付かれる」という(笑)


我が在所では「ウグイ」を『はや』と呼ぶ^^;

「ウグイ」は春から初夏にかけて浅瀬で集団となって産卵する。この生態を利用して、「投網」で一網打尽とばかりに捕らえる「瀬付漁」…この時期『瀬バヨ』と呼んで、焼いて山椒味噌でいただくのが郷土料理。川魚の生臭さが苦手な『おやじぃ』ではあるけれど、この時期の『瀬バヨ』はさほど臭みを感じないのでありますよ。(あくまで、個人の感覚です^^;)昔は、「川魚料亭」などと言うものもあって、オヤジたちは「瀬バヨかんなね!(食べなくてはならない。)」などと言っては酒を飲んでいた。まぁ、『瀬バヨ』があっても無くても酒は飲んでいるのだけれど…。
子どもの頃、友だちの親父が所有する投網を無断で投げたことがあったっけ…(あくまで、主犯格は友だちです^^;)がしか~し、子どもの手で重い「投網」が十分拡がる訳もなく、掛かったのはゴミだけ。そのままでは親父に怒られるのが分かっているから、主犯格の友だちとゴミ取りだけでかなりの時間を費やしてしまったっけ…以来、この経験から「投網」は一切手にしていない^^;
はてさて、暦の上では初夏…生き物たちも『おやじぃ』も、何かにせつかれたように同じ営みを繰り返している。何かにせつかれたように生き、何かにせつかれながら人生を終えるのでありましょか?同じ春を迎え、初夏を迎え…相も変らぬ営みを繰り返せることが『幸せ』と言えるのかも知れないなぁ(笑)

#戦争反対 違う営みを望んだ訳ではないはずなのにねぇ…兵器に怯え、兵器に責付かれるなんて御免だわ!

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これって「侮辱罪」?

2022-05-05 07:36:22 | 転職

「オオウバユリ(大姥百合)」の葉らしい…。

冬に林の中を歩いていると枯れた花茎だけがポツンと残り、半透明の膜を付けた種子が特徴的…「何だろうなぁ?」とは思っていたのだけれど、どうやら「オオウバユリ」という名前らしい^^;
名前の由来は、葉が花期の頃に枯れて無くなることから「葉(歯)のない姥」の語呂合わせからついたと解説されている方もいらっしゃる。歯が欠けるのは「姥」に限った話(歯無し)ではないから、「姥」の反対語である『大尉百合』でも良かったはずではあるけれど、「尉(じょう)」には「大尉」「中尉」と階級の表記でもあるから、植物の名前にお借りすることが憚られたのかしら?とまた下らないことを考えております。こうしてみると、植物の和名には、見た目や印象をそのまま名前にしちゃったという例が結構あるんだよなぁと思い始める。「日本植物学の父」と称される牧野富太郎博士は、命名植物が1,500種類を超えると言われておりますから、『先生も罪作りな人よ。』と勝手に思い込む。(大姥百合の命名者が牧野先生であるという確証はないから、これは「名誉棄損」かなぁ^^;)
はてさて、SNS上でも誹謗中傷の書き込みを受けて、国会では「侮辱罪」の厳罰化を盛り込んだ刑法改正案が審議入りしたんだそうですよ。「具体的事実の指摘なしに、不特定多数の人に向けて、侮辱的価値判断を示すこと。」が成立要件なんだそうですが、仮に内容が事実に基づいていたとしても「名誉棄損罪」(社会的評価を低下させる恐れがある。)が成立する場合があるから注意が必要ですわ。


「ミニコンサート」…街には賑わいも^^;

『一方的な正義感』で文言をSNS上に載せる…『おやじぃ』も気を付けなければいけないかも?「茶化す」「見た目」「シャレ」etc.以前は「イジリ」や「笑い話」で許された(そう勝手に思い込んでいるだけ)内容も、本人を傷つけていることに気付いていないだけであった。「自分は常識と正義感を持った大人である。」という思い込みがあり、『自分の常識』が『今の常識』に合致していないことに気付かないでいることが多々ありますもの…。自分自身も「歯が欠け」「目が衰え」「体力が落ちていく」という老化現象…それが身に染みて来て、他人に優しく出来るようになっただろうか?いやいや、動かない身体にイライラして、かえって人に当たって(キレて)しまったりしてねぇ^^;
「大姥百合」に対して、何でこんな名を付けられたと尋ねたところで、彼女(彼氏)には罪は無い訳でありまして、謂れの無い「風聞」が定着してしまったようでありますよ。ならば、これ以上、他人を傷付けないためには「無言」を通すのが良いのかね?それでは、お腹が『不満』で一杯になってしまうかも知れないなぁ。時には『毒』を吐きながら、他人にも優しく、自分には最も優しく、『好々爺』への道…ちょっとばかり難しいかも(笑)

#戦争反対 『おやじぃ』 独りが叫んでみても何の効果も無いかも知れない。それでも「戦争反対」という呪文を唱える。どちらの側にも組しない…「旗幟鮮明」にすることが必要かい?只々、平和を願う心は皆共通だと思っているから。

 

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鵜呑み、丸飲み^^;

2022-05-04 07:08:22 | 転職

タンポポから「天然ゴム」が取れるんだって?

ここは、「地球温暖化」「熱帯雨林消失」を見据えた、『タンポポ生産緑地』である。(真っ赤なウソであります^^;)…まぁまぁ、2012年に「ロシアタンポポ」由来の天然ゴム素材が確認されたことは事実であり、共同研究の一翼を担うブリヂストンもその研究を加速すると大々的に発表しておりますが、さて、その後の研究成果を聞きません。(生産性やコスト面で、まだまだ課題を抱えているものと勝手に想像しております。)タンポポ生産でタイヤが作れたなら、荒廃農地も少しは減るような気もするのですが…と、『黄色い絨毯』を敷き詰めたようなタンポポの群落を見て妄想しております。
バイオマスプラスチック(植物由来プラスチック)などと言うものもあり、木、米、生ごみ?も技術的にはプラスチック製造可能とされているようだから、原油を輸入に頼らなければならない日本にとっては夢のようなお話であるのだけれど、結局のところ、コスト面で中々進まない現状なのでしょうけれどね。
家畜肥育のための「飼料用米」などと言うものもあるけれど、生産コストを下げ、かつ、生産量を増やす必要があるから、それ専用の品種(食味なんかは関係ないのです^^;)を作付けすると、『落粒』も多くて、一度作付けしてしまうとひと様が食べる『お米』を作るためには、『復田』するのに数年掛かってしまうというお話でもあるようです。すべて『良いとこ取り』と言う訳にはいかないようでありますよ(笑)


俯かないで前向きに生きましょう^^;

「カタクリ」だって「片栗粉」を作る植物だった訳ですが、生産コストが高いから、他のデンプンに置き換わっておりますよね。『カタクリ由来の天然片栗粉』などと銘打って販売したなら、バカ高い値段が付くんじゃないかしら?いわゆるグルメ気取りの方が「さすが、天然の片栗粉はトロミが違いますなぁ…。」なんて言ってくれたなら、それでも売れるかも?(只のデンプンなのにねぇ^^;)
おっとっと、もっと重要な軍事物資がありました。「我が国の名機、零戦を『松根油』で飛ばす!」そんな大号令で、国内の貴重な労働力であった高齢者、女性や子どもたちが、松の木の伐採や伐根に動員されたようである。(やはり、大汗流したものの、実用化はされずに終戦を迎えたようであります。)
総てが「生産コスト」との結果に敗れた『笑い話』…いやいや、『笑い話』と片付けてはいけない気がする資源の無い日本。原油価格の高騰と円安で、各種の生産資材も値上げでありますよ。『湯(油)水』のように、資源を使い続けて来た日本ではあるけれど、平和であればこそ可能な生活だったのではありますまいか…「改憲」「護憲」の論議だけが報道される「憲法記念日」に、その先を見据えた「研究」にも光を当てて欲しいものだわと思った『おやじぃ』でありましたとさ。

#戦争反対 「自衛権」は国際法でも認められた国家存続のための権利ではある。しかし、「原爆投下」を現実に受けた日本だからこそ、国際社会に訴えることができる日本の立場があるのではないだろうか?戦争回避の手段として外交、経済と日本の果たすべき役割があると思うのでありますけれど…。

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程よいはけ口…

2022-05-03 06:58:47 | 転職

色合いもお味も『程よく』なりました^^;

「失敗は成功の基」…すべて初めから上手く行く訳もないのでありますよ^^; 「アヒージョ」の次は、圧力鍋調理に興味が移りつつある友人『ノロ社長』は、前日の大根煮の味付け失敗から学び、今日もまた、おつまみに大根煮を提供してくれた。ふた皿目に中々手が伸びない「塩辛い」大根煮も、本日は程よい色、味付けとなっております(笑)
さて、連休の人出をテレビ画面で眺めながら、またぞろ、新型コロナ感染者数が増加するのではないだろうか?などと思いつつ、マスコミの論調も概ね「行動制限緩和」歓迎の方向に動いているように思える…定時に新規感染者数を発表しても、「重症化率」「病床利用率」の低下を背景に、そろそろ「インフルエンザ」並みの感染症として、共存すべき新たなステージに入ったのではなかろうかと素人ながらも感じております。しかし、その先は誰にも見通せない…分からないことばかりだから、いわゆる『政治的判断』というものが必要なのかも?悶々とした気持ちを晴らすためには、『判断ミス』があったとしても仕方がないよという前提付きでね^^;
そんな中で起こったロシアによるウクライナ武力侵攻で、テレビ画面は連日、ウクライナの破壊された街並みを映し出し、鬱屈した気持ちをロシアの非道な攻撃にはけ口にしているような状態になっております。(確かに、ロシアの武力侵攻は非難されるべきではあるけれど、扇動されてはいけないと思いつつ…。)


花が咲き乱れていると言うのにねぇ…

戦闘が長期化してくると、山梨県道志村では行方不明の少女のものでは無いかという人骨の一部や遺留品が話題に上り、先月23日に知床半島沖合で沈没した観光船へと話題が移っていく。(不幸にして事故に遭われ命を失ってしまった方々のご冥福をお祈りいたします。)そして、経営を優先し、マスコミの取材にも無言で応じない非誠実な社長像を創り上げようとしているに思えるのでありますよ。(犯罪性の有無は司法に委ねられるべきなのに…。)真実をあぶり出し、『社会正義』の先鋒であるかのようなあり方…自分自身も『正義』側の人間と信じきってしまっている。
はてさて、よくよく考えて見ると「新型コロナ感染症」を除いては、自分とは全く関りのない所で起こっていること。(実は、有形無形は別にして、自分自身にも降りかかる可能性があることなのではあるけれど…。)「コロナまん延」がもたらした悶々とした気持ち(実は、それ以前から経済の低迷で鬱屈した気持ちは抱えていたはずなのであるけれど…。)そんな怒りの矛先を何かに向けているようにしか思えない。自分は正しく、『悪』は徹底的に叩く…確かに憂鬱な気持ちのはけ口は必要なのだけれど、『程よいはけ口』に留めて置かないとなぁ。冷静に冷静にと自戒する『おやじぃ』でありますよ。

#戦争反対 マリウポリの製鉄所から市民が少しずつ避難出来ていることは朗報かなぁ…それでも続いている砲撃。もう止めにしようよ無益な戦争。

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若気と年甲斐^^;

2022-05-02 07:34:08 | 転職

そろそろ最後かな?「コシアブラ」

「あの頃は、若気の至りというやつで…。」と自ら若い頃の行動を振り返って語る場合は、失敗談や恥入る行為について相手に許容を求めることが大半であるわなぁ^^;(重大事件を起こしてしまってからでは若気の至りとも言えない部分はあるけれど、社会的な償いを終えた後であれば自戒して語ることも可能かも知れない。)はてさて、ならば「若気の至り」とは一体何歳まで使うことが出来るのだろうか?などとまた下らないことを考える。ならば、「年甲斐(年齢にふさわしい思慮分別)」とは、果たして何歳から求められるようになるのだろうか?
勤め人時代であれば、一緒に頭を下げて頂ける上司がいる内は「若気」であり、一緒に頭を下げる部下が出来た頃から「年甲斐」というものを求められるのかも知れない。しかしなぁ…「出る杭は打たれる。」と言うけれど、『出ない杭は土中で腐る。』よりはマシかと、「恐い物知らず」で無鉄砲でも物事に挑戦し続ける「若さ」を持ち続けないと、只々物知り顔で、加齢に拍車をかける結果に成りますまいかと自問する日々でありますよ…外は雨。農作業はストップ状態…まだまだ、間に合う大丈夫と思いながらも、ジリジリとした焦りが湧いてくる。六十過ぎて、経験不足というのも情けない話でありますが、高温、低温(霜)、そして季節外れの雪、また雨と不安定な春の陽気に、やはり「経験不足」だよなぁなんてため息が漏れてしまうのでありますよ。


こちらは「西洋タンポポ」でありますなぁ…

「雪よ岩よわれらが宿り♪(中略)雨が降ったら濡れればいいさ♪」かつて、ダーク・ダックスが唄っていた「雪山賛歌」は、男どもの「やせ我慢」の歌だわなぁ^^;
人間、「経験済み」のことばかりなら、「経験を活かして」物事に当たれば良いだけのこと。しかし、「未経験」のことを「経験」しているから「経験済み」と余裕を見せることが出来るのであって、新たな「未経験」の問題にどう対応すれば良いのだろう?「分からなければ、初めに聞けば良かったのに…。」と言うのは先輩の話。ならば、先輩に迷惑を掛けないで何とか解決しようともがいて失敗するのが「若気の至り」というやつかなぁ?それでも、解決の糸口でも見つけられれば、ひとつの貴重な「経験」ということにもなるのだろうけれど…。経験を積んでいる(分かっている)という思いで、無理を通そうというのが「年甲斐もなく」と言うことになりますかねぇ?
いくら「経験を積んで参りました。」などと言ったところで、自分の病気や死というものについては、それぞれが未経験…歳を重ねたからといっても、「経験済み」ということにはならないんだよねぇ^^;
まぁまぁ、小さな農園では、赤字が続いても、赤字幅は高が知れている。「こんな年もあるわさ。」とやせ我慢する5月の連休でありますよ(笑)

#戦争反対 『年甲斐もなく』武力侵攻を決意…でもね、出兵させられるのは若者たちなんだよなぁ。

コメント
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