1週間が終わると、財布には千円札1枚しか残っていないこの頃。その千円を残すのが楽しみである。いままでは贅沢に暮らしてきたものだと 思う。幸いそれだけ稼いで、それだけ使えたということだろう。それでもきっと心のどこかに埋められない何かがあったのだろう。誰かが私を支えてくれるという確信かもしれない。支えであると思える言葉が日々の私の暮らしを豊かなものにしている。心が広がってゆったりと呼吸できるような、あたたかいぬくもりかもしれない。だから、私は、どこに住んでどんな生活をしても、ゆたかだと思えるようになった。欲を捨てられるには、心を満たしてくれる愛が必要かもしれない。今、平塚はさるすべりの街路樹がきれいです。
今日は長袖が必要でした。暑い夏には忘れていたことを思い出します。9月からキリスト教の聖書の講座が始まることになっていました。自分の心を週に1回は見直すのに、ちょっと交通費の負担はかかるのですが、出かける予定でした。講座の司祭様が母国ベルギーから戻られたのですが、開催が中止になりました。もう日本に来て50年以上になられます。(85歳くらいです)教会の施設にお一人でいられるのが「さびしい」と言われたそうです。だれかと話していないとさびしくて不安だと。気丈夫でいらした方なので、信じられずとてもショックでした。あれほど修業された神に仕える司祭様でも、そのようなことがあるのだと・・・。本部のある関西へ帰られるそうです。夕暮れのさびしさ、認知症の母は「大丈夫」の言葉ばかり・・・。私の老後の覚悟など、なんとも頼りないものか。母はさびしくないのか・・・。ショックなまま、時間が過ぎていきます。
今日は平塚の花火でした。調度、夕食の時間が花火の終わりの時間に近く、ダイニングのテーブルから華やかな花火が見えました。そして、花火が終わり静寂が戻りました。この時のなんとも言えないむなしさ。これは一人暮らしのせいでしょうか。いや、季節の移り変わる時にしても、1日のうちの時間の流れのなかにもむなしい時間があります。「暮れなずむ」と言う言葉がありますが、そんな時間帯でしょうか。夏の終わり。夕暮れが早くなり、ミンミンゼミの声がツクツクボウシに変わり、コオロギも泣き始めます。風のなかにほんの少しだけ秋が含まれています。他の季節に比べて夏の終わりはさびしい。華やかなものが終わる時はさびしいのでしょうか。「恋は夏の日の花火」なつかしいCMです。
笹井芳樹氏が自死されました。ただご冥福をお祈りするばかりです。仕事の関係で氏とお会いしたり、お話ししたことがありました。5年前くらいでしょうか。あるお仕事をお願いした折でした。とても丁寧にご対応くださり、快くお引き受けいただきました。明るい声の印象が今も残っています。研究者の世界、とくにこの発生・再生のサイエンスの構図をほんの少しばかり知る者として、心が痛みます。NHKの番組では、あたかも不正であるという感じで報道されていました。その真偽は私にはわかりませんが、科学という立場を離れ、一人の人間として考えれば、笹井氏の気持ちが痛いほどわかるような気がします。私も自死の道を選んだかもしれません。ひとつだけ言いたいことと言えば、不正だと言っていた科学者たちが、一言でもいい哀悼の言葉を述べてほしかったです。同じ道を歩む科学者として一言あるべきだと思うのです。
終戦記念日。戦後生まれた方が69歳になる。その少し前は英語も敵国語として使えなかった時代だった。だんだん年とともにカタカナに弱くなるのか、アギーレ監督がアレルギー監督と読めて仕方がない。でも、どうも私だけではないらしい。日本チームには日本人の監督をの声もあった。微妙な言語のニュアンスが伝わらないのだという。わかるような気もする。日曜日の教会のミサで司祭の、み言葉のお話がある。司祭が外国の方だといいお話でも、どうしても意味が分かりにくいことがある。微妙なニュアンスは伝わりにくい。日本人的な感性かどうかにもよるのかもしれない。別な意味で、聖書が日本語だと意味がわかりにくいこともある。むしろ英語版のほうがすんなり落し込めることがある。スポーツは別かもしれないが、やはりうまく伝わらないこともあるだろう。カズがアドバイザー役に就いたのいうのは、いいことかもしれない。でも、ザックを見慣れていたせいもあって、ちょつと厳ついおじさまだ。