gooブログはじめました!

あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

君がため

2014-02-27 15:19:51 | 日記
今日は冷たい雨です。こうして三寒四温で暖かくなるのでしょうか。髪を染めに美容室に行きました。もう白髪のままでもいいかなぁ と、思いながらまだその決断はできません。料理の本を見ながら時間を待ちました。季節の料理の紹介とはいえ、洋食が多いですね。独りで暮らしていても料理はまめにしているつもりですが、レパートリーは少なくなり、同じものを食べているようです。「今日はなにを食べてもらおうかな?」そう思って台所に立っていた日はいつも挑戦がありました。ワクワクして作り、おいしそうに食べてくれる顔を盗み見たものです。どんな小さなことでも「君がため」とすることは楽しい。どんなに寒くても暑くても、雨の日でも苦にならずにできることがある。やっとそういう小さなやさしさ感じることも、また自分もそうできるようになりました。しあわせになりました。(雨に濡れた河津桜です)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

懐かしいと恋しい

2014-02-22 18:49:01 | 日記
週末の大雪が2週続いた。今日は久しぶりの週末の晴れで街は人で溢れていました。溜まっている仕事から逃げるように国立競技場の富士ゼロックスカップへ。聖火が真前のいい席だった。この情緒ある国立競技場も近代的な建物になる。再度訪れて、朽ちていても面影が残っているのなら、それは「懐かしい」になるのだろうが、何も残っていなければ、それは「恋しい」になるのだろうか。人生にはそんなものがたくさんあるような気がする。帰りの新宿駅。その人であるはずがないのに、背格好がそっくりの若者にどっきり。これは「懐かしい」のか「恋しい」のか。シルバーグレーのその人に会ってももういい頃だよなぁ などとも思う。日々消えていく記憶のなかで、消えることのない記憶。熱く熱く走れた日々。心があたたかくなる。思い出は年とともにやさしいカイロになるのかなぁ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心に融けるもの

2014-02-15 16:56:11 | 日記
大雪が降った。湘南平塚はその地名の通り平たい土地なので一面雪の原でした。純白の世界は魔法の国に迷い入ったようでした。日頃の疲れがでたのか、寝てばかりいます。半端な時間に寝てしまい、夜中にオリンピックの男子スケートファイギアを見ることができました。金メダルは偉業なのでしょうが、それ以上に羽生結弦君の氷の妖精のようなプログラムに魅せられました。技術的なことはわからないのですが、あの氷と一体になったような舞いはなんなのだろう。人の心を融かすようなものがある。何かに触れて、人の心はガチガチに凍っていた状態から融けることがある。

あれは10年以上前のことだった。風の声に心が融けたのは。



風よ あなたが伝えてくれたものはなに?

それは生きること

冷たく閉ざした心に あなたは何度も何度も

語りかけてくれた 諦めずにもう一度いきてみようと

風よ あなたが教えてくれたものはなに?

それはあなたをすなおに感じること

あたたかい風はあたたかく 冷たい風はつめたく

心地よい風は心地よく すなおにあなたを感じること

風よ あなたが教えてくれたものはなに?

それは多くの人を愛し、多くの人に愛されて生きること

そして今、私はあなたを全身で感じ

あなたに包まれて生きています

風よ あなたが伝えてくれたことはなに?

それは 生きること







コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

うそ鳥

2014-02-11 23:18:06 | 日記
佐村河内氏のニュースはさまざまな議論を呼んでいる。音楽の専門家の意見には興味深いものもあった。ふと、つまらないことを思った。二人は世間という夫(妻)を18年間欺いていた不倫関係のような人間ではないかと。新垣氏もその関係に苦しくなった。ついにもう止めようと言った。初めは軽い浮気心のようなものではなかったのか。佐村河内氏についてはいろいろ言われているが、彼は彼で苦しかったのではないか。(擁護する気持ちで言うのではない)自分を欺き続けることは普通の神経の人間なら必ず苦しくなるものだ。でも、そう考えると、人は相手を騙しながら平気で生きていることがある。同じ穴の狢のように、仮面夫婦を演じる男と女などその例かもしれない。私たち自身も「自己物語」を作り、それが過去の作り話でも、いつのまにか自分でその物語を真実のように思ってしまうこともある。過去の自己物語は、現在の自分が作り上げた自分しか知らない物語だからだ。「胡蝶の夢」や「中島敦の「山月記」を思い出した。何が真で何が偽か、それは所詮、人の想念にしかすぎないような気がする。鷽鳥にでもなりましょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

裏の喪失

2014-02-08 11:27:12 | 日記
今朝の朝日新聞の精神科医・作詞家 きたやまおさむが現代人を苦しめる「裏の喪失」を書いていた。「本音を言葉で吐き出せる場所や、そのための人との関係を作り出せれば、もう少し楽に生きられるはず。かつては、裏町とか裏通りといった存在が、本音を受け止める場所として機能していたが、社会の様々な場面で裏が整理され、すべてが表になってしまった。”裏”とは本来、古語で“心”を意味します。裏の喪失が、現代人を苦しめているのです」「言葉は生きる支えになる、日本人はどこか言葉で自分の心が切り刻まれることを恐れている。でも、心ってまだまだ言葉になることを待っていると思う。『愛している』だって、口に出せない人が多いでしょ」 北山・きたやまの言葉です。「あい」を伝えたいとぶろぐを書いています。今日は雪。子どものように雪が降るとわくわくした心が今日は萎えています。雪の白さが妙にさびしい。「あなた、そばにいて」と。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする