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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

老後の楽しみ

2015-08-30 22:22:11 | 日記
 8月というのに秋の長雨のようだ。雨の降る静かな日はいいものだと思う。40代のころだろうか、年をとってからの楽しみにとドラマや映画のビデオを撮っておいた。仕事を辞めて時間ができたら、ビデオを見て、本を読んで、音楽を聴いて、編物をして・・・と思っていた。しかし、どうだろうか。今、時間ができたがビデオでなくDVDはほとんど見ない、音楽もあえて聴く時間をとらない、本は専ら聖書関連のもので名作を再読はどこかへいってしまった。75歳を過ぎた方から「飢餓海峡」を読みました、というお手紙を頂く。集中力がなくなったのか、忍耐力がなくなったのか読書も映画もドラマも若い時に思ったいたほど接していない。ドラマなど集中してみると、ぐったりする。重いドラマを見ると眠れなくなる。サッカーも45分見ると後半がきつい。情けないことばかりだ。では、今の楽しみは?というと掃除や洗濯、料理などの家事なのだ。20代から忙しく過ごしてきてゆっくりと家事ができずにきたせいだろうか。要らないものは整理してこざっぱりと片付くのが楽しみになった。ふと思い出した言葉がある。50代の前半に言われた「フルちゃんの一番合う職業は主婦よ」だ。案外、本質かもしれないと思った。

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江ノ電に乗って

2015-08-27 22:16:09 | 日記
 少し涼しくなったが、今日は蒸し暑かった。そんな日の一番暑い時間帯に75歳以上のおじいちゃんたちがサッカーに興じていた。もちろんフルピッチ11人制。時間は15分ハーフ。私は見慣れてしまったが、大概の人は、「えっ!80歳でサッカー出来るの?!」とびっくりする。私に言えることは「サッカー狂なのよ」と「鍛え方が違うのよ」だ。自分が具合が悪くても(心臓が悪いなどなど)奥様が具合悪くてもなんとかごまかし、サッカーを続けている。女性はこうはならないだろうな と思う。いつまでも生きたいは女性。燃え尽きて終わりたいが男性なのか と思う。以前にも書いたが、終わりが見えるのは男性なのだろう。練習後は、当然おいしいビールなのだ。帰りは東海道線がまたまた事故。私も男性的に終わりを覚悟して、自分の時間を楽しむようになった。鎌倉経由で江ノ電で帰った。鎌倉でさくら貝のピアスを求めた。色が最高!鎌倉を一緒に歩きたい人もいるが、ひとり江ノ電の風景を楽しんだ。江の島の灯篭祭りもアベックが多い。夕暮れの海はきれいだった。

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サッカー雑感

2015-08-25 20:52:44 | 日記
 台風の影響か涼しくなった。おみそ汁やコーヒーが美味しい。秋のシニアサッカー大会のお知らせが届く。どの大会も出かけたいが、スケジュールと予算と今年は体調の関係で思うように出かけられない。草サッカーの冊子を作り始めて5年。海のものとも山のものともつかないものがなんとか形になった。サッカーが好きになったのは、生徒会の憧れの先輩が高校でサッカーを始めたことだったような気がする。その高校は、今では東大への進学率の高校だが、当時はシティボーイの学校だった。高校時代もサッカー部に仲のいい子がいたり、サッカーをしているから仲がいいというのではなく、仲のいい人がサッカーをしていた という感じだ。私はサッカーをせずにきたが、試合を見るとやはり血が騒ぐ。うまく言えないが、なにかゴールへ向かう闘争心が性に合っているのかもしれない。正社員の仕事をリタイヤーした今、サッカー関連のことがなかったら、なんと無味乾燥な毎日だったろうと思う。全国のすてきなサッカーマンに会えた。それが大きな豊かな財産となった。よかった、よかった。

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ふたりの食卓(2)

2015-08-24 11:46:48 | 日記
 朝方は肌掛けを探すようになった。ひんやりとした朝の空気が気持ちいい。食卓を二人分用意するようになって気づくことが多い。使っていなかった食器が食卓に並ぶようになった。ランチマットもきれいなものが出番になった。一人分しかなくなっていた食器が多いのにも気がついた。九谷焼の湯のみにヨーグルトを入れて食べてみた。日々発見だ。ふと、思った。一番の豊かさは時間かもしれないと。そして、家族だと。どんなにちぐはぐな家族でもいい。むしろちぐはぐでない家族なんてないのかもしれない。子どもの頃、豊かな時間を与えてくれた祖父母、父母に感謝した。ひとりぼっちの食器はペアにしてあげよう。ベランダの植木も整理して、ハーブと花を植えてみよう。一つ食卓を増やしたことが、思わぬ豊かさを運んで来てくれた。私の前に座るあなたに感謝!


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1年という歳月

2015-08-22 23:00:19 | 日記
 ブログを書いていると、1年前に書いたブログがメールで送られてくる。「ああ、1年前はこんなことを考えていたのか」と思う。平塚の花火の日だった。夏の終わりのことを書いていた。一昨日は赤トンボが飛んでいて、空にはうろこ雲があった。ツクツクボウシも鳴いていた。でも、昨年のような思いはない。交通事故のせいだろうか。何事にも覚悟ができたのは。だから、今しかないと思う。ただ、朝起きて、平和な朝を迎えられてことに感謝する。そして1日、無理をせずに暮らしている。「終わり」を意識しなくなった。そう、せめて意識すれば、今日の日の終わりだろうか。決して、淡々とではなく、どこかうきうきとしている。何なんだろうな、うきうき感は?

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