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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

なにごとも人生のようで

2024-12-01 19:57:40 | 日記

師走になりました。町は観光客でにぎわっています。今日は風がないので寒さが和らいだ感じです。お歳暮やらの買い物で忙しく午前中が終わりました。ああ、暮だなぁ、と思うのです。風邪は、鼻水とのどの痛みもありますが、身体のだるさは抜けました。午後は静かにしていないと。

久しぶりにゴルフを見ていました。ゴルフ日本シリーズJTカップです。あれ?JTって何だったかしら?から始まりました。笑。賞金総額が1億3千万。優勝賞金が4千万円でした。ゴルフは、30代のころやっていましたが、その後は、コースに出ることはなく、たま~にクラブをもって空振りに(いや、練習に)行くくらいでした。昔は、会社でコンペもあって、サラリーマンもゴルフが盛んでした。

ゴルフは変わらないなぁ、と思いました。野球やサッカー、バスケットなどのスポーツは、変わってしましまいましたが、このゴルフの雰囲気は変わらない気がしました。この年になって、ゴルフを見ると、なかなか深いスポーツだなぁと思うのです。特に今回は、東京よみうりカントリークラブの難しいコースでした。4日間の戦いは、精神力がかなりいる感じです。一瞬の精神集中が勝負を分ける気がしました。いいなぁ、ゴルフもなんてお婆さんは思うのでした。

やたらとおだやかなこの頃。これは諦めか・・・。最後まで走りぬくために必要なことなのか・・・。最終ラウンドの18番ホールのパターを決めるまで、しずかな戦いが続くのでしょうか。

 

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もうこひは語れない

2024-11-30 21:30:29 | 日記

明日からは師走です。1年がもう終わるなんて!12月生まれの私は特にそう感じます。昨日、歩きすぎたのか、疲れがたまったのか、風邪気味です。ひどくはないのですが、鼻かぜでティッシュが離せず、午前中はごろごろしていました。みなさんも気をつけてくださいね。

過ぎてしまえばいまはむかし・・・。この頃、そんな気がしています。たしかに心惹かれた人はいましたが、こころにのこるほどの想いでもなかったようです。(そのときはそう思わなかったのですが)それはただ「惹かれた」というレベルのものだったように思います。

話は全然違いますが、昨日、京都でお昼ににしんそばを食べました。贅沢はできないのですが、私にして奮発しました。京都のお出汁は、本当においしいのです。どうやったらああいう味が出せるのかと家でやってみますが、できません。今回のお店では、出汁の昆布は北海道の羅臼昆布とかで、その出汁を5年寝かせるそうです!5年も・・・。その濃さが違うのですね。おいしい出汁の手打ちそばでした。

なにが言いたかったかというと、心に残るものは、前にも書きましたが熟成させたものなのでしょうね。ぱっと燃えてぱっと消える恋はやはりその激しさはあっても、心には残りにくいのでしょう。さびしい気もしますが。(男性と女性では違うのかもしれませんが)

親友のY子さんと、年を取ったら男の人の名前がわからなくなったりして、「ほら、あのAさんを・・・・」「違うわよ、あれはTさんよ」なんてボケ老婆が二人で話すのかしら、と言っていましたが、私にはもう語る物語はありません。藤式部さんのように「もう、物語は終わりました」です。

こひなど飛んで行ってしまって、二人で蕎麦をすすって、汁をこぼしながら、「ほらほら」とハンカチを渡して、付いてきた蕎麦かりんとうを食べようとしても噛めなくて・・・なんていいながら年を取るのもいいのかもしれません。写真は哲学の道と安楽寺です。

             

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京都でわたしにもどる

2024-11-29 21:03:22 | 日記

今日は寒波の影響でお天気が不安定で寒いという予報でした。しっかり着込んでいざ京都へ!新幹線を使うと早いのですが、そこはケチって乗り換えなしで京都へ。電車の中は暑いくらいです。混んでいるところはできるだけ避けて、哲学の道にある法然院と安楽寺周辺、そして、鴨川を経て河原町教会へ。帰りは京都駅でお買い物の予定でした。朝10時の京都駅は混雑がすごいです。大きなキャリーバックのご夫婦。(多分ヨーロッパから)いや、私には海外旅行は無理。荷物は運んでもらえるとしても、小柄でさらに痩せていて筋力のない私は、たくましい肩からの筋力がある女性を見るとむりーと思うのです。

ああ、京都だ!地下鉄烏丸線で丸太町へ。三条には定宿がありましたので、ああ、帰ってきた!という感じです。私の体の細胞が全部私になります。そして、銀閣寺行のバスに乗って京の町を移動すると、それだけで幸せでした。なぜ、こんないこの町が好きなのだろう?京都が好きな人が多いですが、私は私の呼吸ができる町なのです。

法然院の紅葉は今一つ。中途半端です。海外からの観光客と男性のカメラマンが多いです。

そして、安楽寺へ。ここもまだ紅葉は・・・。この哲学の道周辺はどこか鄙びています。でも、疎水を歩くのが大好きです。永観堂が近くなると人が増えてきます。ここまでと、河原町方面へバスで戻ります。おなじみの鴨川の風景。そして、木屋町の高瀬川。店はモダンになったりしていますが、それさえも飲みこんで京都は健在です。

            

元はと言えば、京都に(もしくは京都の近くに)住みたかったのが、いろいろ考えて、今の長浜に来ました。でも、私の細胞は、やはり、京都がいいと言っていました。

観光客であふれ、だらしのなく着物を着て歩く若い人たち。そして、それを商売にするお店の増加。それがいやでしばらくは町を歩きませんでした。でも、京都はさまざまのことを歴史の中で、許してきたのです。血で血を洗った天井さえも許しているのですから。いつの間にか私もそんなことを受け入れる私になりました。

 

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心の扉をひらいてみたら

2024-11-28 20:45:21 | 日記

天気予報では、午後にしぐれる感じでしたが、晴れて風が強かったです。西風ですので琵琶湖のほうから吹いてきます。朝のうちに頑張って放送大学院の提出課題を終わらせ(実は今日の5時が締切)、終わったー、と髪を切りに行きました。それ以外には何の予定も入れず、のんびりしたかったのです。(仕事は休み)週3日しか働かないのはぎりぎりの生活しかできませんが、人の2倍は働いてきたから、とこの生活に満足しています。

失敗ばかりしてきましたが、おかげで少しはバランスよくものごとを考えられるようになりました。今思い出すと、なんと嫌な人間だったのだろう、と思います。完全に自己中です。何かが満たされていなかったのでしょうね。結構長い年月。それが人への攻撃性になりました。他虐的が自虐的なり今度は自分をいじめるようになりました。そういう生きづらさを抱えて生きていたように思います。

一番大事なの自分の心を人に開くことかもしれませんね。自分で自分の家の戸を閉めているのでしょう。誰もわかるわけはないと。でなければ、誰かが大丈夫だから戸を開けてみてください、と声をかけてくれることかもしれません。少しずつ、戸を開ければ、自分が思っていたほど、ひどい人間ではなかった、と思えるかもしれません。

先日の風で、落ち葉のじゅうたんができていました。(黄色のじゅうたんですが)冬がやってきます。今年は今のところつらくありません。こたつソックスはまだ出番でないです。笑。みなさまも風邪をひかれませんように。

 

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泣きくるう女性をあなたならどうする?

2024-11-26 20:56:01 | 日記

午後3時ごろからは風雨が強くなりました。予想して家を出ましたが、かなり激しい雨が続きます。風も強く傘をさして歩くのがたいへんです。こんな日に車がないのはつらいです。びじょがびじょびじょになって帰宅しました。

例えばのはなしですが、あまり細かい状況設定はできないのですが、あなたが大事に思っている女性(約1年半ぐらいのお付合い)が、突然、今日会いたいと言い出しました。少し時間は遅くなるけど会うことにしました。(二人とも仕事をしています。)そう寒くない季節なので、公園で話したい(あまり人がいないところ)と彼女が言います。「昨日は、用事があるから会えないと断ったのに、なんでほかの女の人と逢っていたの!」と昨日の様子を見ていたように攻め立てます。会っていたのは学生時代の友達(ややそれよりも親しい)で、相談があるというので会っていた、といってもなぜか興奮して話を聞こうともしません。「落ち着いて話をしようよ」と言えば言うほど、激しく怒り出してしまいました。(落ち着くのを待つか?と思うのですが)

さて、こんな状況で周囲の目もあるのでなんとか泣き止んで静かにしてほしい、と思ったら、あなたはどうしますか?何となくの雰囲気で考えてみてください。冷静に話すことができない大事な人にはどう対応するのがいいのかな?という感じです。

黙って抱きしめて、「大好きだよ」というしかないような気がするのです。この世界になると、正論や理屈では相手は動かない気がします。「あなたは誰よりも大事な人なんだ」が伝わればいいのだと、私は思うのです。

なんでこのような話かというと、もうわからなくなった男の子を一生懸命説き伏せようとしてさらにひどく怒らせてしまうことが今日、あったからです。自分の作ってレゴの車をお迎えに来たお母さんに見せたかったのに、それが許されなかったので鳴き狂いました。昨日、やっと自分の言うことを聞いてくれたと喜ぶ支援員の男の人に。

抱きしめるしかな時もあるのです。一緒に涙を流して。さんざん自分のことをぶったりしていても「M君のこと大好きだよ」と言えば、すこしは変わるのです。

あいとはそういうものだと思うのですが。

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