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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

移り行く時間に

2024-04-29 18:14:30 | 日記

連休の2日間は、家の片付けも半分しか進まず、体が疲れました。以前なら往復で40分ぐらいは楽に歩けたのですが、最近は少しきつくなりました。それでも、歩くということで様々な景色を見つけることができます。でも、田舎の車社会では車がないことは、信じられないことのようですが。

久しぶりに田んぼ道を歩くと、麦畑は青々として、もう田植えが始まっていました。連休の頃は、農家は大忙しですね。遠くに見えるのが伊吹山です。

今日は、高槻市でシニアサッカーの東西の大学対抗交流会でした。毎年4月29日決まっているので、同窓会的な役割のようです。いつの間にか参加チームも増えてきぎやかな交流会になりました。年齢層も60代前半の方が中心です。大阪の高槻市は、大阪的な要素よりも京都的な要素が多いような気もします。山﨑から西へ向かう山々は、緑がとても美しかったです。もう、取材をするというよりは、本部でコーヒーを炒れたり、お弁当を配ったり、時には救急班だったりです。いつの間にかそんなリクエストが来るようになりました。10年も経つとそんな関係ができてきました。そして、思うのです。お互いに年を取ったと。

鏡を見ると、移り行く時の流れには逆らい難く、しわ伸ばしのクリームも宣伝文ほども効きませんね。笑。一人でそういう時を過ごしていると、少しみじめになります。でも、10年、20年のお付き合いの方にお会いすると、何かほっとするのです。これは仕方ないのだと。

お互いに過ごしてきたその10年を、そして20年を大切に尊重して過ごしていきたいと思うのです。

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本気で向い合い続けた日々

2024-04-27 20:59:13 | 日記

今日1日は全部自分の時間!と思い目覚めました。しなくてはならないこと、したいことをこの連休中にできるのだろうか、と思いながら1日が始まります。まずは、衣類の整理、そして、二階の物置(本当は3畳の普通の部屋のはず)の整理。1年以上袖元を通さなかったものは、古着で処分。気が付いたことは、最近求めた衣服は明るい色をしていることです。年を取ったせいか??笑。整理ダンスや衣装ケースがきれいになるのが、今年はとてもうれしいです。いつもどこかにさびしさがありました。

2階の物置は大変でしたが、きちんと片付くと気持ちがいいです。コートなど大事な衣類はそのままにしました。弟の縫ってくれたコート、元義理の母が買ってくださったスーツ、大事な人と逢う時に着ていったワンピースなど。そんな一つ一つのことが、今とても大事に思えるのです。そして、問題のパソコン机を少し位置を変えて使いやすくしました。家がきれいになるのが楽しみなのです。次にここをきれいにするのに中敷きを買おうとか、そんなことを考えるようになりました。今、あるものを生かすためにお金を使おうと思うのです。(厳しい財政ですが)

学童クラブの仕事は、私にうってつけの仕事を言われましたが、初めの学童クラブでは、そんなことも思えぬまま、体調を崩しました。この仕事に就いたことをとても喜んでくださったのにと、悲しかったです。先ほどまで、プロジェクトXを見ていました。黒部ダムに賭けた男たちの記録でした。私は大きな仕事をしてきたわけではないですが、ただ、いつも子供たちと本気で向かい合ってきました。それが、この学童クラブの仕事が私に向いている所以のように思えるのです。だから、いきいきと生きられるようになったのだと思うのです。

立ち向かっていける何か、それはなによりも「安心」でした。大丈夫、もうどこへも逃げずにこの家を大事に生きられると。

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いえがほしい

2024-04-26 20:17:49 | 日記

今日もさわやかに日でした。長浜の八幡様の境内の緑が美しいです。連休は遠くへは出かけられませんが、新緑を浴びられるようなところへ行きたいです。

昨夜はよく眠れて一度も目が覚めませんでした。おそらく疲れてもいるのでしょうが、途中で目覚めないのはうれしいです。でも、今朝がた見た夢は、元夫と再婚する夢でした。特に思い出すこともなく過ぎているので、(とてもよくしてくれたとは思いますが)どうして?とあまり気分がよい夢ではありませんでした。例によって夢判断を見てみると、状況から判断していい夢らしく、今に満足しているから見る夢とか。(過去に執着していないという意味)それは、あっているかもしれません。なんとか生活できているという毎日ですが、学童クラブの仕事は、みなさんがとてもよくしてくださるので平和に楽しんでいます。生活にもメリハリができたのもいいのかもしれません。

そう言えば、最近、ああ、狭くても自分の家が欲しいなぁと思うのです。もちろん、いくら地価が安くても家は建ちませんが、平屋のこぎれいな家がほしいなぁと思います。ご近所の古い家が壊されて、モダンな(地味ですが)家に建て替えられているからかもしれません。結婚しているときは、子供もいないし、元夫は長男で、次男はマンションを購入していたので、実家は元夫がもらうことだったようでした。それでも、二人共家には興味がありませんでした。私一人の生活でも、便利な賃貸マンション暮らしでした。ただ、高校時代に失った実家に対してはとても未練がありました。

家が欲しいと思うのは、今の生活に満足しているから思えたことなのか、帰る家がないという不安からなのかわかりませんが、バタバタしない気持ちの安定した毎日の生活が与えてくれる夢なのかもしれません。残念ながら、遅すぎる夢でした。

牡丹やバラの花のような華やかな生活ではありませんが、純白なヤマボウシのような生活がしたいなぁと思うのです。

 

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本気で子供と向かい合う

2024-04-25 20:19:16 | 日記

朝はひんやりとしていましたが、午後からは昨夜の雨で空気中のごみが落ちたためか、さわやかな青空が広がりました。気温も上昇して、薄手の長袖で過ごせそうです。寒暖差疲労か昨夜は起きているのが辛かったです。あっという間に4月も終わりに近づき、連休に突入しますね。今年もどこにも行かずに、身辺整理の連休です。

今の、学童クラブのこどもたちは、いくら注意をしてもききません。私だけでなくどの先生もぬかに釘的な子供たちとのやり取りに苦戦しています。子どもが怖いと逃げてしまうこともあります。「うるさい!ばばあ」などとも平気で言います。今日は1時間ぐらいミーティングでその話になりました。(昨日、問題が起きて、父親が謝りにきたそうです)信頼関係がないと無下に叱れないですし、ただ怒られたとしか子供に残らないのではなく、なぜそれがいけないのかを分かってもらえるには、かかりそうです。

子どもとは、本気でかかわりあって涙を流し、喜んだりしたものですが、はたして今の子供たちにそれが通じるのか・・・。子どもの本質は変わらないと思うのですが、家庭での会話も少ないのかなかなか通じそうにありません。一つ気が付いたことは、運動などを一緒にした子はすこしずつ距離が近くなるということです。サッカー、バトミントン、ボール投げなど、おばあさんが大変な思いで付き合ったことは、なにかつながりができたのかもしれません。あまり、家族で運動をしたりしないようですね。特に、コロナ禍を経験した、2・3年生は、会話不足か、難しいですね。

やはり、大人側のなにかが不足しているのでしょう。子どもが安心してのびのびを過ごせるには。いい子になることを覚えてしまうよりはいいのですが、荒れた言動には、どうしてあげたらいいのかと心が痛みます。(なにかが欲しいのでしょう)

うん、たまには本気で叱ってみようか!ただ、今の学童クラブの子供はつぶれてしまいそうです。「愛とはあまりきびしすぎても、やさしすぎてもいけない」(有島一郎・ひと房のぶどう)

 

 

 

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元カノ(元カレ)

2024-04-23 20:42:36 | 日記

やっと正座ができるようになった膝関節。よかったと思ったのもつかの間、今日は学童クラブの子供たちと体育館遊びで、バトミントンを付き合わされました。まぁ、大丈夫だろうと思ったのが甘かったです。一歩踏み出して打ち込むときに膝にかかる力が思いのほか大きく、すぐに痛みが復活しました。運動量が多いとは聞いていましたが、いや、子供相手でもまいりました。次は、縄跳びでした。太い縄を回さなくてはなりませんでした。「郵便屋さん、落とし物、拾ってください、12枚…」今の子が歌うのです!ああ、なつかしい!とよろこんだのはいいのですが、私も縄跳びをさせられました。(膝が痛いのよね)でも、キャリアを捨てると純粋に仕事を楽しめました。

SNSに「元カノを抱き上げている」という表現がありました。いや、「元カノ」ではないんじゃないかしら。元カノを抱き上げて一晩中看病するなんてできないと思うのです。(何の話かお分かりになりましたか)「元」ではなくて、今もこころに住む人でしょう。だから、生きてほしいと必死に寝ずに看病できたのだと思います。(物語のお話です)縁というものは、そういうものではないでしょうか。どこかでつながってしまうというのか、別れられないというのか・・・。それは偶然ではなくて必然なのでしょうね。

「わかっているの、あなたの心にはほかの誰かがすんでいることを」などという歌詞がありました。おんなはどこかでそんなことに気づいてしまう。でも、それでもあなたを許しますというのでしょうか。それが妻なら当然自信を持って言えるのでしょうね。男の人はどうなのでしょうか?それでも僕は君を。幸せにしたいになるのでしょうか。

こころに住んでいる人を追い出すことはできませんね。それが現実の強さと心の中にあるものの強さなのでしょうね。そのすべてを含めたあなたをあいするのでしょうか。

3年前に作った陶灯です。天使があなたに幸せを運びます。

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