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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

あせらず おこらず あきらめず

2019-06-30 18:42:37 | 日記

夜来風雨の声、ではないが昨夜はかなり雨が降ったていた。(ようだ)各地で大雨の被害が出ている。心配なことが多い。雨も上がっていたので、彦根の教会へ出かけることができた。教会にいけないと罪悪感ばかり出てくる。ミサはもとテノール歌手の神父さんの大きな歌声で始まる。自ら歌いながら入場してくる。今日のミサは特にエネルギーがあった。ミサは共同体として捧げるものなので、神父様と信徒のエネルギーで盛り上がるような気がする。神父様につられて皆が大きな声で歌う。それだけでも大きなエネルギーになる。家にいて、体調が悪いとなにかにつけ自分を責めてしまう。できなかったことばかりみてしまう。そんなことを吹き飛ばしてくれた。

教会の二人のお友だちともお話ができた。まだ、4ヶ月しかこちらに来て経っていないことを改めて感じた。焦ることはない、少しずつ慣れればいいのだと思った。お隣のおばあちゃんのところへ回覧板を持っていった。きれいにお化粧をしている。蒸し暑いので2階は過ごしにくい話になった。「夏は1階で暮らせばよろし。2階は広いからクーラーも効きにくいからもったいない。2ヶ月くらいは独りなんだから、1階でくらせばいい」という話だった。自転車はあぶないから買わなくてもいい も当たっていた。きっとクーラーのこともそうなのだろう。

ここの地で暮らすにはここの地に慣れなくては と焦っていたようだ。まぁ、体調を崩したので、不安だったからだろう。「梅雨時期の体調不良」をネットで調べると、気圧の影響があるらしい。特に音に敏感な人はなりやすいという。三半規管と気圧の関係らしい。耳のマッサージがいいというのでやってみると、単純な私はよくなったような気がする。ああ、単純でよかった。

雨に濡れた紫陽花は情緒がある。紫はさびしいので淡いピンクがいい。彦根では「くちなし」がたくさん咲いていた。もと夫が「トイレの匂い」できらいだ と言っていたことを思い出した。遠い日のお話のようだ。ふと「あせらず、おこらず、あきらめず」ということばを思い出した。少しずつできるようになれるといいなぁ。

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他人を見るような目

2019-06-29 17:46:10 | 日記

何かすっきりしない天気で、身体も重い感じだ。静かにお御堂かお寺で時を過ごしたかった。それ!と朝から彦根の龍潭寺へ出かけた。駅から20分ぐらい歩く。井伊家の菩提寺だ。夏つばきが見られるという。参拝者はだれもいない。ひとり名庭を眺めていた。

平塚という地名がまた事件でニュースに載った。今度は海岸に遺体が上がった。なんとも残酷な事件のようだ。夫が妻を殺して平塚までトランクで運び海に泳いで出て遺棄したという。その事件の大きな見出しが「他人を見るような目で妻が自分を見るから」というようなことが書かれていた。その記事へのコメントで「なぜ殺す前に離婚を考えなかったのだろう」があった。夫婦の愛憎なのだろうか。夫婦のことは夫婦でないとわからないことが多い。

先日久しぶりに会った叔母も子供が産まれてまもなく離婚した。身体の小さい叔母はつわりもひどく、出産で田舎の母親の元に早めに帰っていた。叔母はあまり出産を望んでいなかった。無事男の子が生まれたが、ひだちが悪く実家にしばらくいたという。おとなしくてやさしい夫のHさんが家を出て、他の女性のもとへ行ったのはそのときだった。まじめによく働く叔父が(聞くところでは)飲み屋さんの女性のところへ行ってしまったという。叔父はお酒を飲まなかった。祖母や他の叔母達がH氏を連れ戻した。しばらくは家に帰っていたようだが、プライドを傷つけられた叔母はHさんを無視続けたらしい。結局、Hさんはまた家を出た。その後は裁判をして叔母はマンションと養育費をもらうことになった。

ふと、叔母のそのときも目は「他人を見るような目」ではなかったのだろうか。叔母は兄弟姉妹の一番下で高校時代から苦労した育った。だから、生活には厳しい人だった。Hさんは当時珍しいコンピュターグラフィックのできる人だったが、のんびりしていた。お酒を飲まないHさんがなぜ飲み屋さんの女性と?はなぞだったが、Hさんの上司が連れて行ったクラブの女性だということを先日聞いた。なんとなく「そうかもしれないなぁ」と理解した。「だらしなさそうな女なのよ」と叔母は言った。Hさんはそれがよかったのかもしれない。

はらりっとなつつばきが池に落ちた。なつつばきより沙羅の花という呼び名がいい。夫婦のことはほんの少しの歯車のずれが大きくなることもある。そして、本当のことは語られずにいることが多い。夫婦もまた、むなしいものだ。でも、夫婦は夫婦だ・・・・。

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こひは3秒で始まる

2019-06-28 18:25:44 | 日記

体調が戻るとまた外出が始まる。気がつけば6月末!半年が過ぎた。書類は7月1日に提出でいい などとたかを括っていたが、そうもいかない。今日は郵便局へ午前中、午後は大津まで出かけた。大津までは1時間。以前住んでいた平塚から東京駅までと同じなのだが、遠く感じる。周りの風景のせいだろうか。東京へ行くのはごく当たり前だったが、大津へ行くのは特別な気がする。大津駅周辺は県の省庁が集まっていて、あとはマンションと建物ばかりだ。でも、周りは山に囲まれている。

体調を崩したせいで、なんとなく心細かった。どこにいても不安なのは同じなのだが。大津の街でなぜかほっとする。ビルのせいだろうか。いや、そうではないなぁ。帰りの電車で思ったのは、比叡の山が見えるからのようだ。自分でもわからないが、比叡が好きで何回も訪れるうちにこの長浜に辿りついた。友達のいう「比叡のお坊さんが訪ねてくるあたりに住んでいたのよ」もまんざらでもないような気もする。

人がこひに落ちるのは3秒でいい という話だ。ピラッとひらめくらしい。他の人には感じないなにかをその人に感じるのだろう。張っているアンテナにかかるのだろうか。おもしろいもので「危険な感じの男がいいのよ」といっていろいろあった友だちは「結婚相手は用心棒のような安全な男なのよ」と笑った。私はわからない。でも、「その後姿の肩のあたりのさびしさに弱いのよ」 と言ったら、「3秒で後ろ姿まで見たの?」と言われた。うんー、何に惹かれたのだろうか。

最近は白髪やしみの話、年金の話、どこにもこひの話はないなぁ。「まちこさんなら、まわりにサッカーマンがたくさんいるじゃない」と言われるが、「お友だち(同士)」なのだ。こひに落ちるにはしみが多くなりすぎた。でもね、年を取らないような関係をかんがえるのもいいなぁ と思うの。もう、3秒ルールはないなぁ。

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一番大事な健康を祈って

2019-06-27 18:55:05 | 日記

雨音が強くなった。低気圧の通過の影響だろうか。久しぶりの雨音だ。昨日は18時間は眠っただろうか。ただ眠かった。身体が要求しているのだと素直に従った。やはりめまいは軽くても恐い。どこかで倒れたら と思う。今日ものんびり始まった。2時半頃までぼちぼちと仕事をしていると電話がなった。滋賀のNPOの関係からだ。どうも登記が滋賀に移っているらしいという電話だ。えっ!という感じだ。あれだけごたごたしたのだから登記完了のお知らせというものはくると勘違いしていた。たしかに登記は大事なものだから書類の審査は厳しい。そのあとは、証明を取るには意外に緩やかだ。長浜の法務局や滋賀のNPO法人の担当はやさしくてていねいなので助かる。こういうときは「お年寄り」というのはいい。わからないので で済まされる。(笑い)

今朝のTVで「働けるまで働いて、そのあと安心して暮らせる社会」が理想だ という話があった。そうだと思う。この「安心」が貧しいと特に無い。お金があれば施設にはって手厚い介護のもと過ごせるだろうが、そうでないと「姥捨て山」を考える。捨ててくれる人がいないので、なんとか独りで山へ行かなくてはならない。などと体調がよくないときは特に考える。老後の不安はだれもが持って生きている。健康への不安も大きい。

その昔はなにかでありたくて生きた。Y氏に会ったときに恥ずかしくない自分でいたいと。結婚して塾の仕事をがんばった。それなりに人生に形が付いた。でも、あっけなく崩れた。Y氏も消えていった。今は、何もない。ただ健康で穏やかで過ごしていたいと思う。なにかである必要がなくなった。初めからそれで生きていればよかったのに・・・。親に期待、失敗への後悔、そんなことで頑張りすぎた。

法務局の帰りに八幡さまの茅の輪くぐりを正しくしてきた。(3回正しく回った)災難や病難が免れてこの夏を越すという。何であれ、健康でありたい、あってほしいと思う。

母の分 も一つくぐる 茅の輪かな  一茶

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クレーマー クレーマー

2019-06-25 20:36:36 | 日記

よく眠れたので、目が覚めると7時半だった。暑くなりそうだ。2日間、身体を休めるために掃除と料理などをしてのんびり過ごした。書類が整頓され掃除機をかけたり、拭き掃除をした部屋は、1日はきれいだろう。料理もいろいろ作って満足した。久しぶりにちゃんと料理をした。やはり、自分は主婦がいいのだ と思った。1度家を出てからは、働かないと生活ができなかった。だれかに養ってもらうという回路がなかったのだろうか・・・・。そんなことを考えると、男性はたいへんだなぁ と思う。結婚して家族を養うために働くのだから。

30年前くらいだろうか、親友のYちゃんがクレーマークレーマーといって父子家庭をみるにみかねて夕食のおかずなどを差し入れしていたのは。小学生の男の子2人とお父さんの暮らしだったと思う。バトミントンで子供同士が友だちだった。彼女はその指導をしていた。何かの機会に家に行って、その散乱ぶりに「うちがひどいどころではないのよ」と片付けていいものか悩んでいた。もともと母性溢れる彼女のこと、みてはいられなかったらしい。とはいえ、彼女には嫉妬深いご主人がいた。子供達のためにと、できる援助はしていた。

映画のクレーマークレーマーを思い出した。男性が親権を持つ場合もあるが、仕事を替えなくては家事や育児ができないことが多い。現場でバリバリ働いていたお医者さまが勤務時間できちんと帰れる職場に替えたことがあった。経済的には恵まれていても大変なことだった。女の子がいればいいが、男の子だと大変だった。それでも男同士でなんとか切り抜けていた。いい雰囲気だった。

前述の男性を好きになった女性がいたそうだ。でも、家にいって散乱した部屋を見てひいてしまったとか。Yちゃんの怒ること怒ること。人をね好きになるということはそういうことじゃないのよ と。そうだよね、私もなんでもしてあげたくなるだろうな。これがいけない!人生の敗因はそこにありそうだ。(笑い)

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