永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(493)

2009年09月07日 | Weblog
 09.9/7   493回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(47)

 このように紫の上が蘇生されました後は、源氏も殊に物怪を恐ろしくお思いになって、さらに厳めしい修法を追加しておさせになります。

「現人にてだに、むくつけかりし人の御けはひの、まして世かはり、あやしきものの様になり給へらむを思しやるに、いと心憂ければ、中宮をあつかひ聞こえ給ふさへぞ、この折は物憂く…」
――生存中でさえ不気味であった六条御息所が、ましてあの世で、異様なお姿になられたことを察せられましたので、ますます不愉快になられ、秋好中宮のお世話をなさるのさえ今は気が進まず――

「言ひもてゆけば、女の身は皆おなじ罪深きもとゐぞかしと、なべて世の中いとはしく、かのまた人も聞かざりし御中の睦物語に、すこし語り出で給へりしことを、いひ出でたりしに、まことと思し出づるに、いとわづらはしく思さる」
――煎じつめれば、女というものは皆同様に、罪障の基となるものだと、男女の仲というものは厭わしいものよ。あの日の、他に聞く人もない紫の上との睦み語らった中で、ちょっと六条御息所のことにも触れたことを、物怪が言いだしたことをみると、まことに御息所に違いないと思いだされて、源氏はひどく煩わしいお気持ちになります――

「御髪おろしてむ、と切に思したれば、忌むことの力もやとて、御頂きしるしばかり剪みて、五戒ばかり受けさせ奉り給ふ。
――(紫の上が)剃髪させてほしいと熱心に望まれますので、源氏は、授戒の功徳もあろうかと、頭の毛を、ほんのしるしだけ切って、五戒だけ受けさせなさいました――

 御戒の導師が受戒の功徳の広大な由を仏に申し上げております。源氏は人目もはばからず紫の上の傍に付ききって、涙を拭いつつ念仏なさっておいでのご様子は、

「世にかしこくおはする人も、いとかく御心惑ふ事にあたりては、えしづめ給はぬわざなりけり。(……)夜昼思し歎くに、ほれぼれしきまで、御顔もすこし面痩せ給へにたり」
――源氏ほどの賢人でいらっしゃっても、これほど困惑なさることに当たっては、お心を鎮めることができないようです。(どのようにすれば、紫の上の命を延ばしてさしあげられるものかと)夜昼歎かれていらっしゃるので、まるで気が抜けたようで、お顔も少しお痩せになってしまわれた――

◆もとゐ=基

世の中のこと=男女の関係

◆五戒=殺生、偸盗(ちゅうとう=ぬすみ)、邪淫、妄語、飲酒の五つの事を慎む戒。

◆ほれぼれしき=惚れ惚れしき=放心したさま。ぼんやり。うっとりする。

◆写真:ムクゲ

ではまた。