09.9/27 513回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(67)
源氏は続けて、
「御賀といへば、事々しきやうなれど、(……)拍子ととのへむこと、また誰にかはと思ひめぐらしかねてなむ、月頃とぶらひものし給はぬうらみも棄ててける」
――御賀と言いますと大袈裟なようですが、(私の孫たちが大勢いますので、それを院にご覧いただこうと思って舞の稽古をはじめました)その拍子取りを貴方の他に考えつきませでしたので、ながらく御来訪のない恨みも忘れてお呼びした次第です――
こうおっしゃる源氏のご様子は、何の屈託もないようにお見受けするものの、柏木は、
「いとどはづかしきに、顔の色違うらむと覚えて、御いらへもとみに聞こえず」
――まことに面目なく、恥ずかしさに、我ながら顔色も変っているに違いないと思えて、お返事も急には口に出ません――
柏木は驚愕しながら、
「月頃かたがたに思しなやむ御こと、承り歎き侍りながら、春の頃ほひより、例もわづらひ侍る、みだり脚病というもの、所せく起こりわづらひ侍りて、はかばかしく踏み立つる事も侍らず、月頃に添へて沈み侍りてなむ、内裏などにも参らず、世の中あと絶えたるやうにて籠り侍る」
――長らくあの方この方のご病気で、ご心痛のことを承り心配しておりましたが、私はこの春頃から、持病の脚気という病気がひどくなりまして、しっかりと立ち歩きもできず、月日とともにさらに弱くなりまして、参内もせず、世間と絶縁の有様で引き籠もっております――
「院の御齢足り給ふ年なり、人よりさだかに数へ奉り仕うまつるべきよし、致仕の大臣思ひおよび申されしを、(……)重き病をあひ助けてなむ、参りて侍し」
――朱雀院が五十歳におなりになる年でもあり、人一倍お祝い申し上げるべき事を、父大臣も存知及んではいるのですが、(何分退官した身で出すぎてはと、「おまえは、身分は低いが、志は私と変わるまい、それをご覧いただきなさい」と勧められましたので、
重病をこらえて去る日、参上いたしました――
柏木の言葉を、源氏は聞かれて、「落葉の宮ご主催の御賀の盛大なのを聞いていたが、それとは言わずにいること」を、なかなか思慮ある心だと感心なさった。
◆みだり脚病=脚気
◆写真:源氏の前におののいている柏木 Wakogenjiより
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(67)
源氏は続けて、
「御賀といへば、事々しきやうなれど、(……)拍子ととのへむこと、また誰にかはと思ひめぐらしかねてなむ、月頃とぶらひものし給はぬうらみも棄ててける」
――御賀と言いますと大袈裟なようですが、(私の孫たちが大勢いますので、それを院にご覧いただこうと思って舞の稽古をはじめました)その拍子取りを貴方の他に考えつきませでしたので、ながらく御来訪のない恨みも忘れてお呼びした次第です――
こうおっしゃる源氏のご様子は、何の屈託もないようにお見受けするものの、柏木は、
「いとどはづかしきに、顔の色違うらむと覚えて、御いらへもとみに聞こえず」
――まことに面目なく、恥ずかしさに、我ながら顔色も変っているに違いないと思えて、お返事も急には口に出ません――
柏木は驚愕しながら、
「月頃かたがたに思しなやむ御こと、承り歎き侍りながら、春の頃ほひより、例もわづらひ侍る、みだり脚病というもの、所せく起こりわづらひ侍りて、はかばかしく踏み立つる事も侍らず、月頃に添へて沈み侍りてなむ、内裏などにも参らず、世の中あと絶えたるやうにて籠り侍る」
――長らくあの方この方のご病気で、ご心痛のことを承り心配しておりましたが、私はこの春頃から、持病の脚気という病気がひどくなりまして、しっかりと立ち歩きもできず、月日とともにさらに弱くなりまして、参内もせず、世間と絶縁の有様で引き籠もっております――
「院の御齢足り給ふ年なり、人よりさだかに数へ奉り仕うまつるべきよし、致仕の大臣思ひおよび申されしを、(……)重き病をあひ助けてなむ、参りて侍し」
――朱雀院が五十歳におなりになる年でもあり、人一倍お祝い申し上げるべき事を、父大臣も存知及んではいるのですが、(何分退官した身で出すぎてはと、「おまえは、身分は低いが、志は私と変わるまい、それをご覧いただきなさい」と勧められましたので、
重病をこらえて去る日、参上いたしました――
柏木の言葉を、源氏は聞かれて、「落葉の宮ご主催の御賀の盛大なのを聞いていたが、それとは言わずにいること」を、なかなか思慮ある心だと感心なさった。
◆みだり脚病=脚気
◆写真:源氏の前におののいている柏木 Wakogenjiより
ではまた。