永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(500)

2009年09月14日 | Weblog
 09.9/14   500回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(54)

 源氏は、女三宮の侍女の中に、柏木の筆跡に似せて書いた者でも居るのでは、ともお考えになりますが、

「言葉づかひきらきらと、まがふべくもあらぬ事どもあり。年を経て思ひわたりける事の、たまさかに本意かなひて、心安からぬ筋を書きつくしたる言葉、いと見どころありてあはれなれど、いとかくさやかに書くべしや…」
――手紙の文句が鮮やかで、他の人とは思えない点がある。長い間の恋がふいに叶って、そのあとの離れていることの不安だという意味のことを実に上手く書いてあって、同情できるところもあるけれど、恋文などをこうあからさまに書くものだろうか――

「あたら人の、文をこそ思ひやりなく書きけれ、落ち散ることもこそと思ひしかば、(……)かの人の心をさへ見貶し給ひつ」
――あれほど(柏木)ともあろう人が、よくもこんな思慮もない手紙を書いたものだ。手紙がどこかで他の人に渡りはしないかと思って、(細やかな気持ちでもぼかして書いたものだ。用心深さというものは難しいものなのだ)源氏は柏木の心さえ軽蔑なさったのでした――

 源氏はお心のなかで思い巡らします。

「さても、この人をば如何もてなし聞こゆべき、めづらしきさまの御心地も、かかる事の紛れにてなりけり、いであな心憂や、かく人伝ならず憂きことを知る知る、ありしながら見奉らむよ…」
――さて、それにしても女三宮をどう処置申し上げるべきか。懐妊のご様子も、こういう過ちの結果だったのだ、ああ厭なことよ、こうしてはっきりと秘密を知りに知ってしまってからも、今まで通りお世話するのか――

 源氏はご自分としても、心をとり直すことは出来まいとお思いになります。初めから大して気にも留めていない女でも、他の男を愛していると知ったなら気に入らず、突き放してしまうものを、

「様殊におほけなき人の心にもありけるかな、帝の御妻をもあやまつ類、昔もありけれど、それはまたいふ方異なり、宮仕へといひて、われも人も同じ君に馴れ仕うまつる程に、自づから、さるべき方につけても、心を交はしそめ、物の紛れ多かりぬべきわざなり…」
――女三宮に対しての柏木の場合はとんでもないやり方だ。皇妃を犯した男の例は昔もあったが、それはまた事情が別だ。宮仕えとて自分も相手も同じ主君に親しくお仕えしているうちに、自然個人的にも心を通わし始め、間違いも生じがちなものなのだが…――

ではまた。