永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(501)

2009年09月15日 | Weblog
 09.9/15   501回

十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(55)

 それにしても、と源氏は思いつづけて、

「かくばかりまた無きさまにもてなし聞こえて、内内の志ひく方よりも、いつくしくかたじけなきものに思ひはぐくまむ人をおきて、かかる事はさらに類あらじ、と爪弾きせられ給ふ」
――(女三宮を)並ぶ者ない本妻の位置に置いて、内心は愛している紫の上よりも、立派に尊い御方として大切にお世話している自分を差し置いて、こういう大それたことをするとは、全く例があるまいと、源氏は柏木を非難せずにはいられない……と、味気なく爪弾きをなさっております――

 例えば、帝にただ素直に宮仕えをしている女が、親切な男の口説きに従って、互いに深く愛し合い、心に沁みる情愛を交わしてゆくような間柄は、同じ不都合といっても理由が立つ。わが身として考えるに、宮が柏木にお心をお分けになろうとは、はなはだ不愉快でならない。かといって、

「また気色に出だすべき事にもあらずなど、思し乱るるにつけて」
――顔色に出すべきことでもないなどと、煩悶なさるにつけても――

「故院のうへも、かく御心にはしろしめしてや、知らず顔をつくらせ給ひけむ、思へばその世の事こそは、いと恐ろしくあるまじき過ちなりけれ、と近き例を思すにぞ、恋の山路はえもどくまじき御心交りける。」
――亡き御父の桐壷院も、自分と藤壺の秘事を内心ご存じでありながら、知らぬ振りをなさったのだろうか。思えばあの時の秘密こそ実に恐ろしく、不埒な罪であったなあ、と、手近なご自分の例をお考えになりますと、他人の恋の迷いを非難することが出来ないような気にもなるのでした――

 源氏は、女三宮の事件を気になさらない振りをなさっていますが、お側の紫の上は、その理由がご自分の病のために、六条院へ赴かれない気の塞ぎかと思われて、「私は気分も良くなりましたので、早く宮の所へ」と申し上げますと、源氏は、

「然かし。(……)すこし疎かになどもあらむは、こなたかなた思さむことの、いとほしきぞや」
――それがですよ。(宮は大した事もないようでしたよ。ただ帝からお見舞いの使者がお出でになって、朱雀院から大事にするようにとのお頼みがあったのでしょう、今日もお手紙がきたそうです)少しでも宮を私が粗末にしましては、院や帝の思惑が気にかかりますのでね――

などと、大そう辛そうにおっしゃる。

◆えもどくまじき=え(決して)もどく(非難する)まじき(ことはできない)

ではまた。