永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(497)

2009年09月11日 | Weblog
09.9/11   497回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(51)
 
 夕方になって源氏は二条院にお渡りになるご挨拶をしに、女三宮のお部屋に来られ、

「ここには、けしうはあるず見え給ふを、まだいと漂はしげなりしを、見棄てたるやうに思はるるも、今さらにいとほしくてなむ。ひがひがしく聞こえなす人ありとも、ゆめ心おき給ふな。今見なほし給ひてむ」
――あなたは大した事もないようにお見受けしますが、紫の上はまだ安心できない状態のところ、まるで見棄てたように思われますのも、今となっては気の毒ですからね。紫の上ばかりを大事にして…などと間違ったことを申し上げる人がいても、決して懸念してはなりませんよ。今に私の本心がお分かりになるでしょうから――

 いつもでしたら、子供っぽい冗談などおっしゃる女三宮ですが、ひどく沈んでまともに源氏とお顔を合わせられません。源氏はやはり嫉妬のためだと思って、可愛いものだと思っていらっしゃる。
このお部屋で少しうたた寝をなさって、夕方になって蜩(ひぐらし)が鳴き始めましたので、源氏は「日が暮れる前に二条院へ行かねば」と着替えなどなさいますと、女三宮の歌、

「夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きてゆくらむ」
――夕露に袖をぬらして私に泣けとのおつもりでしょうか、このひぐらしの鳴くのを聞きながらお帰りになるというのは――

 と、子供っぽいお気持ちのままを詠みかけられました歌もいじらしく、「ああ、困ったことだ」とため息をつかれ、結局この夜はこちらにお泊りになりました。

翌朝、まだ涼しい間に源氏は二条院へいらっしゃるつもりで、はやくお起きになります。

「よべのかはほりを落して、これは風ぬるくこそありけれ」
――昨夜の扇を落したので、これでは風が涼しくないな――

と、昨日うたた寝をなさったあたりを、立ち止まってご覧になりますと、

「御褥のすこしまよひたるつまより、浅緑の薄様なる文の、押し巻きたる端見ゆるを、何心もなく引き出でてご覧ずるに、男の手なり」
――お布団の少しずれている端から、浅緑の薄紙のお文のようなもので、巻き紙の端が見えましたので、何の気なしに引き出してご覧になりますと、男の筆跡です。

◆女三宮に対する源氏の立場は、内親王と臣下であるところから、会話は謙譲語となります。

◆写真:かはほり=骨の片面に紙を張った扇で、形が蝙蝠(こうもり)に似ている故の称。風俗博物館

ではまた。