永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(512)

2009年09月26日 | Weblog
 09.9/26   512回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(66)

 柏木から、参上できませんというお返事に、源氏は、

「さるは、そこはかと苦しげなる病にもあらざなるを、思ふ心のあるにやと、心苦しくおぼして、取りわきて御消息つかはす」
――そうとは言っても、柏木は別段特に悪い病気でもないのに、多分気兼ねをしているのであろうと、気の毒にもお思いになって、特にお言葉をお伝えになります――

父大臣(今は致仕の)も、

「などか、かへさひ申されける。ひがひがしきやうに、院にも聞し召さむを、おどろおどろしき病にもあらず、助けて参り給へ」
――どうしてご辞退されたのか。拗ねているように源氏に思われましょうに。大した病気でもなし、我慢して参上しなさい――

 と、柏木を促されます丁度その時に、源氏からも催促が参りましたので、「ああ、辛い、苦しい」と心に思いながら参上なさったのでした。まだ上達部なども集まっていらっしゃらない時刻でしたので、源氏はいつものように、柏木をほど近い御簾の内にお入れになって、御自分は母屋の御簾越しにいらして、柏木の様子をご覧になりますと、

「げにいといたく痩せ痩せに青みて、例も誇りかにはなやぎたる方は弟の君達にはもて消たれて、いと用意あり顔にしづめたる様ぞことなるを、(……)ただ事のさまの、誰も誰もいと思ひやりなきこそ、いと罪ゆるしがたけれ、など御目とまれど、さりげなくいとなつかしく」
――まことにひどく痩せはてて、顔色も青白く、普段から華やかな点は弟君よりは少なくて、大そうたしなみ深そうに落ち着いた人ではありましたものの、(今日は一段と沈んでおられ、その様子は皇女方の婿として並べてみても、なるほど差し障りがなさそうですが)ただ、例の一件で、柏木も女三宮もまことに思慮に欠けた態度であるのが、勘弁ならぬなどと考えられて、源氏は柏木を見つめる目がキッと鋭くなりましたが、そこはさりげなく優しいお言葉にして――

「その事となくて、対面もいと久しくなりにけり。(……)院の御賀のため、ここにものし給ふ御子の、法事仕うまつり給ふべくありしを、つぎつぎ滞ることしげくて、かく年もせめつれば(……)」
――何ということもなしに、お会いすることも随分久しく絶えていましたね。(この数カ月あちこちの病人の世話で気の休まる暇もない間に)朱雀院の御賀のため、ここにおられる女三宮が仏事をなさる筈のところを、次々と差し障りができまして、こんなに年末も迫りましたので(ほんの型通り、朱雀院に精進料理を差し上げることになりました)――
 と、先ずはお話しされます。

◆かへさひ申す=ご辞退申し上げる

◆ひがひがしきやうに=僻が僻むしき=ひねくれている、素直でない。

◆おどろおどろしき病=(はっとする意の動詞から)大袈裟で気味悪い病気、ひど く重い病

ではまた。