09.9/25 511回
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(65)
霜月(11月)は年末も近く、なにかと落ち着かない時節になりますが、源氏は、
「またいとどこの御姿も見苦しく、待ち見給はむをと思ひ侍れど、さりとてさのみ延ぶべき事にやは。むつかしくものおぼし乱れず、あきらかにもてなし給ひて、このいたく面痩せ給へる、繕ひ給へ」
――(そうかといって)段々あなたのお姿も見苦しくなってくるでしょうし、せっかくお待ちになっておいでの朱雀院を思いますと、これ以上日を延ばすこともできないでしょう。くよくよなさらず元気を出して、そのやつれたお顔をお化粧なさい――
とおすすめになるのでした。
さて、今までの源氏は衛門の督(柏木)を何か興のある時には必ずお呼び寄せになって、ご相談などなさいましたのに、その後はまったくそうしたお誘いもなさらない。
「人あやしと思ふらむとおぼせど、見むにつけても、いとどほれぼれしき方はづかしく、見むにはまたわが心もただならずやと思し返されつつ、やがて月頃参り給はぬをも咎めなし」
――人は変に思うことだろうと源氏はお考えになりますが、柏木と顔を合わせては、自分の間抜けさ加減を見られのも恥ずかしく、会えば会ったで自分の心が穏やかではいられないだろうと思い直されては、あれ以来柏木が何か月も六条院へ参上されないのも、お咎めになりません――
大方の人々は、柏木がずうっと病気だということと、六条院でも管弦のお遊びなどもない年でもありましたので、特に不信には思っていないようでしたが、大将の君(夕霧)だけは、
「あるやうある事なるべし。好き者は定めて、わが気色とりし事には忍ばぬにやありけむ」
――何か理由があってのことだろう。あの浮気者はきっと私の思っていた通り、宮への恋を辛抱できなかったのではなかったか――
とは思い寄りましたが、まさかこれほど何もかも源氏に知られていようとは、想像もしておりませんでした。
十二月になりました。朱雀院の御賀の日を十日ほどと決めて、舞楽などの練習が六条院をあげて賑やかに行われています。この試楽の日には紫の上もご覧になりたさに、六条院においでになりました。
源氏は、このような折に柏木をお呼びにならないのは、催しも物足りなく、人も変だと首をかしげるに違いないので、是非参られるようにと伝えましたが、柏木は「病気のため参上できません」とお返事をされたようです。
◆試楽=本番の管弦の舞楽には男性だけが参加できます。参加できない女性のために、本番さながらの催しをして、女たちを楽しませる恒例。
ではまた。
三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(65)
霜月(11月)は年末も近く、なにかと落ち着かない時節になりますが、源氏は、
「またいとどこの御姿も見苦しく、待ち見給はむをと思ひ侍れど、さりとてさのみ延ぶべき事にやは。むつかしくものおぼし乱れず、あきらかにもてなし給ひて、このいたく面痩せ給へる、繕ひ給へ」
――(そうかといって)段々あなたのお姿も見苦しくなってくるでしょうし、せっかくお待ちになっておいでの朱雀院を思いますと、これ以上日を延ばすこともできないでしょう。くよくよなさらず元気を出して、そのやつれたお顔をお化粧なさい――
とおすすめになるのでした。
さて、今までの源氏は衛門の督(柏木)を何か興のある時には必ずお呼び寄せになって、ご相談などなさいましたのに、その後はまったくそうしたお誘いもなさらない。
「人あやしと思ふらむとおぼせど、見むにつけても、いとどほれぼれしき方はづかしく、見むにはまたわが心もただならずやと思し返されつつ、やがて月頃参り給はぬをも咎めなし」
――人は変に思うことだろうと源氏はお考えになりますが、柏木と顔を合わせては、自分の間抜けさ加減を見られのも恥ずかしく、会えば会ったで自分の心が穏やかではいられないだろうと思い直されては、あれ以来柏木が何か月も六条院へ参上されないのも、お咎めになりません――
大方の人々は、柏木がずうっと病気だということと、六条院でも管弦のお遊びなどもない年でもありましたので、特に不信には思っていないようでしたが、大将の君(夕霧)だけは、
「あるやうある事なるべし。好き者は定めて、わが気色とりし事には忍ばぬにやありけむ」
――何か理由があってのことだろう。あの浮気者はきっと私の思っていた通り、宮への恋を辛抱できなかったのではなかったか――
とは思い寄りましたが、まさかこれほど何もかも源氏に知られていようとは、想像もしておりませんでした。
十二月になりました。朱雀院の御賀の日を十日ほどと決めて、舞楽などの練習が六条院をあげて賑やかに行われています。この試楽の日には紫の上もご覧になりたさに、六条院においでになりました。
源氏は、このような折に柏木をお呼びにならないのは、催しも物足りなく、人も変だと首をかしげるに違いないので、是非参られるようにと伝えましたが、柏木は「病気のため参上できません」とお返事をされたようです。
◆試楽=本番の管弦の舞楽には男性だけが参加できます。参加できない女性のために、本番さながらの催しをして、女たちを楽しませる恒例。
ではまた。