永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(504)

2009年09月18日 | Weblog
 09.9/18   504回

三十五帖【若菜下(わかな下)の巻】 その(58)

 やはり女三宮は大そう可憐ですので、源氏は、宮をきっぱりと退けておしまいにもなれず、胸にしみていじらしくも思われて、御安産のご祈祷なども懇ろに申しつけて万事そつなくおさせになります。しかし、

「大方の事はありしにかはらず、なかなかいたはしく、やむごとなくもてなし聞ゆるさまをまし給ふ。気近くうち語らひ聞こえ給ふさまは、いとこよなく御心隔たりて、かたはらいたければ、人目ばかりをめやすくもてなして、思しのもだるるに、この御心に中しもぞ苦しかりける」
――(源氏は)女三宮への大体のお取扱いは以前と変わらず、むしろ前よりも労わって大切にしてお上げになりますが、打ち解けて語り合われることは、あまりにも隔たりが大きく感じられて具合が悪いので、人前だけうまく繕って、内心では悶え苦しんでいらっしゃるご様子に、傍らの女三宮の心中こそ実にお苦しそうです――

「さること見きともあらはし聞こえ給はぬに、みづからいとわりなくおぼしたるさまも、心をさなし」
――源氏はあの手紙を見ましたよ、ともはっきり申し上げませんので、女三宮が一人苦しんでおられるのも、このうえなく幼稚というほかありません。――

 源氏は女三宮のこのような幼稚なご様子をご覧になって、全くこれだから大事も起こったのだ。おっとりしておいででも、余りにも気が利かぬのは、何とも頼りない事だ。それにしても男女の関係というものはなんと不安なものだろう。宮中におられる明石の女御(源氏と明石の御方の唯一の姫君)があまりおっとりしていて、もしや柏木のような想いを懸ける男が現れたなら、きっと心が焦がれよう、

「女はかうはるけ所なくなよびたるを、人もあなづらはしきにや、さるまじきにふと目とまり、心強からぬあやまちはし出づるなりけり」
――女というものは、こうはっきりせず、内気で柔和なのを男も見くびってか、ふと横恋慕などして、女がきっぱり断れないところから間違いは生じるものなのだ――

 などと源氏は、つくづくとお思いになるのでした。

◆思しのもだるるに=心はもだえ(悶え)て=悶え苦しんで

◆はるけ所=晴るけ所=思いの晴れるところ、気晴らしのできるところ。

ではまた。