◎シロウトといわれ、楽隊と指さされ(服部正)
昨日の続きである。平凡社の「人間の記録双書」シリーズについて紹介している。佐藤一『被告――松川事件の二十人』(一九五八)にはさみこまれていた宣伝用のチラシから、同シリーズの内容を紹介してきた。チラシの紹介はこれが最後(改行は、原文のまま)。
よくできた宣伝文だと思う。やはり、このシリーズは、谷川健一が担当していていたのではないか。宣伝文も谷川が書いていたのではないか。
和田梅子著 靴みがき 定価 一七〇円
銀座うらのビルの蔭で、彼女は今日も靴を磨いている、
残された子どもたちがせめて一人前になるまでと。戦中、
戦後にかけての苦しい彼女の歴史は、戦争の惨禍がどのよ
うな爪痕を庶民の暮しに残したかを痛切に語りかける。
稲葉真吾著 町大工 定価 二二○円
関東大震災の焼跡に立って、東京復興を誓った著者が、
以来三十年、のみととんかちをもって渡り歩いた大工世界
の全貌を、滑らかな筆致であますところなく活写したこの
記録は、家を建てる人々への親切な忠告書でもある。
望月優子著 生きて愛して演技して 定価一九〇円
これは華やかな銀幕の女王の物語ではない。日蔭の子供
として生み落された著者が、ひたすらに人間の愛を信じ、
生きた記録。ここには隣りのおかみさん、平凡なサラリー
マンの妻、子供をヒシと抱いて離さぬ母親の姿がある。
森伊佐雄著 昭和に生きる 定価 二二〇円
真珠湾からビキニ実験まで――一塗仕繊人が初めて書い
た庶民の昭和史。歴史の「その他大勢」の、声なき悲憤の
どよめきが、この一巻に籠る。著者の辛辣にしてユーモラ
スな批判眼は、日本の大衆の健康さを遺憾なく物語る。
金子光晴著 詩 人 定価 二二〇円
「詩人とはポカンと空を見ている人間の代名詞ではない」
春画を売って外遊し、息子を故意に喘息にして徴兵から守
った人間。「鮫」「落下傘」などの詩集でファシズムに抗
議し、日本人の存在証明を行った狷介な著者の流亡史。
増田小夜著 芸 者 定価 二〇〇円
親も知らず名も知らず、捨犬のように育って十二歳で芸
者に売られた著者は、性奴隷修業の中で抵抗をつづけ、二
十歳で脱出。貧窮と死の谷間で、深夜字を学びながら書き
綴った本書は、まさに人間復活の記念碑といえよう。
西村滋著 不良少年 定価 二二〇円
映画「不良少年」の原作者が書いた、非行少年の赤裸々
な実態。十二歳で孤児になり、少年院、脱走、病気、放浪
などを経て、ついに転落したやくざ世界からいかにしては
い上り、再生したか。その奇蹟のすべてが語られている。
中野清見著 ある日本人 ―第一部― 定価 二三〇円
虐げなき国はどこにある? 悲しい秘境の村を逃れ、ユ
ートピアの夢を求めて、四国の鉱山を、満洲の荒野を幾変
転。すべての日本人がなめた大正・昭和の喜びと悲しみの
彫像は、逆境に生きるすべての人々を心から激励する。
中野清見著 ある日本人 ―第二部― 定価 二三〇円
沖縄の死線をくぐって、日本人は村に帰った。故郷は依
然として、遺制と貧窮の霧にとざされていたが、この日本
人は村長になり、痛烈なユートピアヘの鉈をふるった。戦
後 農地改革の政治過程を猫き、百の小説にまさる白眉編。
服部正著 広場で楽隊を鳴らそう 定価 二二〇円
学生マンドリンからマス・コミ音楽の寵児へ。シロウト
といわれ、楽隊と指さされながら、青響、コンセル・ボビ
ュレールを経て「広場のコンーサート」へ至る著者の足跡は、
昭和音楽史のなかに、ユニークな地歩をしめている。
片山碩夫著 港の医者 定価 二五〇円
片山先生は真珠の港、英虞湾にある浜島の田舎医者。患
者と医者という、ビジネス化できないこの宿命的な関係が
どんな波紋を、微苦笑を誘うか――そのさまざまな生活風
景を、外科医のメスの如き筆致で小気味よく描写した。
板津秀雄著 看 守 定価 二四〇円
看守といえば昔の獄卒、囚人をいじめる牢屋番という偏
見は、現代にも少くない。受刑者は今ではお客さん、看守
は寝るヒマなしの無期懲役さ、と笑いながら汗をふく万年
看守板津さんの、これは善意あふれるアラビアンナイト。
高橋佐太郎著 草分け運転手 定価 二三〇円
「エンジン年生れの自動車男」と自ら称する著著が、明治
四十二年、金ピカ服を着た草分け運転手として出発し、自
動車へのつぎない愛情に支えられて自動車会社を起すまで
のこの自動車男一代記は、近代風俗世相史でもある。
大村重子他著 主 婦 定価 二五〇円
主婦のための、主婦による、記録的主婦概論。集団執筆
による主婦の一生。サラリーマンの奥さんたちの、やさし
く、しかも聡明な知恵と生活の倫理は、世の夫族を心から
動かさずにはおかない。夫と妻に贈る愛情と反省の記録。
梨本祐平著 中国のなかの日本人(一・二部) 定価 二三○・二五〇円
筆者は松岡洋右の懐刀。昭和三年渡満して以来二十年、
謀略の渦まく華北で、翼東政府顧問としてつぶさに強盗的
侵略の実態を目撃した。本渓湖の暴動、通州虐殺事件等々
の秘史を通して明らかにした日本侵略史の驚くべき内幕。
佐藤一著 被 告 定価 二五〇円
偶然の機会に、生れて初めて足をとめた東北線「松川」
は、著者の青春を奪い去ってしまう「事件」を持って待っ
ていた。他人の自白で死刑を宜告され、他の十九人の被告
たちと無実を叫んで斗った風雪の九年間。広津和郎氏序。