◎大東亜戦争は遂に最悪の事態に立ち至つた(情報局総裁談)
藤本弘道『陸軍最後の日』(新人社、1945)から、「敗戦の日来る」の章を紹介している。本日は、その二回目。
何故ならば、鈴木〔貫太郎〕首相は、第八十七臨時議会の初の施政演説に於いて、
『米国は今日我に対し無条件降伏を揚言して居るやに聞いて居るが、かくの如きは正に我が國體を破壊し我が民族を滅亡に導かんとするものである。これに対して我々の執るべき途は唯だ一つ、飽く迄も戦ひ抜くことであり、帝国の自存自衛を全うすることである……我が国民の信念は七生尽忠〈シチショウジンチュウ〉である。我が國體を離れて我が国民は存在しない。敵の揚言する無条件降伏なるものは、畢竟〈ヒッキョウ〉するに我が一億国民の死といふ事である。我々は一に〈イツニ〉戦ふのみである。若し本土が戦場となれば、地の利、人の和、悉く敵に優ること万々〈バンバン〉である。即ち優勢なる大軍を所要の地点に集中することも、これに対する補給も、最も容易に遂行し得るのであつて、これまでの島嶼に於ける戦況とは全く異り、必ずや敵を撃攘し、その戦意を壊滅せしむることが出来るのである』
と述べ、ポツダム宣言に対しては七月二十八日の内閣記者団との会見に於いて
『私はあの共同声明はカイロ会談の焼直しであると考へてゐる。政府としては何ら重大な価値あるものとは考へない。たゞ黙殺するだけである。我々は戦争完遂に飽く迄も邁進するのみである』
と公言して居るのみならず、阿南〔惟幾〕陸相も臨時議会の壇上に於いて
『同胞各位が陸軍に寄せられたる絶大の信頼と御援助に対しては、来るべき本土決戦に於いて赫々〈カッカク〉たる勝利の事実を以て御応へ致し度い覚悟である』
と約束し、米内〔光政〕海相も亦
『帝国海軍は、愈々不屈の闘魂を振起し、執拗強靱なる猛撃を反覆して連続敵を撃摧するとともに、幾多の困難を克服し、超人的努力を以て日本的戦備の強化促進に努め、全軍特攻隊となり、如何なる局面発生するも不撓不屈、断乎として戦ひ抜き聖戦目的を達成せんことを固く期してゐるものである』
と放言した事実を、誰もが記憶してゐたからである。
然し一部の鋭敏な者達にとつては、この総裁談を掲載した各新聞の所謂前書き記事のなかに、或ひはこの談話を放送したラジオの解説中に、それぞれ
『大東亜戦争は遂に最悪の事態に立ち至つた。原子爆弾、ソ連の参戦といふ真に重大なる段階に直面して、政府は全智全能を挙げて國體護持と敵の残虐破摧のため最善の方策に努力しつゝあるが、我々一億国民は今こそ最後の一線たる國體護持に上下一体全力を傾注すべきである。そのためには今後予想さるべき如何なる重大事態にも、神州不滅の信念に徹し、飽く迄も聖旨を奉じ、大国民の矜持と襟度とをもつて対処せねばならぬ』
といふ意味のことが強くうたはれてゐることが疑問の種となり、とかくの臆測が云々されてゐた。とはいへ、それまでの日本人としての信念、或ひは気持の上からいつて、敗戦といふ事実を判然と認識することは誰もが出来なかつたことだけは、この鋭敏な者達にとつても同様であつたといふことは出来る。【以下、次回】
解説するまでもないが、情報局総裁は、「日本政府は、國體護持を条件に、ポツダム宣言を受け入れることを考えているので、日本国民は、矜持と襟度をもって、この重大事態に対処されたい」ということを、遠回しに国民に伝えたのである。「一部の鋭敏な者達」は、おそらく、談話の意図を読みとったと思われる。