礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

本多熊太郎とポピュリズム

2021-11-25 00:57:31 | コラムと名言

◎本多熊太郎とポピュリズム

 昭和前期の日本は、日中戦争が泥沼の膠着状態にある中で、さらに米英に対して宣戦を布告し、その五年後には、完膚なき敗戦を迎えることになった。
 今日から見れば、なぜ、当時の日本政府中枢は、米英に対して戦いを挑んだのか、なぜ、当時の日本国民は、そうした日本政府中枢の決断を支持したのか、「不可解」という印象が強い。
 しかし、本多熊太郎の講演記録「現前の世界情勢と日本の立場」を読んでゆくと、そうした印象は、やや弱まる。そこには、一九四〇年(昭和一五)当時の「反英米論」、「強硬論」が、生々しい形であらわれているが、当時の国民は、そうした「反英米論」、「強硬論」に、強く惹かれていったのであろうと推察できるからである。
 もちろん、本多の講演内容には、重大な判断の誤りがあった。「其の五」のところで、本多は、「欧洲戦争は完全に英国側の敗北である」と述べている。この本多の状況認識と予想は、正しくなかった。英国は、一九四〇年七月の「バトル・オブ・ブリテン」で、ナチスからの攻撃をはねかえしている。
 また本多は、「其の四」のところで、「他国に依存して自国の安全を図るといふやうな外交をやつてゐたのでは、国が滅びるぞ」と述べていた。しかし、当時の日本政府中枢は、「他国」すなわち、ナチス・ドイツに依存して「自国の勢力拡張を図る」ような外交をやっていた。結果的には、そのことが自国を亡ぼす要因になったのである。
 しかし、当時の日本政府中枢は、そうした判断の誤りを認めなかった。判断を誤ったまま自国の勢力拡張を図った。本多熊太郎を代表とする反英米論者、強硬論者もまた判断を誤り、日本政府中枢の判断の誤りを助長した。当時の国民もまた、本多熊太郎らの言説に踊らされ、日本政府中枢の勢力拡張路線を積極的に支持し、これに加担した。
 秋田市で本多熊太郎の講演がおこなわれたのは、一九四〇年(昭和一五)七月であった。同年二月、国際法学者の蜷川新(にながわ・あらた)は、『日本及日本人』誌に、「独逸依存の言説の非理」という論文を寄せ、ドイツに依存しようとする日本政府中枢に対し、強い警告を発した(この論文は、すでに当ブログでも紹介した。本年一〇月七日~一〇日)。
 今日から見れば、この蜷川新の警告が正しかったのであり、本多熊太郎の反英米論は誤りだったわけである。しかし、当時の状況の中で、日本の国民大衆は、蜷川の言説、本多の言説のいずれを支持しただろうか。両者の論文を読み比べてみると、やはり、国民大衆は、本多の言説のほうを支持したのではないかと考えざるをえない。「ポピュリズム」に訴える説得力(煽動力)において、本多の言説には、蜷川の言説を上回っているからである。
 明日は、本多熊太郎という人物について述べる。

*このブログの人気記事 2021・11・25(9位のぴよぴよ大学は久しぶり)

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天の与へるものを取らずんば後に禍が来る(本多熊太郎)

2021-11-24 01:18:02 | コラムと名言

◎天の与へるものを取らずんば後に禍が来る(本多熊太郎)

 本多熊太郎講述『世界新秩序と日本』(東亜連盟、一九四〇年一〇月)から、「現前の世界情勢と日本の立場」を紹介している。本日は、その八回目(最後)。

   其 の 七
 つひ先頃米国々務省は「西半球に存在する交戦国の領地が米洲に属せざる他の国に領有されることは断じて米国の傍観し得ない処だ」といふことを声明した。米洲内には英仏及びオランダの領地がある。これを欧洲の一国或は数ケ国の領有に変更されるやうなことがあれば米国は黙つては居れないぞといふのである。これは日本の場合に適用していゝのである。欧洲戦争の勃発した時私は、東は東経百八十度から西はマレイ半島の先のまづべンガル湾あたりに至る線を画し「此の海域内ではドイツ側たると英国側たるとを問はず、交戦権発動相成らぬぞ」との戦局制限を日本が提議すべきであるといふことを主張したが、米国はそれをやつてゐるのである。英国では日本近海で浅間丸を臨檢し日本朝野を憤激させたが、これは謂はば国際公法上の交戦権を行使したものであるが、日本は二百億の財を費ひ〈ツカイ〉、日露戦争に何倍する兵を動かし有史以来、未曽有の大戦争をやつて居り国民に対しては戦時体制を強化し国民又欣ん〈ヨロコンデ〉で国策に従つてゐるのだが其の敵たる蒋介石援助並に我が作戦の邪魔をする者に対しては今なほ交戦権の発動を遠慮してゐる。何処にそんな国があるか。今回英国に対してビルマからの援蒋ルート禁絶を申入れたのに対して英国は何んと言つて居る。
 「成程支那で戦闘が行はれてゐるが、之は事変であつて戦争じやないと云ふ建前で日本がやつて居られ、交戦権を主張されないから俺の方は認めない」
と言つてゐる。堂々交戦権を発動して駆逐艦の二三隻もベンガル湾へ遣つてビルマ印度の沖で押へてしまへば極めてお手軽に経費も少く援蒋物資の輸送を禁絶することができるのだ。政府が今日迄それをやらぬといふのは其の意を解し難い。況んや援蒋ルートは三年も前に始つてゐるのである。日本が国際公法上当然の権利を行使すれば三年前に援蒋ルート閉塞ができたのである。
 而も之を為さざるのみか、独伊の徹底的勝利を見るや――先頃の新聞に報道されたことで、これは間違ひだらうと思ふが……独伊に対して仏印と蘭印に付ては宜敷く好意的御酙酌〈シンシャク〉を願ひますと申入をしたといふ。こんなことが武士道日本の言ふことであるだらうか。そんな事を言ふとドイツは何んと言ふだらう。独伊の好意に依つて仏印、蘭印をどうかしようとし、一方英米に媚態外交をやつてゐる。此の卑屈な精神がいけないのだ。
 ドイツがあれだけの赫々たる戦果を五週間か六週間の間に挙げたのは誰のお蔭であるか、諸君はこの事実を深く考へなければいけない。米国はこの春、太平洋で日本を目標を目標にして海軍大演習をやつたが、その演習が終ると、偶々〈タマタマ〉日本政府が蘭印の現状維持云々の声明をした。――この声明で痛くない腹を探られ、見様に依つては泥を吐いたのだといつてゐる者もある。それで、米国は牽制策として、大演習は済んだが、当分の間全艦隊をその侭ハワイに留めて置くことゝした。それは五月七日である。さうすると五月十日、ヒトラーは敢然としてオランダへ兵を進めてしまつた。ヒトラーの見る所では、米国の艦隊は、日本海軍が引受けてくれたものと思つたであらう。ハワイからニユーヨークまでは五千何百哩あり、ハワイから横浜へ来る方が早い。そして、パナマ運河を通過して、ニユーヨーク沖まで行くのにはあの大艦隊は一ケ月はかゝる。ヒトラー総統は、一ケ月あればフランスをやつつけてしまへるからその間に米国が参戦したくとも参戦できない。その機会を狙ひ安心して活躍し、遂にあれだけの赫々たる戦果を挙げたのである。
 然るに蘭印仏印に付ては好意的に御考慮願ひます等と。何の必要があつて御考慮を願はなければならぬのか。独伊は欧洲の新秩序を樹てる。日本は東亜の新秩序を樹てる唯だそれだけの話である。日本が実力を以て敢然としてやれば独伊も、もとより異存はないのである。
 寔に〈マコトニ〉千載の一遇である。日本敢然として起つも、英国如何ともする能はず、米国如何ともする能はざる現実を前に見れば蒋介石も馬鹿でない。だから降参するにきまつてゐる。蒋介石を相手とせずとは確乎不動の声明だといふが、此の「蒋介石を相手とせず」といふのは「蒋介石と共には東亜新秩序建設の相談はせぬぞ」といふのであつて、蒋介石が降参して来ても降参を許さぬぞとそんな莫迦なことを意味する筈がない。長期戦は蒋介石の望む所、又英国の希望する所である。之を挫折させるには今が絶好の機会である。天の与へるものを取らずんば後に禍が来る。天は自ら助くる者を助く。日本の一挙手一投足に敢て勇敢であれは独伊も英米も顧慮する要はない。
 米国の海軍大臣がつひ二、三日前本音を吐いたではないか「蘭印問題に関し米国海軍が実力を以て日本の邪魔をすることは賢明の策にあらす」と言つたではないか。これ程はつきり米国の海軍大臣が白状してくれてゐるのである。狐疑逡巡することなく、最も忠勇なる東北人よ宜敷く政府を鞭撻して、しつかりやらせやうではないか。(畢)

 講演記録「現前の世界情勢と日本の立場」の紹介は、ここまで。明日は、この講演の内容について、若干、コメントしてみたい。

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私の言ふことは国民的常識である(本多熊太郎)

2021-11-23 05:15:04 | コラムと名言

◎私の言ふことは国民的常識である(本多熊太郎)

 本多熊太郎講述『世界新秩序と日本』(東亜連盟、一九四〇年一〇月)から、「現前の世界情勢と日本の立場」を紹介している。本日は、その七回目。

   其 の 六
 凡そ、今次の欧洲戦争に於て米国ほど英国に同情を持つてゐるものはなからう。しかるに、つひ十日程前であるが、米国上院の外交委員長、――これは一種の外務大臣である。この外交委員長のピツトマン氏は「英国は早く本国に見切りをつけて、その海軍を率ゐてカナダへ引移つた方がいゝ」と言つた。又、米国の有力なスクリツプス・ハワード系の通信は「英国が幾等〈イクラ〉頑張つてみても英本国の防禦はできない」と報道してゐる。あの外交委員長の言葉は、要するに、どうせ英国の勝味〈カチミ〉はないのだ。英国の軍艦をドイツに取られては第一米国が困る。だから足元の明るいうちに軍艦をお土産にカナダへ逃げて来いといふのである。英国が、本国に見切をつけるとしても、英国海軍が大西洋を通つてカナダへ逃げると簡単に考へてはいけない。いざ逃げるとなれば、英国海軍は大西洋へは出ないで、アフリカを廻つてシンガポールへ大部分の軍艦を持って来るかも知れない。英国の海軍は兎に角世界第一の大海軍と云はれる。この軍艦の入れるところはシンガポールより他にない。無論カナダにそんな設備はないのである。さうなれば、どうなるか、日本の常備艦隊以上の噸数を持つ英国艦隊がシンガポールへ来れば、ハワイに釘付になつてゐる米国の艦隊は西へ向つてそろそろ尻を上げるであらう。
 兎に角、米国のピツトマン上院外交委員長は、英国よ足元の明るいうちにカナダへ逃げて来いと勧告した。これに対しては、さすがの英国でも少しく憤慨し、陸軍大臣イーデン氏は直ちにこれに応酬し「自由の外廓は前後相次で陥落した。今や我々は自由の本丸に拠つて独伊を此処で迎へ伐つのだ」と演説した。――自由、即ち英国、英国は自由の権化、自由の女神と彼等は心得て居るのだ。「英国」といふのを「自由」といふ字に置替へたのである。自由の堡塁となる外廓は相次で一つ一つ皆陥落してしまつた。今や自由の域は本丸のみとなつた。自分達は此の本丸に拠つてドイツと戦ふのだと言つた。これでは米国のピツトマン上院外交委員長の勧告は真理であるといふことを裏書することになる。それでも日本の親英論者は未だ希望を繋いで「英国人のことだから長期戦で持ち耐えていくだらう」と見てゐる。
 前回の世界大戦においてはロシヤもイタリーも英国の味方であり、日本も米国もその手伝ひをしたが、今度は大分事情が違ふ。独伊の同盟に対し英仏はロシヤも自分の味方と思つてゐたが、ドイツはそのロシヤと結んだ。何処かの総理大臣〔平沼騏一郎〕は「複雑怪奇だ」といつて辞職してしまつたがこれは複雑怪奇でも何んでもない、明々白々なことであつたのである。そこでロシヤはドイツに対して物資を補給する。イタリアは無論のこと、イタリアが参戦しなくとも英国のドイツ封鎖網は大きな穴が開いてゐたのである。日本は英国の眼中では少くとも油断のならない大きな中立国であり、既に国民の大多数も親英政策は、もういゝ加減にやめて貰はんければ困るといつてをるのだ。
 そういふわけで事実上英国は已に負けてゐる。これは、日本の立場から見て何を意味するのか。英仏の負〈マケ〉によつて、この二大国がアジアに有する領地ビルマ、マレイ半島、仏印等が今や売物に出たのである。就中仏印は、仏国の直接の領地ではない。安南、カムボデイヤ両王国が仏国の保護の下に置かれて居る。即ち保護国なのである。而してその保護者たるフランスは今や先づ死んだやうなものだ。また世界七大国の中、英国は七つの海にわたつて世界全陸地の四分の一を持ち総人口五億、世界的な生存機関をもつて居り、その生命線交通路は非常に長いのである。その長い生命線の一端を何処かで切断されたら英国は降伏の他ないのである。若しアジアにおいて印度が独立したら英国の胃の腑は無くなる。人間の体にすれば、胃の腑が独立してしまへば、その生命は断たれてしまふだらう。日本の東亜建設はかうした新しき事態に即応されねばならぬ。今日において日本が断乎たる措置に出ないで黙つて見て居るのなら、「アジアの盟主」も、「新東亜の建設」もそれは一片の空言に過ぎない。世間では,「本多さんはイツも強硬論者だ」と言ふが、強硬論でも、何でもない、私の言ふことは一つの国民的常識である。【以下、次回】

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欧洲戦争は完全に英国側の敗北である(本多熊太郎)

2021-11-22 00:42:59 | コラムと名言

◎欧洲戦争は完全に英国側の敗北である(本多熊太郎)

 本多熊太郎講述『世界新秩序と日本』(東亜連盟、一九四〇年一〇月)から、「現前の世界情勢と日本の立場」を紹介している。本日は、その六回目。

   其 の 五
 日本の支配階級が如何に英米依存外交に汲々してゐたか、議会の速記録を見れば幾等で&其の證拠が出て来る。昨年の議会でも、日独伊同盟問題に関し或る議員から「日独伊防共協定を強化することを国民が希望してゐる。政府はどうするつもりであるか」との質問に対し、外務大臣は「独伊との防共条約を此の上にも強化することは政府も必要を認めて同感である。併しそれは何処までもコミンテルンを対象とする防共だけの提携強化であり、東亜新秩序建設と世界に於ける日本の地位強化のためには英米仏の好意的諒解を必要とする」と答へてゐる。これでは一体何のことか解らない、まるで洞ケ峠である。世界は今日現に現状維持国と現状打破国の二つに分れてゐる。独伊は現状を打破して欧洲の新秩序建設に邁進してゐる。日本は東亜新秩序建設を目指して支那で戦争をしてゐる。其の相手の蒋介石を援けてゐるのは前に言つた通り英米仏であり、ソ連である。然るに東亜新秩序建設のためには何処までも英米仏の好意を必要とするとは何事であるか、こんなことが日本武士道精神のゆるすところであらうか。
 凡そ、外交上日和見的な二股外交は、策の最も拙な且つ危険なものである。ポーランドを見ても解る。フランスを見ても解る。独伊の目覚しい勝利を見て、日本の指導者の中には、親英米論者が俄に親独伊に転向する者もある。斯ういふ長い者に巻かれろといふ根性がいけないのである。今日の日本は、独自の力でぐんぐんと日本の為すべきことが出来る絶好の時機にあるのである。
 欧洲戦争は完全に英国側の敗北である。今回の欧洲戦争では、英仏の同盟に依つて、陸軍は主としてフランスが受持ち、英国は若干の陸軍を大陸に派遣する。海上は英国が受持ち、空軍もまた英国から司令官を出すこととされた。フランスの動員した陸軍は四百万に達したと言はれるが、これが、フランス政府当局の言葉を藉りて言つても「支離滅裂」の敗北を契し、ドイツ軍に捕虜となつたフランス陸軍は百九十万に達し遂に降伏するより他に道はなくなつた。フランスの降伏即英国の徹底的敗北である。然るに英国は、これから英本国に拠つて長期戦をやるんだと強がりを言つてゐるが、そんなことが出来ると思ふ者はない。○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。そんなことは出来るものぢやない。英国は、二十五万の精兵が本国へ逃げて来たと発表してゐる。敗残兵の士気がどんなものであるかは言ふ迄もない。英国の言ふ精兵のセイは生兵〈セイヘイ〉の間違ひであらう。そんな者は幾等居つても役には立たない。ドイツは既にフランスを完全に占領してゐるのである。英国はどうして、再び仏国を自分の方に取り返へさうと云ふのであるか?そんなことは出来る筈はないのだ。私がむかし哈爾浜〈ハルビン〉の総領事をして居つた頃、懇意なロシヤの将校をひやかしてやつたことがある。毎年夏になるとロシヤの在満軍団が大演習をやる。其の仮想敵国はいつも日本であつて日本軍が吉林〈キツリン〉に入つてそれから何処其処を斯う攻めて口シヤへ進入するといふ一つの仮定を作つて演習をやつてゐる。それを見てゐると実に滑稽である。一体君達は日本を敵と思つてそんなことをやつてゐるか、日露両国は親類同志ぢやないか……と言つてやると、その将校は「日露戦争でロシヤは負けたのですから我々にはステツキを見ても鉄砲に見える程、日本が怖いのです」ピ言つてゐたが、英国の敗兵は、ドイツに対して其れと同じやうな心理が働いてゐるのだらう。ドイツがオランダに兵を入れたのは五月十日、それから六月十七日フランスが無条件で降伏するまで僅か四十日である。而してドイツが今どういふ立場に居るかといふと、北はノルウエーのナルブイクから南はフランスとスペインの境に至る約五千キロ、これが全部英国に対する陸海空軍の攻撃根拠地となつて英国を取巻いてゐる。英国の必要とする食糧及原料品の大部分は海外から輸入してゐるのであるが、英本国に近付く船は、ドイツの軍艦、潜水艦が見逃す筈はないのである。斯う云ふ状况の下に英本国の守りを全うすることが已に〈スデニ〉中々の至難事である、何ぞ况んや、フランス、ベルギーから、勝ち誇れる独軍をおつぱらうをや、それは夢のような話だ。【以下、次回】

 文中、「昨年の議会」とあるのは、たぶん、第七四議会(一九三八・一二・二四~一九三九・三・二五)のことであろう。だとすれば、その時の外務大臣は、有田八郎である。
 また、文中の伏字は、小冊子に収録する際にとられた措置であって、秋田魁新報掲載時には、この伏字はなかったと推測する。ただし、この講演記録の初出が秋田魁新報であったことを確認しているわけではない。

※プレビューで見ると、伏字部分に二箇所、改行があった。原文では改行はないので直そうとしたが、直せなかった。念のため、注記しておく。

*このブログの人気記事 2021・11・22(8位のN360、9位の女泣石は久しぶり)

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他国に依存して自国の安全を図る外交は国を滅ぼす

2021-11-21 04:41:25 | コラムと名言

◎他国に依存して自国の安全を図る外交は国を滅ぼす

 本多熊太郎講述『世界新秩序と日本』(東亜連盟、一九四〇年一〇月)から、「現前の世界情勢と日本の立場」を紹介している。本日は、その五回目。

   其 の 四
 英国が極東において今日のやうな弱い立場に立つたのは彼等の心掛が悪いからである。私の見る所では、最近四、五年来英国の外交は非常に行詰つてゐる。英国は世界戦争終了後少くとも十年間は世界に戦争はないといふ一つの仮定の下に軍備を怠つた。ベエルサイユ条約当時は英国は世界第一の空軍を持ち又世界の海軍国であつたが、これを大に縮少した。米国と一緖になつて日本の海軍を抑へたが、自分も軍備を閑却した。之は飯も食はすに金を貯め、金は貯つたが栄養不足に陥つたやうなものだ。
 斯くの如くにして英国はベエルサイユ条約に依つて確保された地位を背景にして楽に現状維持をする政策を執つたのだが、それが段々行はれないやうになって来た。そこで今から五年前十五億磅【パウンド】五ケ年の大軍備計画を樹てた。この軍備の第一の目標はドイツであつて、万一の場合には、ロンドン、マンチエスター、サザンプトン、プーマス等の海軍根拠地、輸送根拠地が敵機の空襲を受けるからドイツ空軍に対する安全を図るため英国は第一に空軍の充実、第二に地中海における海軍力の充実であつた。イタリアはぐんぐん強大国となり、エチオピヤ問題でイタリアを取つて押へようとしたが果さなかつた。即ち合計約七十万噸の艦隊と空軍を地中海に入れたがイタリアの特殊艦艇と飛行機に追廻され三方、四方に逃げ廻つた恥を再びせざるべく地中海における海軍並空軍の根拠地完備を図ると云ふのである。第三はシンガポール海軍根拠地の拡充である、シンガポールに日本の常備艦隊に匹敵する主力艦五隻を基幹とした大艦隊を集中させ、五万噸の浮船渠〈ウキセンキョ〉を備へ、更にいざ事ある場合本国から大艦隊をシンガボールへ持つて来るといふ計画であつて、即ち英国大軍拡の第三目標は極東において日本と戦ふ場合日本を抑へるに足る大海軍、大空軍を備へようといふのであるがこの計画半〈ナカバ〉において欧洲戦争が勃発したのだ。
 英国が一九三五年〔昭和一〇〕の国防計画を決定した当時、時の外務大臣はその選挙区で演説したが、その演説によると英国の軍備は、第一に英本国及英帝国を構成する自治領、植民地相互間の交通路の安全を図る。第二には英帝国が同盟によつて其の国の領土、独立の保障を与へてをるフランス、ベルギー、エヂプト、イラク、ポルトガル諸国防衛のために用ゐる。又連盟の一員として連盟の決議に従つてその義務を果すため必要なる武力行使をやる。この最後の意味は、例へば国際連盟で、支那に武力的援助を与ふべしといふ決議をしたならば、その決議に従つて英国の武力を使つて日本と戦ふのだといふ意味になる。
 由来英国は前大戦以来現状を保全して国民の血を流さない方針で進んで来たが、ヒトラーのドイツが強くなつて来るや英国は茲に国防外交方針を一変して独逸包囲の為めチエツコ、ポーランドを利用し様と考へ其独立保障を約束した。チエツコは一昨年滅びたが、英国から独立保障を貰つた国を順序を追つて名を挙げるとチエツコ、ポーランド、ベルギー、ギリシヤ、トルコ、ルーマニア等で、英国から独立を保障して貰つた国は段々と相継いで敗亡しつゝある。最近ではルーマニアは英国の独立保障が当〈アテ〉にならないといふので其の保證を返上してしまつた。ポーランド、ノールウエーの例を見ても英国の保障なるものは一つとして行はれてゐないのである。斯様に英国はドイツに対抗する為めに小国を利用する一方、軍備拡張を着々進めてゐたのであるが、ポーランド問題が破裂してドイツが英仏から宣戦布告された時はヒトラー総統も少し面喰らつたのである。だから初めに平和攻勢をやつて何んとか本気で戦争せずに済ませたいものと七ケ月間隠忍して機会を見てゐたが、遂に英仏はその態度を改めないので猛然一撃を加ふべく、本年〔一九四〇〕五月十日兵をオランダへ入れてから僅か六週間にしてフランスを降服さす所までやつてしまつた。フランスも英国におだてられて彼に利用されてゐたばかりに、あの大国も降伏してまひ而も今度は、英国はフランスに対して、フランスの軍艦を皆寄越せ〈ヨコセ〉と要求し、その要求をきかなかつた所、英国首相〔チャーチル〕のいふ通り、「最も苛烈なる手段を用ゐて」フランスに対して攻撃を加へた。昨日まで生死を誓つてゐた同盟国に、しかも同盟の義務を果して中道に敗亡したフランスを攻撃するとは何んたる非道であらうか。この事は、長いものに巻かれろで他国に依存して自国の安全を図るといふやうな外交をやつてゐたのでは、国が滅びるぞといふ一つの実物教訓である。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2021・11・21(9・10位に極めて珍しいものが入っています)

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