
東京都知事選の感想について書くつもりでいましたが、喉が痛くてそれどころではありませんでした。このままでは時機を逸してしまいますので、取り急ぎ言いたい事だけ端的に述べさせてもらいます。
2014年都知事選データ
・執行日:2014.2.9 投票率:46.14% (前回比-16.46ポイント)
・主要候補の得票数・率、新旧別・所属党派:
・舛添 要一 2,112,979 43.40% 無所属・新 自民都連・公明推薦
・宇都宮健児 982,594 20.18% 無所属・新 共産・社民・みどり・新社会推薦
・細川 護煕 956,063 19.64% 無所属・新 民主・生活・結いの党推薦
・田母神俊雄 610,865 12.55% 無所属・新 維新・新風推薦
今度の都知事選挙では、やはり下馬評通り自公推薦の舛添が当選してしまいました。これを見て宇都宮・細川支持者の中には意気消沈している人も多いようです。私は「何を寝言を言っているのか」と思いますね。こんな稚拙な選挙戦を展開しておきながら、この程度の傷で済んだのですから、寧ろ「不幸中の幸いだった」「命拾いした」と胸をなでおろすべきではないでしょうか。勿論、これは皮肉で言っています。
何故そう思うのかは、上記の得票データをご覧になられたらよく分かります。今まで一致して石原や猪瀬を推し、しかも労働貴族の連合まで手なずけて、毎回大量得票を重ねてきた保守陣営が、今回初めて舛添・田母神の双方に分裂したのですよ。分裂選挙になったのは何も左派・リベラルだけではありません。そういう意味では、左派・リベラルにとっては、今回は都政奪回の千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだった筈です。そのチャンスを前に、自分たちも保守と同じ愚を犯した挙句に、舛添に勝利をかっさらわれてしまったのですから。
寧ろ「勝ったのが田母神ではなく舛添でまだ良かった」と私は思っています。今の安倍政権・自民党の動向からすれば、田母神を推薦する方に回っても一向に不思議ではありませんでした。思想的には舛添よりも田母神の方が、安倍政権の「本音」に近いのですから。でも、猪瀬辞任に伴う急な選挙で他に適当な候補が見当たらず、「後の東京オリンピックの事を考えれば流石に極右の田母神では拙い」という事で、「とりあえず知名度があり一番勝てそうな舛添で今回は我慢しておこう」となったのでしょう。
舛添にはかつての石原や猪瀬の様なカリスマ性や指導力はありません。それどころか、政党助成金流用疑惑や女性スキャンダルも抱え、いつ失脚してもおかしくない状況にあります。どうせ短命都政に終わるでしょう。その後で、たとえオリンピックや公明党との協力関係にはマイナスに作用しようとも、「今度こそ田母神だ」と自民党が判断した時に、それに対抗できるだけの勢いが今の左派・リベラルにあると思いますか。今のままでは確実に負けますよ。
実際、上記のTBS選挙特番データによっても、20代有権者の10.5%、30代有権者の20.7%が田母神に投票した事が明らかになっています。もっとも、投票率が一番低かったのも20代ですから、そのうちの1割の動向だけで世代全体を決めつける事は出来ません。しかし、他の候補が全然食い込めていないのに、田母神だけが一定食い込める事が出来た事については、今後警戒が必要でしょう。
では、石原・猪瀬亜流のネトウヨ(ネット右翼)やホリエモンみたいな奴らから都政を住民に取り戻す為に、左派・リベラルは何をすべきなのか。まずは現在の立脚点を冷静に分析すべきでしょう。そうすれば、宇都宮・細川の非保守2候補の得票合計が舛添票に肉薄している事が分かります。そんなに悲観すべき状況でもない筈です。いくら前日の大雪被害のなごりが残っていたとは言っても、選挙戦術如何によっては、もっと票の上積みは可能だったと思います。
少なくとも候補者一本化に成功し、2007年都知事選と同じ54%まで投票率を引き上げる事が出来、その時に得票した浅野・吉田両候補の合計2,322,872票(得票率42.18%)と同じ数を押さえる事が出来れば、舛添に勝つ事が出来たのですから。
2007年都知事選データ
・執行日:2007.4.8 投票率:54.35% (前回比+9.41ポイント)
・主要候補の得票数・率、新旧別・所属党派:
・石原慎太郎 2,811,486 51.06% 無所属・現 自民・公明推薦
・浅野 史郎 1,693,323 30.75% 無所属・新 民主・社民・国民新党推薦
・吉田 万三 629,549 11.43% 無所属・新 共産推薦
・黒川 紀章 159,126 2.89% 諸派・新 共生新党公認
その為には候補の一本化は不可欠ですが、単なる数合わせではなく真の団結・共闘が勝ち取られなければなりません。後から出馬したくせに「俺の方が知名度に勝っているからお前は降りろ」と一方的な態度を取ったり、自民・保守陣営とも本質的には変わらない専制・金権体質を温存したままでは、有権者の心を揺り動かす事はできません。
公約のすり合わせも必要です。より多くの人に受け入れられる公約にしなければなりません。しかし、「すりあわせ」だけに目が行き、舛添や田母神ともそう変わり映えしない内容になってしまえば、都政奪還の意味はなくなります。都心の新富裕層の動向にも目を配りながらも、基本はやはり「かつての石原都政の様な独裁的で開発優先の政治とは縁を切る」「脱原発・反極右・反格差」を志向した内容にすべきでしょう。
それを成し遂げなければ、また棄権の山を築く事になり、保守や極右に今後もずっと都政を奪われたままです。そして、開発偏重・金権まみれの弱者切り捨てで、ブラック企業やホリエモンみたいな奴らだけが潤い、庶民には「日の丸・君が代」や情報統制だけが押し付けられるだけです。たまたま今回は「命拾い」したからまだ良かったものの、今までと同じ様な事を繰り返していたのでは、今度こそ取り返しのつかない事になってしまうでしょう。