「海」
何も語らない海を
目の前にしている僕と
海を語る言葉を
知らない僕の前に
静かにただずむ海と
閉じられた貝のような
無言の間合いに潮風が吹く
沈黙を縫いながら白い鴎が飛ぶ
埠頭に押し寄せる
ささくれた波に
小舟は痛そうな素振りをした
海が蓄えた言葉が
胸に吐き出され
溢れることを待つ僕に
何も語ろうとしない海は
きっと教える
長い時間をかけろ
成熟が必要なのだと
有り余る海の言葉
受け取るにはあまりにも
おまえは小さ過ぎる器なのだと
けれど 僕は
未練からたたずむ
今すぐに 秘密を教えよと
海から生まれた僕だ
体のなかの古い記憶から
伝わるものがあるだろうと
山影にはもう
太陽が沈もうとする
海の命ずるがまま
僕らの会話を
終わらせるために
水面にはオレンジの道が
水平線に続く
海の向こうの幸いの国
そこへつながる
道であると告げる
夜の匂いの潮風
海原は急速に闇にかたまる
僕の目にはまだ
夕日の像がヒリヒリと残り
どうすれば僕は
その道を渡れるのだろう
海を語る言葉を
知らずにいる僕の前に
たたずむ海と
何も語らない海に
とりつくしまもなく
取り残されている僕と
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます