・・・・・・あわぞうの覗き穴・・・・・・

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許容

2011年09月04日 | つぶやきの壺焼

マヤ文明は、4世紀というのは誤りで、紀元前6世紀だったとどこかに書かれていた。
開きが千年にもなると、ずいぶん違うではないかと思うが、それが500年に縮まったところで、一般人にとっては何がどうということはない。

許容誤差という言葉と、許容範囲という言葉がある。

ここまでは違いが許される、許容値を境にどちらか片側が許される、大して変わらいようでもあり、だいぶ違うようでもある。

許容というのは、範囲問題なのか、程度問題なのか。
範囲と聞くとはっきりしているように聞こえ、程度と言うといい加減にさえ聞こえるが、そうでもない。

放射線量が通常の1万倍と聞けばとんでもない値と思うが、それが10分の1に減ったと報道されると、もう安心なのかと思ってしまう。しかし、それでも千倍なのだからまだまだとんでもない値なのだ。

数値は使い方によって人の心を巧みに動かせる。

ある意図をもってそれぞれの判断を誤らせるような使い方は、決して許容されてはならないのだ。