「風はもう秋の気配」という歌の文句があった。
学友に俳句をたしなむ人が何人かいて、それぞれに斯界で楽しんでいる様子がときどきうかがわれる。
私めのは、季題だとか切字とか、きのつく約束ごとがあることを、かすかに知っているだけなので、せいぜい文字の数合わせに終わって俳句になっていないものと自覚している。
自覚だけでは句は作れない。
文法を知れば小説が書けるなどと思っても、そうはいかないのと同じことだろう。
重ね季はご法度とも聞いたが、そろそろ秋の涼風が吹いてくれば、重ね着もよいではないかといらぬことを思いつく。
季重ねを楽しむ、重季閑揉などと四字熟語を捏造してみたりする。
それもこれも、夜ながの楽しみを兼ねた睡眠剤になりそうである。
__秋風や種ひまわりのはかりごと__