民意の反映という、ミンシュシュギのもとでは誰にも口を挟ませない言い分がある。
その意義を問いかけでもしようものなら、袋叩きに遭いそうな、夕映えのような美しい言葉である。
民意反映の前段階には、集積、つまりかき集めることが必要である。
かき集めるには、もろ手を精一杯広げなければならない。パラボラアンテナはその象徴のような形をしている。パッと広がったあの形は、あらゆる方角からの電波を受け入れそうだが、実はちゃんと狙いを定めている。
電波を四方八方まんべんなくまき散らすほうのアンテナは、空に向かって突き上げるような形で立っている。
広がった形が一方向集中、尖った形が八方拡散、ものの性挌は、外見とはすぐには結び付かないものだ。
民間のド素人を呼び集めて司法の仕事をさせることにも、広げた形のなかになにか狙いがひそんでいるのだろうか。
少数の人間を無作為で抽出した結果が、前回の選出結果に酷似していたこともあった。平均年齢が前回と同じで、それは百万分の7の確率だったという。
一方でプロ意識を拡散し、他方で民意と名付けた便宜意識を集積する。マジックのようなこの仕業をみると、社会という巨大な脳のニューロンがどこかでつながっているような、探り当てようのない懐疑が凡脳を駆け巡るのである。