隣の芝生は青く見え、隣の鳥居は大きく見える。
人が比べるし人と比べるのである。
遠近感とは面白い。
物理的な風景は、光学的現実再現装置である、二つの眼で見る。
ヒラメ眼で無い限りは、おおよそ10センチ前後の間隔を置いた二つの眼ん玉が、互いに焦点を結んだその距離間隔を、経験を基にして割り出し、遠い近いを認識する。
それは、比較という言語で表される対象物の順位付けとなって認識される。
隣の芝生は、青く映るのである。
自分に無いもんを羨ましがるということは、物理的な本質に頼るからだろう。
美しい遠近を見るように心がけることで、羨望を消し去ろうとするには、「単なるぶつりてきなことやんけ」という覚めた感情を要する。
しかしだ。美しい風景は美しい。
手に入らないものは欲しくなるが、風景は手に入れることは出来ない。
光や風は所有できないのだ。
物理的にはそういう意味がある。
心の眼に刻み込んでおこう。遠い誓いを。